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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第162話 ヨルシャミの声

 伊織は『生きたもの』の肉を切ることに躊躇いが出るのではないかと危惧していたが、これから調理をするんだと自分に言い聞かせることで抑えることができた。

 肉の調理で筋を切ることは日常茶飯事。

 そう、なにも特別なことじゃない、と。


 しかし生き物の皮も肉も筋も存外固い。

 刃もすぐ血と脂で汚れて切れ味が悪くなる。


 それでも前足の腱を一本切りきった伊織は反撃を受けながらも足から離れた。

 すぐさまバイクを一度送還し、魔獣が地面に落ちたと同時に再召喚して体を預けて距離を取る。


「ッい……!」


 鋼鉄の毛が肩を掠めて服ごと切れたのか鮮血が迸った。

 それもすぐに回復したが、よく見れば火傷の痕は消えていない。

 完治したと見なされている可能性が高いが、それはそれとして恐らく『新しい傷に集中するように』と指示されているのだろう。


 そんなに細かな操作をして大丈夫なのかとセラアニスに視線をやると、彼女は明らかに顔を青くして冷や汗を流していた。


(やっぱりヨルシャミと同じで負荷が大きいんじゃ……)


 今にも倒れそうな彼女に意識が奪われそうになるが、低速ながら残った三本の足で移動する魔獣に油断はできない。

 すでに武器はなく、あとは時間を稼ぐことしかできないかもしれないが、ここで引けば魔獣は一般人のいる場所へ向かうだろう。

 こうして人のいる場所へ人間の虐殺目的に突撃してくるタイプは最後まで目的を変えない。もし途中で逃げに転じることがあっても必ず目的は成し遂げようとする。


 まだ立ち向かうしかない。

 そう呼吸を整えていると唐突に回復魔法の出力が持ち直し、セラアニスが大きく叫んだ。


「イオリ! 支援はこれで精一杯、あとはお前が召喚魔法を行使しろ!」

「……ヨル、シャミ?」


 酷く久しぶりに名前を呼ばれた気がする。

 セラアニスかヨルシャミかわからない彼女はまっすぐに伊織を見て言った。


「お前は未熟なれど無学ではない。やってみろ、イオリ。――道はできている」


 伊織は夢の中で学んだことを反芻する。

 シミュレーションでさえ失敗が続き、半人前どころか半分以下の状態だった。

 手元に補助をしてくれるニルヴァーレの魔石もない。


 しかし今、ほんの少しの間だけでも攻撃できる仲間を召喚できたなら。


 伊織はすぐに彼女に駆け寄って本当にヨルシャミなのか、セラアニスはどうなったのか確認したくなる衝動を抑え、ゆっくりとバイクから下りると車体を撫でてから送還した。きっと同時に呼び出せる余裕はまだない。


 去っていく瞬間、バイクからこちらを応援する気持ちが伝わってきた。

 役者不足だと見做されて帰されたと怒ってもいいのに、と律義さに微笑みながら伊織は体ひとつで魔獣を見据える。

 バイクを帰した伊織はもはや素早く動けないが、ここで魔獣の腱を切り動きを鈍らせておいたのが活きた。


 魔獣が迫る前に伊織はイメージを固める。

 呼び出すのは、そう、自分が目標にしていたもの。

 風を纏い空を飛び、鋼鉄など捻じ伏せる力を持つもの。


 ――ニルヴァーレのワイバーン。


 召喚魔法の魔法陣とワイバーンの姿を明確に思い描いた瞬間、目前に青白い魔法陣が現れて伊織は目を瞠った。

 現実世界で上手く発動させられたのは初めてだ。

 一ヶ所も間違っていない、と直感でわかる。


 そこから現れた巨躯は片目しかないワイバーンのもの。

 夢路魔法の世界で呼び出したプチワイバーンではない獰猛な顔を伊織に向けるが、攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、伊織の指示を待つように何度か瞬きした。

 伊織はワイバーンを呼び出せたら伝えようと思っていたことがある。


「あの時は勝手に上書きテイムして、主人から引き剥がしてごめん」


 緊急時のことだ。

 ニルヴァーレとの戦闘中だった。

 そんな中、無理やり従わせることになったのはもはや必然だった。

 しかしこれから仲間として協力してもらうなら伝えなくてはならないことだと伊織は思う。


「これだけは最初に伝えておきたかったんだ。もし嫌なら従わなくていいよ、って」


 ワイバーンは表情の変化に乏しいが、それでも驚いた様子が見て取れた。

 そのままじっと伊織の顔を見つめる。

 大きな瞳の表面に伊織が映り込み、そしてすぐに瞼で隠された。


「っうお……!」


 伊織はぱくりとワイバーンに服を咥えられ、そのまま背中に乗せられる。

 これは従うという意思表示でいいのだろうか。

 そう伊織が笑みを浮かべていると、ワイバーンは大きく翼を広げて地面から飛び立った。


 離陸する寸前に伊織は振り返る。

 何代だった召喚を成し遂げたのだ。

 ほんの一瞬の時間だけなら、自分のために使ってもいいだろうと考えながら。


「――ヨルシャミ!」

「なんだ」


 やっぱりヨルシャミだ。

 そんな確認をして伊織は片腕を上げて言う。


「行ってくる!」

「……ああ、良い結果を持ち帰れ!」


 言いたいことは山ほどあった。

 この再会が今だけの可能性も大いにあるのだ。


 しかしその返事を聞いたと同時に、伊織は魔獣を倒すことだけに集中する。

 なにせ伊織の、セラアニスの、ヨルシャミの目標だ。失敗するわけにはいかない。


 それを成し遂げるべく、伊織はワイバーンと共に魔獣へと突撃した。

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