第136話 セラアニス
街の名前はロジクリア。
ベタ村近くのライドラビンと同じく『旅の中継地点』という側面の強い街だ。
畑作りに向いている土壌と豊かな山に囲まれ、しかし交通の便は悪くないという土地のおかげか、旅をやめてロジクリアに住み着いた人間も多い。
その影響もあるのか目に見えて発展していた。
過去にトンネルの開通作業にも関わっていたらしい。
落盤の音はここまで届いており、明日調査に向かう予定だったという。
「山に薬草を採りに行ってた奴がさ、何度も凄い音が反響してきたって言ってたんだよ。今まで小規模な事故はあったけど……今回はかなりデカい落盤みたいだねぇ」
リータとサルサムが訪れたパン屋の店長は不安げな表情でそう言った。
ふたりが把握している落盤は三叉路のものだけだ。
しかし外を目指している間も何度か地響きや嫌な音を聞いたため、もしかすると連動して何ヶ所かで崩落が起きたのかもしれないとサルサムは呟く。
――魔獣を上手く倒せなかった。
――あの時もっと的確に急所を狙っていれば。
リータはそう視線を足元に落としたが、サルサムに肩を軽く叩かれてパン屋を後にした。
***
出掛ける前に軽く着替えたものの、髪はそのままで体も清めきれていない。
ヒルェンナの好意で風呂を借りたリータ、ミュゲイラ、サルサムの三人は購入したパンを食べ、夕方になるまで交代しながら外に出て情報を収集した。
ヨルシャミはまだ目覚めない。
夜になり、病室は個室のため狭いが全員でここに泊まろうということになった。
リータとしてもさすがに寝泊まりは宿にしようと思ったのだが、手近な宿屋が満室だったのだ。
その結果、人数分のベッドはないが普段使っている毛布を使えばいいかという話に落ち着いたわけである。
リータは俯きながら呟くように言った。
「ヨルシャミさん、まだ起きないね……」
「時々聞き取れない寝言みたいなことは言うんだけどなぁ」
ミュゲイラの髪をクシで梳きながら、リータは姉の逞しい二の腕越しにヨルシャミに目をやる。
傷も治り、ただ眠っているだけのように見えた。
眼球についても回復魔法を使う際に伝えておいたので治っているかもしれないが、これは本人が起きないことには確かめようがないことだ。
(……?)
サルサムの姿が見当たらない。
いつ出て行ったのかはわからないが、見れば荷物の一部もなくなっていた。
荷物の大半は部屋に置いたままなので、ひとりでどこかへ行ってしまったわけではないようだが、気になったリータはミュゲイラに一言かけてから部屋の外へと出る。
院内は各個室の並ぶ廊下の手前に診察室、更に手前に受け付けカウンターと待合室がある作りをしていた。
二階と三階もあるが、それらは大半が病室で一部が物置になっているらしい。
回復魔法なら長い入院は必要がない場合が多い。
しかし大きな事故などで多数の怪我人が出た場合、治療師の魔力がもたないので治療は小分けになる。場繋ぎに通常の治療をしたり、初めから自然治癒を目指すというパターンもあるだろう。
そんな時に病室が必要になるため、需要よりも多めの部屋を確保しているそうだ。
それでも大きな街にある数少ない病院として回せているのだから、パルドースもヒルェンナも優秀なのだろう。
そんな病院の待合室を覗いてみたがサルサムの姿はない。
外だろうかと院外を覗いてみると、意外とサルサムの姿はすぐに見つかった。
「サルサムさん!」
病院の外にある小さな広場、そこにサルサムはいた。
駆け寄るリータに気がついて片腕を上げて応える。
「あー……すまない、声をかけてから出るべきだったな」
「どうしてここに?」
「風呂上りの女性がふたり。そこに男がいたらやり辛いこともあるだろうと思ってな。ちょっと散歩がてら外に出てたんだ」
なるほど、とリータは目を瞬かせながらも納得した。
「気にしなくていいんですよ、野宿の時なんて仕切りも無しにそのままですし」
さすがに着替える際は少し離れるが、寝る際は雑魚寝に近い。
それでもこういう環境なら周りを気にせず羽を伸ばしたくなるだろ、とサルサムは笑った。
「俺にも妹がいるんだが、この辺の気遣いにうるさい奴でな。てっきり女性は大抵そういうものだと思ってたんだが……違うのか?」
「私はそこまで気にしませんよ、里でも似たようなものでしたし。でも……たしかにどうしても嫌って人はいると思うんで、とっても良い気遣いだと思います」
そう言いながらリータは僅かに言い淀む。
それは本心からの言葉ではないから、などという理由ではない。一歩踏み込んでいいものかと逡巡したのだ。
しかし、しっかりと顔を上げたリータはサルサムを見上げて言う。
「けど無理はしないでくださいね、そろそろ夜は冷えるようになってきましたし」
だから、とリータは笑い返す。
「部屋でお喋りしましょう! 三人で! 私、さっきの妹さんの話ももっと聞いてみたいです。他にもご兄弟はいるんですか?」
「――そうだな……ああ、わかった。中で話そう」
サルサムは頷き、兄弟はうるさいくらいいるぞと話しながらリータと共に部屋へと戻っていった。
二人が部屋へと戻ると、ミュゲイラがイスに座ったままベッドに突っ伏す形で眠っていた。
「もう、お姉ちゃん。そんな寝方してたら風邪引くわよ」
「気を張ってたから疲れたんだろう、毛布を用意して――」
そこまで言ってサルサムが足を止める。
寝息を立てているミュゲイラの向こうでヨルシャミが薄緑色の瞳を覗かせて瞼を開けていた。
起きたのか、と声をかけようとするも、瞬時に違和感を感じて言葉が喉に詰まる。
「……?」
ヨルシャミはきょろきょろと部屋の中を見回し、普段よりも随分と柔らかな印象になった目元を何度か擦った。
まるでここが夢なのか現実なのか確かめようとしているかのようだ。
そしてようやく「夢ではない」と悟ったのか、おずおずといった様子でリータたちに訊ねる。
「あの……すみません、ここはどこでしょうか?」
「え、っと……?」
とても丁寧な言葉遣いだ。
逆に、その言葉からは普段の彼らしい自信は感じられない。
戸惑うふたりを見てヨルシャミはハッとし、慌てて上半身を起こして頭を下げた。
「名乗りもせず失礼しました! 申し遅れましたが、私――」
上げた顔には柔和な笑み。
ヨルシャミとはかけ離れた表情で『彼女』は言う。
「セラアニスと、申します」





