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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第151話 予期せぬことを知りに知る

 本人にはヨルシャミさんのことは黙っていてください。


 そうリータが念を押した後、伊織の声で眠りから覚めたらしいヨルシャミ――もとい、セラアニスが目を擦りながら顔を上げた。

 しばらく焦点の合わないまま周囲を見た後、挙動不審になっている伊織に気がついてハッとする。


「おはようございます! あっ、時間的におはようございますは少しおかしいでしょうか……とにかく目覚めてよかったです、イオリさん!」

「あ、えっと……」


 たしかにこれはヨルシャミではない。

 明るく溌剌とした育ちのいいお嬢さんを前にしているかのようだ。

 伊織がそう感じてリータに視線を飛ばすと、後で説明します、といった雰囲気の目配せが返ってきた。


 セラアニスは嬉しそうに笑みを浮かべて伊織の手を取る。

 そう、まるで触れたいから触れたとでもいうように自然な動きで。


「イオリさん」

「は、ははははい……!」

「後でいいので『私』のことを教えてくれませんか?」

「……わたし、の、こと?」


 セラアニスはこくんと頷いて伏せ目がちに言った。


「私、最近の記憶がほとんどないんです。たぶん一番長く一緒にいたのってイオリさんですよね?」

「記憶が……」


 これも後に控えているリータの説明でわかるだろうか。

 今はわからないことだらけだったが、伊織は困り果てて不安げなセラアニスの表情を見ただけですぐに「わかった、じゃあ後で」と頷いていた。


     ***


 改めて検査をしながら伊織は治療師のヒルェンナ、医師のパルドース、そしてリータとネロから説明を受けた。

 さすがにセラアニスにひとりで待っていてもらうのは怪しいため、サルサムとミュゲイラはセラアニスを交えた三人で買い出しに出てもらっている。


「じゃあ、やっぱりネロさんがここへ運び込んでくれたんですね」

「ああ、街に着いたのは夜になってからだったんだが、力尽きそうになったところを門番のおじさんが助けてくれてな。そこから病院に案内してもらったんだ」


 まさか他の四人もいるとは思ってなかったけど、とネロは笑う。

 案内してくれた門番にはあれからお礼を伝えに行ったという。やっぱりネロさんはしっかりしているなと伊織は見習うべく心に刻んだ。


「それで、その……ヨルシャミは一体……?」

「それについては私から」


 おずおずと片手を上げたヒルェンナが順を追って説明する。


 運び込まれたヨルシャミは頭部を損傷しており、それは脳にも及んでいたこと。

 回復魔法が肉体と魔力の記憶を元に損傷部位を再現するものだったため、体の元持ち主であるセラアニスの人格が再生されてしまったこと。

 そのことについてセラアニス本人には伏せていること。


 それらを聞いた伊織はしばし言葉を失った。

 ヨルシャミの記憶が戻れば元通りになるかもしれないが、するとセラアニスが消えてしまう。それは二度目の死といっても差し支えない。

 このままセラアニスの人格を維持していれば第二の死は訪れないが、代わりにヨルシャミがいなくなってしまう。


「……」


 そう強く認識した瞬間、伊織は胸が締め付けられるような感覚に陥って戸惑った。


「それ……は……ヨルシャミにはいなくなってほしくないし、セラアニスさんも可哀想だし、とても悩みますね」

「そうなんです、なにか良い方法があればいいんですが……」


 魔法関連で調べれば糸口がありそうだが、そのエキスパートはヨルシャミ本人である。訊ねようがない。

 リータも魔法弓術は使えても普通の魔法は使えず、ヒルェンナも回復特化。

 セラアニスも回復特化で、そもそも今は恐らく肉体と脳の属性の差により回復魔法すら使うことができないでいる。


 魔導師とは魔法の才能を持つ者を指すが、専門職の名称という側面もあり、そちらを名乗れる者は数少ないのだと伊織に感じさせた。


(ニルヴァーレさんは――)


 興味のない分野の魔法は使えないようだが、もしかすると知識くらいならあるかもしれない。

 もしくはこういった状況に役立つ力を持った召喚獣に心当たりがあるかも。

 伊織はそう思ったが、体を貸して以来ニルヴァーレには会っていない。ああいった緊急事態でもない限り、やはり外部と接触する負担は大きいのだろう。


(安全に会える夢路魔法もヨルシャミ特有のものだし、……困ったな)


 これはみんなが最終的な決断を保留にして様子見をしているだけある。

 そう伊織は頭を抱えた。


「このまま様子見を続けるしかないのかな。でも自分で気づいてもらうっていうのも酷な話ですよね」

「はい……特に、えっと」


 リータは少し話しづらそうにしながらも言葉を続けた。


「ちょっとした変化がありまして」

「ちょっとした変化?」

「ヨル……セラアニスさん、イオリさんのことがなんだかその、だ、大好きみたいなんですよね」

「ん!?」


 予想していなかった返答に伊織は思わず声を出す。

 リータは無意識に小声になって続けた。


「目覚めた時も傍らで寝てましたよね? 少し前からよく病室を覗きに行っては顔を眺めていたり、率先してお世話したりしていて」


 リータはそれを少しそわそわした気持ちで眺めていたが、ある日じつに単刀直入な性格のミュゲイラが真意を訊ねたのだという。

 その時、セラアニスはこう答えたそうだ。


「記憶がなくてもイオリさんのことがとても好きなので、それが今の自分の感情なのかどうか確かめたいんです……と」

「お、おお……」


 混乱した伊織はヘンテコなリアクションしかできない。


「この『今の』っていうのが記憶を失った後の自分、って意味なのか……それとも薄々過去の自分が『セラアニス』じゃないって気がついているのかわからなくて」


 さすがにミュゲイラもそこまで突っ込んで訊ねることはできなかったらしい。

 伊織はしどろもどろになりながら「ああ、でも」と口を開いた。


「記憶がない状態で思い込みでそうなった、っていう可能性もありますよね。セラアニスさんが僕を知ったのは最近のことだから好きになるのは早すぎる気がしますし、記憶を失う前の……えー……その、ヨルシャミの感情が影響してるっていうのもありえないです……し……」


 リータとヒルェンナがなんともいえない優しい笑みを浮かべ、ネロはなにを言いたいのか口を半開きにしていた。

 完全に関係を把握していないパルドースだけが時折質問をしつつ黙々と検査を続けていた。プロだ。


 なんだこの反応? と伊織は冷や汗を流しつつ、夢の中でバイクに向けられた視線を思い出した。

 瞬間、ヨルシャミを撫でた時の光景がフラッシュバックして「いやいやいやいや」と心の中で首を横に振る。


「――とりあえず、今後イオリさんと過ごしていればもう少し詳しくわかるかもしれませんね。本人が気づいているかどうかでこちらの対応も変えたほうがいいですし」

「ぼ、僕も気づいたことがあったら報告します」


 ヒルェンナにそう答え、伊織は頬を掻いた。

 その頬が妙に熱い。恋愛経験不足を披露してしまったようで、伊織はその場で転がり回りたい衝動に駆られた。

 どうにか落ち着くべく話題を変えようと質問を口にする。


「そういえば母さんは?」

「マッシヴ様は前の村で復旧作業を手伝ってるらしいです。一段落ついたら合流するって伝言がありました」


 リータの説明にネロも頷く。

 情報が伝わった際にまだ帰宅していなかったため知るのが遅くなったが、帰ってから「マッシヴ様は前の村にいる。無事だ」と知ったという。


「……」

「……」


 伊織とネロはゆっくりと視線を交わし合った。

 バルドの件を伝えるべきだろうか。

 ならサルサムがいたほうがいいかもしれない。付き合いは彼が一番長いだろう。

 そう思っているとコンコンとドアがノックされ、買い出しから帰ったサルサムが顔を覗かせた。


「少し早いが帰ったぞ。セラアニスとミュゲイラは別室で待機中だ。……って、どうした?」


 伊織とネロの表情を見てサルサムは面食らった顔をする。

 ふたりは意を決したように「話があるんです」と口を開いた。


「すみません、バルドは……その……」

「ああ、村で聖女と一緒に復旧作業を手伝っているらしいな」

「――へぁ?」

「なんだ、その感情を読み取れない間抜けな声は」


 同時に同じ声を出した伊織とネロはあたふたとして質問を重ねる。


「でっ、でででもあの人、俺たちの目の前で怪我をして……!」

「し、死にそうな怪我だったんです! そのまま瓦礫が降ってきて、その」

「……? 死にそうな目に遭っても生還するのはアイツのお家芸――」

「岩に胸を貫かれて生き埋めになって生還するレベルなのか!?」


 ネロの言葉にさすがのサルサムもぎょっとした。

 見間違いじゃないのか、と訊ね、頷いた様子を見て怪訝な顔をする。


「だが伝言を伝えてくれた旅人は聖女と男と言っていたぞ、……いや、バルドと確定したわけじゃないか、でも……」


 それならば静夏が伝言にバルドのことも含めそうなものだ。

 生き埋めになっていたとしても、静夏が復旧作業に加わっているなら瓦礫の撤去の際に見つけられる位置だったように思う。

 そう疑問を抱いたサルサムは眉根を寄せた。


「――俺たちはそのうちまた作業に向かう。続報があったら伝えよう」

「わかりました」


 バルドは無事なのだろうか。

 伊織は安堵も絶望もできない不安定な気持ちになりながら検査を終えて服を着た。


「そういえば……イオリたちははぐれた後どうしてたんだ? ネロはお前が起きてから詳しいことを説明するって言ってたんだが」

「ああ、それは」


 ネロは伊織が話したくないこともあるだろうとある程度伏せていた。

 それを感じ取った伊織は自分で説明しようと口を開く。


 ニルヴァーレとのことは仲間に伝えるつもりでいる。

 もちろん謎の女性パト仮面のことも。

 しかしどこから説明すべきか大いに悩んだ。出来れば取っ掛かりになる部分は簡潔なほうがいいだろうか。


 よし、と伊織は人差し指を立てて言った。


「川に流されてパト仮面と競争して大カラスの巣から魔石を取り返してニルヴァーレさんに体を貸して助けてもらいました!」

「なんだそれは!?」

「なんですかそれ!?」

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