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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第159話 『私』のこと

 『私』について教えるということ。

 それは過去のヨルシャミについて教えるということだ。


 セラアニスにとっては良いことにも悪いことにもなる事柄で、それでいて重要なことだった。

 伊織たちはサンドイッチを齧りながら、日常の景色の中でゆっくりと話をする。


「初めて出会った時にトラブルから助けてほしいってお願いされたんですけど、指定された場所がどこにあるのかわからなくて……。まずは場所から調べて、自分たちの目的にも合ってたのでそれを機に旅立つことにしたんです」


 思い返せば旅立ちの発端はヨルシャミだったんだなと伊織は心の中で思った。

 現実世界での発端はリータの依頼だが、それより以前に旅立ちを意識させたのはヨルシャミだ。


 ヨルシャミが助けを求めてこなかったら、今もまだベタ村でこの世界について学んでいたかもしれない。

 学ぶことは大切だが、今は実際に自分の足で世界を歩き、そこから学ぶことも多いと知った。そうやって知ったものが人生の財産だということもわかっている。


 伊織は思うのだ。旅立てて良かったと。


「それからリータさんの依頼でフォレストエルフの里まで行って、ミュゲイラさんとも出会って、魔獣を倒しながら旅をして……やっと約束した場所に辿り着いて助けることができました」

「私はどんなものから助けてほしいって言ってたんですか?」

「僕らの目的と相反する組織です」


 そう答えるとセラアニスは僅かに目を伏せて考える仕草をした。

 もしなにかを思い出すことになったとしても、それがナレッジメカニクスに捕まった時のことになるのは避けたい。そう思った伊織はやや強引に話を続ける。


「色んな村や街にも立ち寄りましたよ。その……事あるごとに理由があってよく負傷したり体調を崩したりして心配でしたが」

「私が? ――あっ、やっぱりその頃から回復魔法が使えなくなってたんですね!」


 今も調子が悪くて使えないみたいなんです、とセラアニスは両耳を下げた。


 一部がセラアニスのものとはいえ、脳の大部分はヨルシャミのもの。

 つまり回復魔法とは相性が悪いため上手く扱えないのだろう。

 ヨルシャミが消耗しながらも回復魔法を使えたのはひとえに積み重ねた技術と魔力操作のセンスの高さ故だ。


「で、でも僕が知らない知識もいっぱい知ってて、沢山沢山世話になりました! まあその、人に教えるのはちょっと苦手みたいでしたけど」

「苦手……もしかして間違ったことを教えちゃったり?」

「スパルタすぎた感じですね」

「スバルタ!?」


 自分との乖離を強く感じたのかセラアニスが目をまん丸にして驚く。


 ニルヴァーレは褒めて伸ばし、教材にも気を配る教え上手タイプだったが、ヨルシャミは天才肌であるためスパルタ且つゴリ押しの教え下手タイプだった。

 しかし代わりに実技では普段お目に掛かれないものを実際に目にすることができるという、貴重な体験を提供してくれた。


 魔法は知識の他に感覚的なものも大切になってくるため、こうやって目にし肌で感じるというのはとても良い学びになる。

 伊織は目を細めた。


「僕は……うん、僕はああして教えてもらうのも好きでしたよ」


 それにもうひとりの師匠であるニルヴァーレに色々教えてもらえたのもヨルシャミの夢路魔法があってこそだ。

 あの魔法がなければ貴重な師匠を複数得ることはできなかっただろう。


「それから――バルドやサルサムさんとも色々あった後、ロストーネッドって街で犯罪に手を染めていた魔導師たちを一緒に懲らしめたことがあるんです」

「悪い人たちを?」

「ロスウサギって知ってますかね、大きなウサギなんですけど、それを窃盗してたんです。その人たちを懲らしめてた時の圧はなかなかのものだったなぁ……」


 大きなウサギという響きに目を輝かせていたセラアニスだったが、やはり乖離が激しいのか戸惑った様子を見せた。

 自分が窃盗犯を懲らしめて威圧している図が思い浮かばなかったらしい。


 しかし話をやめてほしいとは言わない。


「そうそう、バイクにも一緒に乗ったことがあるんですよ!」

「ばいく?」

「ここだとみんなを驚かせちゃうんで、今度こっそり見せましょうか?」


 バイクがなんなのかセラアニスにはわからなかったが、伊織からこっそりと教えてもらうということそのものに魅力を感じ、やや食い気味にこくこくと頷いた。


「あとは……セラアニスさんはこの街に滞在することになった理由、聞いてます?」

「落盤事故に巻き込まれたとお聞きしてます。私の記憶喪失もイオリさんたちの傷もそのせいなんですよね?」

「……はい。その事故の時に……」


 伊織はその時のことを思い返しながら口を開く。

 ヨルシャミが弱ったこと、死にかけたことは何度かある。

 それらも間近で見てきた。


 しかしあの時ほど『死』を強く感じたことはなかったのではないか。

 仲間の死を感じたのはその直後、バルドの時もそうだったが――どうにも種類が違う、と今ならそう思える。


「……怪我をした姿を目にしたんです。もう死んでいるって言われれば一瞬信じてしまうくらいだった。僕は……その、なんていうか……このまま会えなくなったら嫌だなって思ったんです」


 だから、と伊織はゆっくりと言葉にする。


「病院で生きている姿を見た時、すごくホッとして……安堵して、失礼なことして申し訳ないんですけど、無性に頭を撫でたくなったんです」

「撫でたく……」


 セラアニスは薄緑色の瞳を伊織に向ける。


 ベッドに寝かされた伊織を見た時、セラアニスはとても安堵し、そして伊織を撫でたくなった。

 それは褒めてあげたいといった目線からの気持ちだと思っていたが、後からゆっくりとわかったのだ。

 自分が伊織を好いているからだ、と。


(同じ……?)


 けれどセラアニスは「私と同じですね」と口にできない。

 違和感、不鮮明な確信、矛盾のある気持ち。

 それらが混ざり合い、上手く言葉にならなかった思考の破片を横に退け、セラアニスは決意したようにそれを口に出した。


「イオリさん、私……あなたのことを杖で小突いたことがありませんか?」

「――え?」


 思わぬ質問に伊織はきょとんとする。

 セラアニスはその反応を見ても見当違いな質問をしてしまったと戸惑うことなく答えを待っている。


(杖、っていうと……初めて夢路魔法の世界で会った時のあれ?)


 ヨルシャミの杖。

 混沌従者の杖イデアスクワィアという仰々しい名前が付いていたはずだ。

 ネーミングセンスから察するにヨルシャミ本人が名付けたと思われる。彼は「いずれ取り戻す」と言っていたため大切なものなのだろうと伊織は思った。


 自らの体にさえほとんど頓着しないヨルシャミが大切にしていたくらいだ、そんなヨルシャミが覚えているなら違和感はないが――今、ここにいる者は伊織以外誰もイデアスクワィアを見たことがない。

 その杖で伊織を叩くなどという光景も夢路魔法の世界でしかなかった。


「それ……は、その、ありましたけれど」


 君が怒るようなことを僕がしたから、という理由を付けようとしてやめる。

 その嘘のつき方はしたくなかった。

 伊織が説明に窮していると、セラアニスはどこか納得したような顔をして声をひそめる。


「あったんですね……、イオリさん、じつは私、夢の――」


 セラアニスがそう言いかけた瞬間。

 突然道の向こうが騒がしくなり、ふたりはベンチから立ち上がった。


 門番と思しき男性と数人の人間が叫ぶように通行人に指示を送っている。

 彼らに近い者から順に慌ただしく逃げていくのが見えた。


「……うだ、……魔獣だ! 西門側へ逃げろ!」

「魔獣!?」


 耳に届いた言葉に伊織はぎょっとする。無意識にトンネルの魔獣のことが脳裏を過ったが、まだ昼間のため残党ではなく別の魔獣だろう。

 ここには他の仲間はいない。

 しかし騒ぎを耳にすればきっと駆けつけてくる。


(僕だけで出来ることは少ないかもしれないけれど……)


 最悪、魔獣の特徴を事前に観察し、仲間に伝えることだけでも助けになるだろう。

 できることは少ないとしても、それはできることが一個もないということにはならない。


「……セラアニスさん、行きましょう!」

「は、はい!」


 そして、ふたりはデートへ出発した時のように手を繋ぎ合って走り始めた。

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