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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第132話 両脚の恋

 地を蹴って前へ前へ。

 風を真っ先に顔で受ける。

 抵抗が左右に流れて溶け消えていく。


 覆面など取ってしまいたいほどの爽快感。

 ゴールが見えてきたことへの切なさにも似た感情。


 それらを感じながら、パトレアは赤土の山を垂直に登り切り――そして、一度も競争相手に追いつくことはできなかった。


     ***


 山を登りきった瞬間、伊織はバイクを空中で半回転させるとそのまま着地し、捻る力でブレーキをかけた。

 土煙を上げて停まったバイクは満足げにエンジンを吹かす。

 ほんの一瞬遅れて天辺に現れたパト仮面は鋼鉄の蹄を地面に突き立てるようにして着地し、肩で息をしながら伊織たちを見た。


「か……完敗……であります……」


 悔しさ滲み出る声音とは裏腹に、雰囲気はどこかすっきりとしている。

 覆面の下は笑顔を浮かべている、伊織はそんな気がした。

 パト仮面は呼吸を整え、そしてなにか言いたげな様子でもじもじした後、伊織たちを――否、バイクを見て前のめり気味に言う。


「あの! お名前はなんといいますか!」


 これは自分が代わりに答えるべきなのだろうか?

 伊織はアドバイスを求めるようにネロを見たが、ネロはバイクにもたれかかってぐったりとしていた。荒い運転どころではなかったのだから仕方がない。


「……こ、こいつに名前はないんです。種族はバイクっていうんだけど、その」

「バイク! 聞いたことがありませんが……なるほど、ではバイク様とお呼びしても宜しいでしょうか!?」

「バイク様!?」


 バイクに様付けは初めてされた。

 それなら車種を答えたほうがより個人名に近かったかもしれない。

 しかし自由に変形するため、もはや当時の愛車の車種を答えることに意味があるのかどうか。というかこの人はバイクを生き物として見てくれてる? など、様々な思考が伊織の脳を一気に駆け巡る。


 パト仮面はそんなことお構いなしにずいずいと前進して言葉を重ねた。


「バイク様、絶対に! また絶対に競争しましょう! このパッ……パト仮面、今度こそ必ずや勝ってみせます!」

「ええと……」


 伊織が返答に窮していると、バイクから受けて立つという答えが伝わってきた。

 バイク自身は思いのほか乗り気らしい。

 それを伝えるとパト仮面は興奮冷めやらぬ様子で、しかしどこか名残惜しそうに後退した。


「それでは今日のところはこれで! 今度は……」


 今までの勢いはどこへやら、パト仮面は一瞬言い淀む。

 そして意を決した様子で口を開いた。


「今度は本当の名前と姿でお会いしましょう!」


 そのまま後方へジャンプし、山を一気に下りると森の合間を抜けて姿を消す。

 人里のある方角を訊ねたかったが、まったくそんな雰囲気ではなかった。

 呆気に取られていた伊織は魔力僅かなバイクを送還し、ネロに肩を貸しつつ手の平に残ったバイクキーを見下ろす。


「――け、結局誰だったんだろ?」


     ***


 しばし朦朧としていたネロが回復したのは数分後。

 覚悟はしていたが、さすがにあそこまでアクロバティックな動きになるとは思っていなかったらしい。


「すみません、最初はもう少しソフトに行く予定だったんですけど白熱しちゃって」

「謎の乱入者との競争に白熱できるのは一種の才能だな……」


 ネロはそう呟きつつ「でもなんとか天辺に辿り着けたか」と辺りを見回した。


 山の天辺はそれなりに平坦で、細々としているが何本かの木も生えている。

 その端に明らかにそれとわかる巣があった。

 皿のような形に成形された巣は巨大で、中に二羽の雛がいる。どこからどう見てもお目当ての大カラスの巣である。


「どうだ、ここから中に魔石があるか見えるか?」


 ネロに問われて伊織はじっと目を凝らした。角度のせいでよく見えない。


「近づいて覗き込むか木に登って確認するしかないですね……っとと……」

「熱が引いてないんだから無理するな」


 よろけた伊織を支え、ネロは大カラスの巣を観察する。

 どうやら親の大カラスは既に餌をやって飛び立ったらしく見当たらない。

 しかしいつ戻ってくるかわからない上、人間に対する雛の危険性もわからないため下手に近づくのは危険だろう。

 目を瞑ってジッとしている雛は凶暴には見えないが雑食だ。肉も食べる。

 つまり人間も食べることができるのだ。


 だが、魔石の有無を確認しなくてはここへ来た意味もなくなる。


「……俺が近づいて木の上から確認する。伊織は少し離れたところから親が戻ってこないか見張っててくれ」

「すみません、わかりました。……あの、無理を承知でお願いしてもいいですか」

「なんだ?」


 伊織は申し訳なさそうにしながら伏せ目がちに言った。


「大カラスは雛も含めて殺さないようにしたいんです」

「それは……状況によるな……。けど魔獣だけでなく野獣も沢山狩ってきたんだろ?」

「はい、けど理由があってこそです。あっちから襲ってきたわけでも、食べるわけでもないのに殺すのは抵抗があって」


 あっちから襲ってきたわけじゃない? とネロは首を傾げたが、どうやら伊織は魔石を奪われたことを『襲われた』とカウントしていないようだ、と思い当たって閉口した。


「どこまで善人なんだよ……!」


 伊織は今から行なうことになるかもしれない奪還作戦で大カラスを殺したくないと言っている。

 つまり、もし襲われてもそれは『自分たちから手を出した結果』だという認識なのだ。善人で、甘い。一歩間違えば害のある善性である。

 しかし怒るより先に脱力したネロは「わかった」と小さく答えた。


「あの爆ぜる火の魔石があっただろ、万一の時はあれを目晦ましに使おう」

「はい! ありがとうございます!」


 嬉しそうに頷いた伊織はバイクのキーをしまいつつ言う。


「少し経てば地上へ降りるための魔力が溜まると思うんで、もし魔石を見つけたら奪取し次第ここから逃げましょう」

「ああ。……イオリ、俺が離れてる間に倒れないでくれよ? ここから降りれなくなるなんて御免だからな」


 ネロが笑ってそう言うと、伊織は肝に銘じるように頷いた。


     ***


 木々の間を駆けながらパトレアは被っていた葉っぱと麻袋を脱ぎ捨てる。


 その頬は紅潮し、まるで初恋の人に告白をした直後のようだった。

 ――いや、これはまさしく恋なのかもしれない。

 パトレアに恋をした経験はないが、これがきっとそうなのだと確信が持てた。ハイトホースの速い者に惹かれる本能もそれに拍車をかけている。


 あそこまで素晴らしい走りを見せてくれるとは思わなかった。

 あれが機械であろうが召喚獣であろうが関係ない。

 今度はどこで共に走ろうか、次はもっと直線的な平野で駆けてみたい、そんなことをつらつらと考えながら興奮に任せて走り続ける。


「ああ、バイク様……私、貴方と貴方の走りに恋をしてしまったようであります!」


 自分で言っておきながら「きゃー!」と頬を押さえたパトレアが、任務違反と任務放棄を同時に行なってしまったと気がつくのは、この一時間後のことだった。

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