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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第135話 医者と治療師 【★】

 ネロには聞き覚えのない名前だ。

 しかし伊織が魔石をそう呼んでいたことを思い出して目を見開く。

 訳のわからないことばかりだが、点と点が繋がったような気がした。


「あんたがニルヴァーレ……? な、なんでイオリの姿をしてるんだ? あいつはどうした!?」

「あのままじゃ双方助からなかったから、許可を得て体を借りたんだよ。僕ならこうして魔法も使えるからね、……おお、素晴らしい!」


 伊織、もといニルヴァーレは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 笑みの作り方まで普段の伊織と違い、口元の筋肉を大きく使っている。


「まだこの子の属性をチェックをしていなかったが、僕と同じ風じゃないか。使い勝手が良いわけだ! うーん、それなら回復魔法も使えそうだが……僕、あれ普通に下手なんだよね、困ったな」


 回復魔法! とネロは思わず空中だというのに前のめりになった。

 喉から手が出るほど求めている魔法だ。回復魔法があればネロにとって一番大きな不安要素を解決できるかもしれない。


「それを使えばイオリの肩の傷や熱もどうにかなるんじゃないか? 頼む、下手でもいいから使っ――」

「回復しすぎて目が四つに増えたら怖いだろう」

「……っもう少し熟考しよう、か……」


 勢いを削がれたネロは声のトーンを落として引いた。

 そこで「そういえば」と思い出す。


「次に向かう予定だった街には治療師がいるらしいんだ。あっち方面へ逃げた仲間もいるかもしれないし、このまま直行しないか? 空を飛ぶならすぐだろ?」

「おお、それはいいね。しかし問題がひとつある!」


 も、問題? と抱えられたままネロが首を傾げると、ニルヴァーレは眉をハの字にして言った。


「憑依はまだ不慣れでさ、それにそろそろイオリの魂の力に浸食されてきた。熱された鍋に触れる許可を得ても熱いものは熱いってことかな、多分あと五分くらいで魔石に戻ることになるだろう」

「ええ……!?」

「ああ、それまでに地上には下ろすし、向かうべき方角も指示しておくから心配はいらないよ」


 心配しかない気がする、とネロはそう言いたげな顔をした。

 ニルヴァーレは風の翼で羽ばたきながら肩を見遣る。


「――たしかに、これは早めに治療したほうがいい。きっと菌が入って全身に回ってるんだ、……セトラスめ」


 忌々しげに、そして吐き捨てるように言い、ニルヴァーレは「イオリはよくこれで動き回っていたな」と小さく零した。

 伊織のことを思うならスピードを上げたいところだが、すでに十分な速度が出ている。一分や二分といった短時間ならともかく、五分も速度を上げればネロが満足に呼吸できなくなるだろう。

 ニルヴァーレにとってネロは庇護対象ではないが、彼になにかあれば伊織が心を痛めることは理解していた。


 そして魔法を酷使すれば伊織の肉体自体がもたなくなる。


 通常、ここまではっきりと飛行できる魔法は貴重だ。

 ただの風による制御で移動の補助をしているのとは訳が違う。

 様々な方面から計算を重ね、風の魔法を組み合わせ、毎秒調整して実現している代物である。以前のニルヴァーレも長時間は使うことができず、だからこそワイバーンの背に乗って移動していたのだ。

 今ここで、この魔法にしては随分長々と実現できているのも伊織の膨大な魔力があってこそ。


 しかし伊織の体はそうした魔法の使い方にまだ慣れておらず、消耗が激しい。

 ニルヴァーレは渋面を作るとネロを見た。


「とりあえず行けるところまで行こうか。口惜しいがそこから先は君に任せたよ、ええと……たしか……」

「ネ、ネロだ」

「ネロ! 次まで覚えていたら褒めてくれ。さあ、少しの間だけ飛ばすぞ!」


 ぐんっと飛行速度が加速し、ネロは一瞬呼吸を詰まらせながらも思った。

 次があるのか!? と。


     ***


 リータが街に着いた時、初めにその姿を見つけたのは農具を片付けていたおじさんだった。


 そこから『これから大怪我をした子が来る』ということが伝わり、スムーズに医者に話が通ったのが幸いだったかもしれない。

 遅れて到着したミュゲイラ、サルサム、そして抱えられたヨルシャミは門番に案内され、街に入ったその足で病院へと向かってすぐに治療へと移ることができた。

 更に幸運だったのは、街の病院は珍しい治療師と医者の共同経営だったことだ。


 医者と治療師は犬猿の仲であることがままある。


 仕事の担当範囲が被っており、双方メリットとデメリットが存在するからだろう。

 ただし実際にはこうして仲良くしているパターンもあるため、一概にそうであるとは言えない。


 医者であるパルドースという男性がヨルシャミを診察した後、すぐさま自身の手に負えない患者――もしくは治療師に任せたほうが生存率が高い患者だと判断し、治療師に場を譲った。

 治療師の女性、ヒルェンナはヨルシャミをパルドースから引き継ぐと、すぐに回復魔法の使用に移る。


「すぐに回復魔法を使用すると、場合により異物が中に取り残されることがあるので一通りの検査を先にさせて頂きました。不安でしょうにお待たせしてすみません」

「いえ……! っあの、ヨルシャミさんのこと宜しくお願いします!」


 リータはそわそわとヨルシャミを見ながら言う。


 ヨルシャミは白いベッドに寝かされていた。

 傷口の確認のために頭から止血用の布が外されており痛々しい。


 治療師にも魔力の限界があるため、普段は回復魔法要らずならパルドースが担当し、緊急性の高いものや魔力に余裕があり残留物などの危険がない場合はヒルェンナが担当しているのだという。

 争わずに役割分担し、それが上手く作用している、というのがリータから見たふたりの印象だった。


「……! すげーな……」


 ミュゲイラが思わず目を瞠る。

 回復魔法によりヨルシャミの傷が見る見るうちに閉じていった。


(……ニルヴァーレと戦った時よりゆっくりだけれど、ちゃんと治ってる)


 よかった、とリータは胸を撫で下ろした。

 一方、ヨルシャミは回復魔法を使用する際に相性が悪いと言っていたが、その状態でも本業を治療師にしている人間より効果の強いものを発動させていたのかと改めて知り、ミュゲイラはごくりと喉を鳴らした。

 だが代わりにヒルェンナはなんの反動も受けていない。


 そんな差を感じている間に治療は十分ほどで完了した。


「お待たせしました、すべての傷を塞ぎました。ただ負傷してから時間が経過していたので、目覚めるまで少しかかるかもしれません」

「ありがとうございます!」

「あとは失った血の回復も待たなくてはいけませんからね、一部屋だけで申し訳ないですが、この部屋をお貸しします。目が覚めたらもう一度パルドースが診察をするので呼んでください」


 ヒルェンナの説明にリータが何度も頷くと、ふたりは部屋での飲食は可能なことや街の店の位置について伝えてから部屋を出ていった。

 ずっと立っていたミュゲイラは壁にもたれかかってずるずると座り込む。


「っはー……! つ、疲れた。けど一時はどうなることかと思ったけど、なんとか命は助かりそうだな」

「お疲れさま、――お姉ちゃん、起きたらヨルシャミさんにお礼を言わなきゃね」


 リータの言葉にミュゲイラは静かに頷いた。

 きっと謝られるのは嫌がるだろう。

 なら目一杯お礼を伝えよう、とミュゲイラは心に決める。そこへサルサムの声がかかった。


「俺たちも回復に努めよう。食べ物を調達してくるから待っていてくれ」

「あっ、私も行きます!」

「へ、ならあたしも……」

「お姉ちゃんが一番疲れてるでしょ。それにヨルシャミさんが起きた時に傍に誰かいなくちゃ」


 たしかに、と納得したミュゲイラはイスを引っ張ってきてベッドの傍らに腰を下ろした。

 そのままミュゲイラはヨルシャミがすやすやと寝息を立てているのに気がついて安堵し、そんな横顔を見てつられて安堵したリータはサルサムと連れ立って部屋を出ていった。


 美味しいものを買ってこよう。

 姉のためにも、ヨルシャミが目覚めた時のためにも、と思いながら。





挿絵(By みてみん)

愛でてくるニルヴァーレと逃げたヨルシャミと逃げそこねた伊織(イラスト:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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