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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第145話 隠さなくていい気持ち

 セラアニスは手の平を見下ろす。


 ずっと褒めて撫でてあげたかった。

 それなのに、なんらかの弊害があってなかなか撫でることができなかった。

 セラアニスには他人を撫でられない理由に心当たりがないが、ずっと心に引っ掛かっていたストッパーが外れたような嬉しさが湧き上がっていた。

 撫でた側まで嬉しくなるくらいだ、よほどやりたいことだったのだろう。


 もしかすると、記憶を失う前の自分はそういった心情だったのかもしれない。

 そうセラアニスは思う。

 きっと理由があれば撫でられるが、自分から他人に――いや、あのイオリという少年にする場合は二の足を踏むような心情だ。


 ――実際のところ、ヨルシャミは「撫でるな」と伊織に鉄槌を加えたことがあったため、逆に自分から相手を撫でるハードルが上がってしまったという自業自得な面があった。


 更には自己の認識は成人男性である。

 プライド満々自信満々の成人男性が年下の少年を可愛いと思い、あまつさえ見直したことを足掛かりに惹かれてしまうというのは認めがたいことだった。

 少なくともヨルシャミにとっては。


 伊織は前世での年齢を鑑みれば精神的には『少年』の域は脱しつつあるのだが、ヨルシャミも見た目通りの年齢ではない。

 眠っていた千年を除いても長命種であるエルフノワールのため、生まれてからそれなりの年月を経ている。

 故に伊織が若い人間というだけで色々と思うところがあった。

 リータに感情について指摘された際も認めたくないと即座に思ったくらいである。


 もっとも、この倫理観は長命種であったとしても種族による。同じエルフ種でも文化にかなり左右されるものだ。

 どこかの国では千歳越えのエルフと人間が結婚したという話もあり、それが受け入れられていた。反応から見るにリータとミュゲイラも年齢差にさほど不都合を感じていないように思える。


 とはいえ、年齢に問題がなくとも同性である。


 この国では同性愛はおかしなことではない。

 人により苦手という者はいるものの、その存在ごと受け入れられている。

 ただしそれは近年の文化であり、ヨルシャミの生きていた千年前はそれなりに不当な扱いを受けていた。


 もちろん元の肉体の頃からヨルシャミにそういった性的嗜好があったというわけではなく、肉体の変化に伴う嗜好の変化かと自己分析もしてみたものの、結局惹かれたものは惹かれたのだというざっくばらんな結論しか出てこなかった。

 恋愛とはそういうものなのかもしれないが、ヨルシャミにはとにかくハードルが高い。


 そのハードルがだいぶ取り除かれた。


 誰かに惹かれるという原始的なものに近い感情は変異を起こした脳にも残り、結果、セラアニスはその感情に素直に向き合うことができたのだ。

 ただし本人は恋愛経験がないため、その剥き出しになった感情がなんなのか正確には把握していない。


 そもそも自分自身の感情なのかヨルシャミの影響なのかもはっきりしなかったが――セラアニスはヨルシャミを『知らない』ため、その点について悩むことはなかった。


     ***


 それとは反対に、リータはセラアニスのことで大いに悩んでいた。


(このまま記憶を取り戻させていいのかな……)


 様子見の最中だがどうしてもそればかりを考えてしまう。

 約束していたパン屋にセラアニスとやって来たのだが、心の半分ほどはこの件について悶々と考えていた。

 盗み見た先では、なぜか嬉しそうに手の平を見下ろしていたセラアニスがチーズの焼ける良い匂いに気がついて陳列棚に視線を移したところだった。


「リータさん、リータさん! 見てください、このチーズパン! 五種類ものチーズを使ってるらしいですよ!」

「えっ……あ、ああ、凄いですね! サルサムさんたちに買っていきましょうか」


 サルサムとミュゲイラは今日も落盤の復旧作業の手伝いに出掛けている。

 夕方には戻ってくるはずなので夕食用に買っておいてもいいだろう。


 ネロは体に異常がないと知るや否や仕事を探しに出ていた。

 なんでも旅費を稼がなくてはならないのもあるが、養わなくてはならないものが出来たので金が入用なのだという。


 養わなくてはならないものは人間ではなく、ネコウモリという召喚獣だった。


 ネロと伊織たちが病院に着いた時は役目を終えてカバンに引っ込んでいたためリータは気がつかなかったが、ニルヴァーレが道案内用に召喚したものらしい。

 ウサウミウシと同じでよく食べる。

 同郷の共通点が見た目だけでなくこんなところにもあった。


「イオリさんにも買っていきませんか? いつ起きるかわからないし、起きてすぐに食べられるかわかりませんけれど……」


 リータはセラアニスのその言葉に目をぱちくりとさせる。

 なんだか考えることが沢山ありすぎて伊織が目覚めた時のことまで気が回らなかったのが悔しい。

 その感情が顔に出る前にリータは笑った。


「そうですね、イオリさんの分も!」

「はい! ……ふふ、外の世界で仲間とお買い物できるなんて夢みたいです」

「……? あまり外に出してもらえなかったんですか?」


 リータの問いにセラアニスはなんの迷いもなく首を縦に振る。


「家の外には出れましたが、そう……ですね……里の外に出ることは禁じられていて、でも昔はそうじゃなくて、あれは私が――」


 何歳の頃からだったっけ、とセラアニスは記憶を探りながら目を細めた。

 セラアニスに過去の記憶は残っているが、それも虫食いのためこうして話しながら思い出すことがあった。そして結局今のように思い出しきれないことも。

 未だ考え込んでいるセラアニスの背中をリータはぽんぽんと叩く。


「なら、もっと色んな買い物をしちゃいましょうか!」

「色んな買い物……!?」


 セラアニスはそわそわしながらリータを見る。

 その期待に応えるべく、リータは人差し指をぴんと立てて言った。


「お薬の調達に薬屋、ボロボロになった服やカバンの修繕のために布屋か服屋、村で買えなかった調味料を探しに食材を扱うお店……色んな買い物です!」

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