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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第四章

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第123話 任務と役目

 まさか血液サンプルまで手に入るとは思っていなかった。

 そうヘルベールは目を細める。


 ヘルベールの技術があれば布に沁み込んだ少量の血液からでも様々なことを調べることができるのだ。

 毛髪などのサンプルも手に入ったため、しばらく忙しくなりそうだ。

 そう考えながらヘルベールは夜道をパトレアとふたりで進みつつ、ポケットにしまっておいたハンカチを改めて密封可能な袋に入れ直した。


「パトレア。俺はこれからサンプルの解析に向かう。お前は引き続きあの一行を追え。ただし遠巻きにだ」

「はいっ!」

「このまま連れ帰って再び倒れられても困るんでな」

「も、申し訳ありません……! 次なる任務、今度こそ果たしてみせます!」


 転移魔石はもちろん帰りにも用いる。

 徒歩でも戻ることはできるが、ヘルベールとしては今は早く解析がしたかった。

 一度帰還を挟んで倒れられるより、パトレアを監視として付けて聖女一行の位置を把握しておき、いつでも次の行動を起こせるようにしておくほうがよほど有益だ。


(単独行動は危険ではあるが……) 


 パトレアがヘルベールに同行したのもそれが理由だが、パトレアひとりなら話は別である。

 幹部クラスだが戦闘に長けていない――ただの人間相手なら造作もないが、聖女一行ともなると多勢に無勢なのも重なり苦戦するであろうヘルベールが単独行動することと、高速の移動に長けてそれを利用した攻撃方法も持つパトレアが単独行動することは違うのだ。


 それを理由にヘルベールは一抹の不安から目を逸らして帰路を急いだ。


     ***


 転移魔石で姿を消したヘルベールを見送り、パトレアは夜の闇から吹いてくる涼しげな風を受けてようやく姿勢を崩した。

 一旦脱力してから「うーん!」と思いきり背伸びをする。


(やはり幹部クラスの方に同行すると緊張するでありますね……あんな失敗を犯した後でしたし)


 上司であるセトラスも幹部クラスだが、拾われてから数年経っている相手と普段話さない幹部とでは天と地ほどの差があるというものだ。

 そんなセトラスも失敗に関しては予想していなかっただろう。

 そうでなければヘルベールにパトレアを付けるはずがない。


 パトレアもまさか自分がここまで転移魔石に弱いとは思っていなかった。

 他のハイトホースも同じような状態に陥るのか試してみたかったが、生憎ナレッジメカニクスに所属する同種族はいないため叶いそうにもない。


 ふと振り返ると村の灯りがぽつぽつと見えた。

 怪しまれないためにもしばらくは隠密行動が必要になってくる。今夜も離れた位置から簡易テントで様子を窺うことになりそうだ。


「……聖女マッシヴ様、でありますか……」


 善人の集団というのがパトレアの持った第一印象だった。

 強く優しい人々。もちろん恩は感じるが、パトレアは罪なき善人ではない。

 ヘルベールも然り。己の望みのためなら他を犠牲にしても良いと考え、その考えを自分で許容することができる人種だ。


 パトレアは早く走るためなら環境を問わない。

 自身の体を改造してでも突き詰める。

 誰かに褒められるためでもなく、ただひたすら自分のために。


 幼少期に集落の全員から外に出ることを禁じられて生きてきたパトレアは、なにかを犠牲にしなければ夢は――やりたいことや願いごとは叶えることができないと心に刻んでいた。

 集落の同胞たちも自身の願いのためにパトレアを犠牲にしたのだ。

 それが今でもなによりの証拠に思える。


(……)


 不意に寝かされたベッドの感触や与えられたスープの温かさが蘇った。

 それらを一旦忘れ、パトレアは再び大きく伸びをして巻きスカートからショートパンツに穿き替える。


「――さて! 任務遂行に向けて頑張るでありますよ!」


     ***


 トンネルの案内人として派遣されたのは村長の孫のバントールという男性だった。


 準備を終えた一行は件のトンネルへと入り、ヨルシャミが作り出した火球を光源に進んでいく。

 ほぼ魔石の魔力を利用しているため、これくらいなら難なく作り出せるらしい。

 普段は村の人間も火の魔石を使うが、トンネルには空気穴が多数用意され、出入口も多いため空気を気にせず松明を用いることも多いそうだ。魔石の節約である。


「ですが、その構造が魔獣と大雨で裏目に出まして……」

「余所者から見ても強度に難ありだからなぁ」


 バルドはトンネル内部を見上げながら言った。

 つられて伊織もぐるりと見回してみる。

 前世のトンネルは内側が補強され、そう簡単には崩落しない作りになっていたが、ここは元々自然に通っていたトンネルを拡げて再利用したため折り重なった岩が剥き出しだった。


「ここも昔は活火山で、数百年前に大噴火した際に溶岩や落石で出来たのがこのトンネルの始まりだと聞いています。ああ、もちろん今は火山としては死んでいますよ。自然のものですがとても丈夫で、まさかこんな事態になるとは思っておらず……」

「村の先祖も同じ考えで補強をしてこなかったのであろうな。まあ確かにこのトンネルを構成する石は丈夫なものだ、魔獣が巣食わなければもう二百年ほどは安全に使えただろうに」


 ヨルシャミは壁をコンコンと叩いて言う。

 この地方は現在は地震もほとんどないため、不測の事態さえなければきっとバントールが生きている間に崩落の危機に晒されることもなかっただろう。


「すみません、魔獣退治後は早急に補強作業にかかろうとお祖父様も言ってました」

「うむ、それがいいだろう」

「今後はトンネルのルートも選別し、山の道から向かえるものはそちらを優先するようにし――っと、……っあれです。見えますか?」


 バントールが足を止めて岩陰に隠れる。

 そうっと指さした先には大きな黒い影が見えた。


 火球の光が満足に届かないため薄ぼんやりとしているが、たしかにミホウ山の洞窟にいた蝙蝠型の魔獣より大きい。

 群れの中でもひと際大きいものは人間の子供ほどのサイズある。

 皮膜まで合わせれば相当だろう。そんなものが天井からぶら下っている様子を見て伊織は背筋がゾッとした。


「あのデッカいのが群れを統率してんのかな? もしかしてアイツを倒せば他の連中が混乱して潰しやすくなったりする?」

「その可能性もなくはないが……こんな狭いところで暴れられてみろ、魔獣もろとも生き埋めになりかねん」


 疑問を口にしたミュゲイラにそう言い、ヨルシャミはじっと目を凝らした。

 しかし、やはり満足に見えないのか目を軽く擦る。


「洞窟の壁面の状態がよく見えんな。どうなっている?」

「火球をもうちょっと近づけられるか」


 ヨルシャミはネロの問いに頷き、蝙蝠型魔獣の動きに注意しながら火球をひとつ先行させた。

 その『注意』は目より耳を頼りにしたものだ。


 途中、日の光に弱いのもあってか蝙蝠型魔獣が火球に気がついてざわめき始めた。

 そのタイミングで進むのをやめ、ネロが「細かい亀裂がいくつか。あと大物が足をかけてるのがかなり大きい亀裂だ、俺の手の平くらいの幅がある」と伝えるなり火を消す。


「ネロさんって目が良いんですね。僕はあれだけ光が近づいてもさっぱりでした」

「夜目が利くほうなんだ」


 褒められてまんざらでもなさそうな顔をしつつ、ネロは来た道を振り返る。


「壁面の状態は通ってきた道のほうがまだマシだったな。さっき丁字路になった場所があったろ、あそこまで引き寄せられればトンネル内でも戦えるんじゃないか?」

「この状態ならばそれが最善だな」


 静夏がそう頷く。

 群れを相手にするなら一本道が適しているが、崩落の危険があるなら仕方がない。


 バルドが先ほどまで火球のあった場所を見ながら言う。


「あいつら……光に過敏に反応してたが、ありゃ攻撃しに来るより奥に逃げそうな雰囲気だったぜ。おびき出すんなら光を灯さずに縄張りに踏み込んで存在をアピールしなきゃなんねーんじゃね?」

「ということは、自ずと暗闇の中を走って丁字路まで退くことになるのか」


 つまりは囮だ。その役目は誰がやるのか。

 するとネロがおずおずと手を上げた。


「暗くてもある程度は見えてるから俺に任せてくれ。その、同行させてもらうからにはなにか役に立ちたいしな」


 もう役に立っているのに、と伊織は口にしかけたが、ネロにとってはまだまだということなのだろう。


「――よし、では我々は先に丁字路まで後退する。五分経過したら魔獣を刺激しこちらへ走ってきてほしい。もし魔獣が反応しなかった場合は再び相談しよう。命の危険を感じた場合は遠慮なく助けを呼べ、駆けつける」


 静夏の言葉にネロは深く頷き、今より更に暗闇に目を慣らすべく両目を瞑る。

 闇に閉ざされた視界の中、間近にいる伊織たちの気配とは別に魔獣が身じろぎする音が聞こえていた。

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