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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第四章

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第120話 パトレア、寝る

「宿のおばちゃんがパンとスープをサービスしてくれたからよ、ちょっとでも食えそうなら遠慮なくもらっとけよ」


 ここに置いておくな、といやにガタイの良いフォレストエルフ――ミュゲイラはパトレアが横になったベッドの脇に丸テーブルを引き寄せてトレーをのせる。

 耳など個々の特徴はフォレストエルフだ。

 しかしあまりにも『エルフ』のイメージからかけ離れた外見にパトレアは脳が混乱しそうになった。大抵のエルフ種は楚々とした体型をしている。


 フォレストエルフは元々健脚だが、ここまで凄い大胸筋や上腕二頭筋を持つ者を見たのは初めてだ。

 さきほどは聖女マッシヴ様が傍にいたため差がわかりづらかったが、単独で見ると顕著である。


 パトレアがそんな感想をおくびにも出さずに礼を言うと、ミュゲイラは「じゃ、あたしは村ん中で待機してるから、なんかあったらヘルベールに呼んでもらってくれ」と言い残して部屋から出ていった。

 彼女の妹のリータも隣室でヘルベールに軽食を差し入れていたのか、廊下で一緒になったふたりの話し声が聞こえてくる。


 それも階下へと消え、パトレアは小さく息をついた。


(足を見られなくてよかった……あそこでバレていたら失態に失態を重ねるところだったであります)


 そもそもここまでしっかりとした接触をするつもりはなかったため、変装がおざなりだ。

 わかっていれば足用の人工皮膚をセトラスに作ってもらっていただろう。

 とはいえパトレアが最も大切にしている『速度』の邪魔になるため、人工皮膚を用意してもらっても装着は渋ったかもしれないが。


(ヘルベール博士はヨルシャミの観察眼も警戒していたようでありますが……見たところ視覚に後遺症が残っている様子。このチャンス、活かす他にありません!)


 パトレアは直接動いて喋る彼――今は彼女と呼ぶべきだろうか、超賢者を名乗る魔導師ヨルシャミを見るのは初めてだった。

 ただ、ヘルベールやセトラスの話では千年近く前の人物らしいので初めて見るというのも当たり前ではある。

 パトレアたちハイトホースは人間よりは長く生きるが、若者の外見年齢は人間と大差ない。パトレアもこの世に生まれて十九年しか生きていなかった。


 ヨルシャミが捕らえられていた北の施設へ出向くこともなかったのだから尚更だ。

 しかし魔導師として現代の魔導師とは比べ物にならないほど優秀だったとは聞いている。


(ニルヴァーレ博士にはほとんど会ったことはなかったものの……同じく千年前から生きているという彼もヨルシャミを話題に上げていたと記憶しているであります)


 普通の魔導師は他者の纏うオーラや魔力の流れを視ることはできない。


 感知系の魔法を使えば可能だろうが、なにも使わずに自前の目だけで見て正確且つ細やかに把握できるのは極々少数の者だけだ。

 そんなヨルシャミに見られれば下手をすればヘルベールの延命装置やパトレアの足に使われている機械を補助する魔法を見破られる危険もあった。


 ハイトホースは珍しいとはいえ、ベレリヤにひとりもいないというわけではない。

 だが、その足が機械製ともなると「私はナレッジメカニクスの一員です!」と名乗っているも同然である。それはもう大声で。

 いくら隠していても生身の足との差異を見破られていれば、その時点で撤退を余儀なくされていただろう。


 そんな不安要素がヨルシャミの目の件で一部取り払われたわけだ。


(しかしヨルシャミの不調もいつまで続くか不明、下手をすれば今この時が気づかれず近づいて調査をするラストチャンスやも。私もこうしてはいられません! ……)


 パトレアは立ち上がろうとしたが、久方ぶりに背を預けたふかふかのベッドから体を起こすことができなかった。

 ぴったりと張りついているかのようなフィット感だ。


 しんどいから、というよりも満足に回復できず蓄積していた疲労により、背中が居心地のいいベッドと離れたくないと駄々をこねているのである。

 転移してからパトレアがどれだけ寝不足だったか筆舌に尽くし難い。


「……」


 すぐに動き回ったら窓から見られるかもしれない。

 今は疑いを持たれるのは極力避けたい。

 まだ調査していない上、自分も不調なのだ。すぐに逃げられない。


 それに『勝負』の話を聞くに三時間は猶予がある。

 聖女は別件で行動しているため宿屋に戻ってくるかもしれないが、今でさえそっとしておいてくれているのに押し入ってくることはないだろう。


 だから、そう、だからもうちょっとだけ。


 パトレアはそう自分に言い聞かせ、たっぷり三十分間仮眠を取ってから、大慌てて目覚めると採取作業に勤しんだのだった。


     ***


 薬草の特徴を脳内で反芻しながら、伊織は下を向いて目当てのものを探していた。

 手には摘んだ薬草を入れるためのカゴを持っている。

 子供には少し大きいが、腕を通すためのベルトが付いているためバランスは取れていた。どうやら薬屋のお手製のようだ。


 そんなカゴはまだ空だが、ネロのカゴにはもう何かしら入っているのだろうか。

 伊織は少しそわそわとしたものの、ネロとは別行動のため進捗はわからない。


(薬草はギザギザしてて赤い色をしてる。あと嗅ぐと少しミントみたいな匂いがするんだっけ)


 ミントと赤紫蘇が合体したような感じだろう。

 薬草としてはそれなりに背が高く、一株で何枚も採れるらしい。


 背が高いなら赤色を目印に探していればそのうち視界に引っかかりそうだ――と思っていると、早速地面に数本生えているのが見えた。

 足元に注意しつつゆっくりと近寄り、葉を一枚ちぎって嗅いでみる。

 たしかにミントのような清涼感のある香りだ。

 伊織はそれをカゴに入れると、他にも生えている場所を探して再び歩き始めた。


 しばらく山の中を歩いていると、道の脇が切り立った崖になっているのに気がついて伊織はぎょっとする。

 木々の葉に隠れており気づくのに時間がかかてしまった。


 しかしびっくりついでに崖沿いにも薬草が生えているのを見つけ、細心の注意を払いながらぷちぷちと摘んでカゴへと入れる。

 ここへ辿り着く前にもいくつかの場所で採取したため、カゴの底は葉でふかふかとしていた。

 ついでにミントの香りも爆発的に濃くなっており常に鼻がスースーしている。


 これってマスクも必要だったかも。

 そう思っていると伊織の耳に水音が届いた。


「あ、ここにも川が流れてるのか」


 崖からは下の風景が見渡せる。

 村とは逆方向、今いる山の隣にある更に標高の高い山から一本の川が流れていた。

 それは山の途中で地上から姿を消しており、どうやら地下に流れ込んでいるようだった。

 そこから先はわからないが、またどこかで地表に姿を現している可能性もある。


(水場近くのほうが生えてそうだけど、さすがにひとりであそこまで行くのは危険だよな……)


 勝負に夢中になって危険を冒すのは愚かなことだ。

 伊織は自戒の意味も込めて心の中で反芻し、崖から離れてその場から足を遠ざけた。


 離れている間も、風に乗って水の流れる音が微かに聞こえる。

 その音を再び――今からそう時間を空けずに耳にすることになることを、伊織はまだ知らない。

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