【番外編】勝ち逃げするより、そこで待ってろ 後編(バルド&サルサム&オルバート&リーフ)
作中の時期:最終回後。全世界への報告エピソードから百年後
出演キャラ:バルド、サルサム(地の文のみ)、オルバート、リーフ等
簡単なあらすじ:
流れた時間を振り返りながらラキノヴァへとやってきたバルド。
ふと思い出すかつての『相棒』はすでにこの世を去っていた。
「……お、大きい、とは言いましたけど……」
「デッカ……!」
砂山かと思っていた場所からエビの髭の先端が出ており、風属性の魔導師が一斉に砂を吹き飛ばしたことで全貌があらわになる。
デザインは今までのエビと同じだったが、丸まっていても四メートルはあった。
海はないというのに磯臭い。
しかも体色が桜色をしている。
バルドは「クソデカ桜エビだ」と思わず口にしていた。
しかしツッコミを入れてばかりもいられない。
空気に晒された魔獣は見つかったことを悟り、周囲の砂を弾きながら凄まじい勢いで跳ね始めた。至極元気なびっちびっちである。
バルドたちは魔獣を逃がさないように円状に広がって囲い込み、合図と共に一斉に攻撃を開始した。
リーフは的確な動きで魔獣の足を一本ずつ処理している。
注意して目で追わなくとも自然と視界に入ってくる見事さだった。
「……」
バルドはナイフで魔獣のつま先を切り落としながら意識してリーフの姿を見る。
リーフの得物は包丁だが、その使い方にはサルサムの面影が見えた。
――昔のことだ。
武器の使い方で争ったことはないが、いつかはサルサムに勝ってみたいと思っていたことがある。
きっかけはサルサムとバディを組み始めた頃で、興奮した野生動物を相手に殺意を漏らさずに急所を一突きする姿を見て「すっげー」と感じたことだ。
なんてことない賞賛の記憶だった。
しかしそれから何度となく目にし、ナイフに限らず様々な武器を使いこなし、戦闘だけでなく調理や調薬にまで活かしている様子を見て少しばかり競争心を掻き立てられたのである。
記憶を取り戻す前であり、今より比較的単純な思考回路をしていたのも手伝ったのだろう。
しかし結局、最後の瞬間まで追いつけなかったのだ。
バルドには時間だけは贅沢なほどあったというのに。
もちろん努力せずに勝ちたいと思っていただけではない。
サルサムは「怠けず鍛錬でもしとけ」などと言っていたが、鍛錬を重ねても差が縮まることはなかった。
それは最後の日を迎える少し前まで彼自身も鍛錬を欠かさなかったからだろう。
そこまで突き詰めるくらいなら、もう少し付き合ってくれてもよかったじゃねぇか、とバルドは思った。
「ひとりでさっさと向こうに行っちまってさ、……もう絶対に勝てねぇじゃん」
武器の使い方だけでなく、他の様々なことを含めて勝ち逃げをされた気がする。
そうバルドは小さく呟き、複雑な心境になったところで魔獣の首が落とされた。
黒くつぶらな瞳が太陽光を反射してキラリと輝き、砂の地面を揺らして落下する。
体はしばらくビチビチと跳ねていたが、やがてそれも大人しくなった。
ふう、と息をついて汗を拭ったところでオルバートが口を開く。
「独り言大好き人間じゃないか」
「今は騒がしいからオッケーだ」
「マイルールの達人だね」
ため息をついたところでオルバートがハッとして視線を強制的に移動させる。
現在の体の主導権はバルドにあったが、オルバートが完全に動かせないわけではない。唐突に視線を動かされたバルドは「酔うだろ!」と言いかけて目を丸くした。
魔獣の前腕が勝手に持ち上がっている。
最後の悪足掻きだ。
その前には、魔獣に背を向けたリーフがいた。
咄嗟に名を呼び、魔獣の異変を知らせようとしたバルドは大きく息を吸い込む。
「――ッサルサム!!」
リーフは顔を上げたが、父の名を呼ばれたから、というのは理由の半分だった。
包丁を瞬時に持ち替えると後ろ手に魔獣の前腕を刺し貫き、体に届く前に静止させる。そのタイミングで駆け寄ったバルドが関節から前腕を切り落とした。
心配する必要なんてなかった。
そんなところも、サルサムにそっくりだった。
***
幸いにも討伐した魔獣の大きな死骸は三十分ほどで消え、後処理をする必要はなかった。
各地に散った分裂体たちは母体を倒しても残るため、引き続きローラー作戦で殲滅していく。これは数日かかったが――どうにかこうにか完了させることが叶った。
城に戻る前に現地に近い街で一泊をしていこうという話になっている。
転移魔石やナレッジメカニクスの発明品により移動が楽になった反面、今までなら各地で宿を取ったり食糧を買うことで回っていた経済が滞った影響が少なからず出ていた。
そのため急を要さないなら現地で金を落とすことも美徳のひとつである、という風潮が百年の間に出来つつある。
もちろん強制ではないがバルドも街に泊まり、祝勝会に参加することになっていた。そこでたんまりと酒を飲んだものの、酔いの回りは鈍い。
「……気まずいなら早めに弁明すればよかったのに」
「もっともな意見だが、敢えて言わないでおく優しさを見せろよ」
オルバートにそう小声で言ってバルドはテーブルに突っ伏した。
凄まじい勢いでリーフのことをサルサムと呼んでしまったあの瞬間から、バルドはリーフとまともに喋っていない。
申し訳ないやら恥ずかしいやら様々な気持ちが錯綜してなにも言えなくなってしまったのだ。
取り繕うなら言い放った瞬間にすべきだったが、そんな状況ではなかった。
「友達に謝れずにズルズルと引きずってる子供みたいだね」
「あー……なんか小学生の頃に似たことがあったな」
「……」
「お前までブーメランでダメージ食らうなよ」
ようやく少し笑えたところでバルドの隣に誰かが腰を下ろした。
――リーフだ。
木製のカップに注がれたワインを片手に持って微笑んでいる。
「お疲れさまです、バルドさん」
「お、おう」
「さっき魔導師の方に転移魔石の魔力補充をしてもらったので、明日は朝イチで帰れますよ」
転移魔石への魔力補充はコツが必要だが、討伐隊に多く含まれる騎士団員はヨルシャミやペルシュシュカにより手ほどきを受けているため、補充可能な者が一定数存在した。
転移魔石を使う機会も多いため、祝勝会の前だろうが最中だろうが朝飯前である。
良かったな、とバルドが笑い返しているとオルバートが頭の中で脇腹をつつくような仕草をした感覚があった。
バルドは咳払いをしてからリーフを見る。
「あ、あの時はごめんな、咄嗟のことで……サルサムの名前を呼んじまった」
「……? ……ああ! 謝らなくていいですよ、昔から似てる似てるってよく言われていたので」
だが父親と間違われるのは複雑な気持ちなのではないだろうか、とバルドは思う。
一時期は自己同一性や『藤石織人とは』と延々と悩んでいたからこそ敏感になっているのかもしれない。
しかし今世はともかく、前世でも父親と間違われたら僕は嫌だったぞ、と思う面もあった。
リーフは紫色の目を細めて笑う。
「俺、むしろ嬉しかったんですよ」
「嬉しかった?」
「なんというか、俺の周りって長命種やハーフが多いんでいまいちピンとこないことが多かったんですけど、父方の親戚は人間なわけじゃないですか。たまに会うと……なんというか……どんどん父の痕跡が消えていってるんですよね」
サルサムは両親からの縁でラストラやボルワットといった土地と結びつきがあった。そのため初めは周囲からの認識もそれに沿っていたのだ。
ワールドホール閉塞作戦後は聖女一行のサルサムとしても知られていた。
だがそれは徐々に薄まっていき、現代にいる有名人ではなく過去の有名人として扱われるようになった。
父の地元に行くとそれがよく伝わってくるんです、とリーフは言う。
「まだ忘れられたわけじゃないですよ、たまに誰が監修したんだコレって本とかが出てたりしますけど。ただ、まあ、移り変わりを知っている身としては今後はそうなっていくんだろうなって予想できるわけで」
「それは……まあ、そうだろうな。俺も似たパターンを沢山見てきた」
長命種が多く暮らす土地でさえ同じようなことが起こるのだ。
リーフはそれを受け入れつつも寂しく思っていたそうだ。
バルドはかつて先祖の面影を追っていたネロのことを思い出す。
しかし、リーフの表情は晴れやかだった。
「だから嬉しかったんです。例え周囲から少しずつ消えていったとしても――」
「……」
「――父は、そこにいるんですね」
リーフはバルドの胸元を見て、どこか懐かしむような声音で言う。
バルドは二回ほど瞬きしてから同じ場所を見た。
ああ、そうか、とあっけないほど簡単に納得してしまう。
「ははは……手の届かないとこに行ったと思ってたが、こんなところにいやがった」
サルサムは勝ち逃げなんてしていなかった。
バルドはいつまでも過去の相棒を――親友を忘れられないことを恥じていたが、そんな気持ちになる必要はなかったのだ。
この世の終わりまで生き続けるであろう人間の中にいるのなら、これから彼に追いつくこともできるかもしれない。そう思いながら生きることも恥ではないのだろう。
(お前は嫌がるかもしれねぇが……)
バルドは久しぶりにサルサムに語りかける。
(勝ち逃げするより、そこで待ってろ)
そう口元に笑みを浮かべた瞬間。
隣のリーフがワインを一気飲みして一瞬背筋が凍りつく。だがリーフは頬を僅かに赤くした程度で「おかわり貰ってきますね」と笑っていた。
バルドは噴き出すように笑う。
そういうところは似てないのな、と。





