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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第四章

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第111話 競争勝負は唐突に

 バルドは「肩慣らしに最初は簡単なほうがいいだろ?」と言いながら、本当に簡単な二桁までの足し算を繰り出してサルサムとネロ両名にダメ出しを食らった。

 やはり人選ミスだったんじゃないのか?

 そうミュゲイラたちが思い始めたところで唐突に本領を発揮する。


「1876+77521+41636+15+9513+4699+43328+686+1023+79760は?」


 声より先行していたのは鉛筆が紙の上を走る固い音。

 数字を口に出すより先に手が動いて式を紙に書き付けている。


 とても単純な足し算だが、桁がばらばらな十個の数字を一気に出され、横で聞いていた伊織にも答えがわからない。まるでソロバンのテストだ。

 ミュゲイラは序盤で考えるのをやめた顔をして座り込んでいた。


 サルサムとネロに与えられた計算時間は最長で二十秒で、その間ならいつ答えを書いてもいいが、超過すると問答無用で間違えたのと同じ扱いになる。

 ふたりは互いに見えないように答えを紙に書いていった。


 そして両者共に書き終わってから答えをバルドに見せる。


「260057……よし、ふたりとも正解だな」

「ダメ出し食らった段階で足し算ってところも変えろよな」


 サルサムがそう言い、バルドは「いいじゃんかー」と口先を尖らせた。

 その言葉に従うなら次はもっと難しくなるのだろうか。

 計算の序盤しか聞いていないにも関わらず頭から煙が出そうになっているミュゲイラの耳を塞ぐべきか否か、伊織は真剣に悩んだ。


「計算を得意とする者たちか……少し懐かしく感じるな」


 勝負を見守っていた静夏が小さな声で言う。

 そういえば、と伊織は前世のことを振り返った。


 伊織自身は幼かったため覚えていないのだが、父親――つまり静夏の夫は若くして優秀な数学者で、その友人知人たちも同じような人種だったらしい。

 きっと自宅で一堂に会することもあったのだろう。

 静夏はその頃のことを思い出しているのかもしれなかった。


 伊織とは異なり、この世界に一から生まれ直した静夏にとっては二倍近く昔のことに感じられている可能性がある。

 訊ねたい気もしたが、そっとしておこう。

 伊織はそう思い――


「よーし、そんじゃ次の問題だな! 55896÷5×932+255413-75691÷9×6325+7896÷599÷10568は?」


 ――だからもう少し変えろ、というサルサムたちのツッコミを聞きながら、素早くミュゲイラの耳を塞いだ。


     ***


 二問目もふたり揃って正解。

 暗算勝負はその後も順調に続き、三問目でバルドが謎の式をぶっ込みローカルなものは混ぜるなとブーイングを受けたものの、代わりの問題で再びふたりが正解したことによりサドンデスに突入した。

 引き分けでいいんじゃないか、という提案もあったものの、ネロはどうしても白黒つけたいらしい。


「……これさー」

「はい」

「室内でやったほうがよくね?」

「ですよねー……」


 昼食のパンを齧りながら伊織はミュゲイラに頷いた。

 コッペパンのようなパンに焼いた肉と数種類の野菜を挟んだサンドイッチだ。先ほど代金を払って宿屋の主人に作ってもらったものである。

 伊織はお茶を注いでヨルシャミに手渡しつつ、病み上がりも同然の自分たちは退席しといたほうがいいんじゃ? と思った。

 しかしここまで観戦したからには結果を見届けたいというのも本心だ。


 サンドイッチはサルサムとネロにも用意されているが、ふたりは一向に手をつけようとしない。


「……正解。っつーかさ~、サルサム~、俺腹減ったんだけど休憩挟まねぇ?」

「いや、まだ一時くらいだろ?」

「バルドさん、次も頼む! 今度こそ絶対に勝つから!」

「こいつらぜってぇ勝負方法見誤ったって!」


 バルドは伊織たちに向かってそう嘆きながらも手元すら見ず一心不乱に鉛筆を走らせている。これはほぽ暗算なのではないだろうか、と思わせたが、表情が空腹でしおしおなため離れ業が離れ業に見えない。


(バルド、あんな状態でも放棄はしないんだなぁ)


 女性にはだらしないし何事も猪突猛進だが責任感はあるらしい。

 そう伊織はバルドのことを徐々に理解してきた。――が、哀れなものの出せる助け舟がなかった。


 結局、勝負はその後一時間に亘って続き、自分で書いておいて筆算で真っ黒になった紙にバルドがゾッとした頃にようやく終わりを迎えた。

 勝者はネロ。

 サルサムの敗因は空腹による単純な計算ミスだった。


「ああクソッ……! 地味に悔しいなこれ!」

「だから休憩挟もうって言ったじゃんか」

「クッ……バルドに諭される日が来るなんて……」

「そっちに悔しがるのはやめろよ!?」


 しょぼしょぼした目を剥きつつ、バルドはリータからお茶とパンを受け取って一気に口に押し込んだ。出題者兼採点者ということで、バルドも結局今の今まで食べる機会がなかったのである。

 ふたりが毎回二十秒たっぷり使ってくれればまだチャンスはあったのだが、その半分程度がデフォルトだったため致し方ない。わんこそばならぬわんこ暗算である。


 ネロが初の一勝に嬉しそうにしつつ、勝負そのものが楽しかったという顔でサルサムと向き合う。


「サルサムさん、こんなに白熱して暗算できたのは初めてだった。勝負してくれてありがとう」

「……ああ、俺も久しぶりに熱中できた。また機会があったらリベンジさせてくれ」

「ぜってぇ俺を巻き込むなよお前ら!」


 よし、じゃあ次の勝負だ! と遅い昼食を終えたネロは次の対戦相手であるミュゲイラを指して言った。

 計算で睡魔に襲われ、木陰でがっつりと昼寝していたミュゲイラは眠気まなこを擦りながら起き上がる。


「勝負ぅ? あ、そうか、勝負の最中だっけ。あたしはなんにしよっかなぁ……」

「これ完全に熟睡してましたね……姉がすみません、ネロさん……」


 リータに頭を下げて謝られ、ネロは焦りつつ「ま、待たせた俺が悪いから」とフォローした。やはり根が善人すぎる。

 その時「決めた!」とミュゲイラが手を打って笑みを浮かべた。


「村の外周を競争しよう! 先に三周したほうが勝ちな!」

「……! 受けて立つ!」


 さっきと打って変わって体を動かす勝負だ。

 ネロは張り切ってミュゲイラの勝負を受ける。――が、打って変わりすぎていた。


 座っていた時間が長すぎたせいで、競争の途中で見事に足が攣ったのである。

 まるで地面に落ちたシャチホコのような有様だった。

 先にゴールしたミュゲイラが心配しつつ仕切り直すか訊ねたが、負けは負け。


 負けなら潔く認めるべきだとネロは主張し、勝負の結果は一勝二敗となったのだった。

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