【番外編】勝ち逃げするより、そこで待ってろ 前編(バルド&サルサム&オルバート&リーフ)
作中の時期:最終回後。全世界への報告エピソードから百年後
出演キャラ:バルド、サルサム(地の文のみ)、オルバート、リーフ等
簡単なあらすじ:
流れた時間を振り返りながらラキノヴァへとやってきたバルド。
ふと思い出すかつての『相棒』はすでにこの世を去っていた。
伊織が全世界に向けて報告を行なってから、ちょうど百年が経った。
日々は淡々と過ぎたわけではなく山あり谷ありで、バルドも魔獣の残党狩りに出向きながら子育てに追われるなどしていたが――それも今は昔。
静夏との間に授かったミカゲとミュゲリアのふたりもしっかりと育ち、今では自立している。
ミカゲはバルドの不老不死の特性を受け継いでいた。
ただしララコアのミヤコの例からもわかる通り、転生者の特性は遺伝しても徐々に力が薄まっていく傾向にある。
ミカゲも即死級のダメージを負えば命を失う可能性があった。
それでも両親が共に転生者のため、力の薄まりは軽減されているのか弱まっているのは不老不死の不死側だけである。ミカゲはいつ会っても十七、八ほどの外見だ。
(あんまり俺の特性は継がせたくなかったんだけどなぁ……)
この世の終わりまで見せてしまうことになるかもしれないのだ。
バルド本人とは異なり寿命は存在しているかもしれないが、正確な数字を出すことなどできるはずもない。
それでも、その時は最後まで支えようと決意して子供を作ったのだから、今更後ろめたく思うのも不毛だな、とバルドは頭を横に振った。
ミュゲリアは静夏の特性を引き継いだのか、非常に筋肉に恵まれている。
それは幼少期から顕著に出ていた。
静夏が「私の幼い頃によく似ている」と言っていたので筋金入りだろう。
ミュゲリアに不老不死の特性は見られなかったが、人間とはいえ神の遺伝子を持つ者は長寿になる傾向が強いため、現在もまだまだ現役の様子である。
しかも伊織ほどではないにせよ転生者と転生者の子供だ。
つまり世界の神フジの遺伝子が濃く、もしかすると静夏より長生きするかもしれなかった。
そんな静夏は前線を退き、今は我が家で余生を送っている。
老いて髪も白くなっていたが――それでも筋肉は彼女が最期を迎える瞬間まで共にいるつもりなのか、今もじつに恵まれた体をしていた。
引退したとはいえ、近くで魔獣や凶悪な野生動物が現れれば赴いて成敗し、橋が落ちたと聞けば丸太を何本も持参して駆けつけ、自然災害に襲われた村があれば重機のようなパワフルさで救助にあたる。
そんな日々を続けていた。
ちなみに『近く』とは住処から常人の足で五日かかる地域のことである。
(でも心配なんだよなぁ、はぁ、今日は帰りに栄養ドリンクでも買っていくか……)
ベレリヤの王都ラキノヴァには様々な店が立ち並んでおり、その中には質の良いドリンクを売る店もあった。
以前買って帰った際にうっかりミュゲイラが飲んで二日ほど眠れなかったくらいだ。――あれは薄めるべきだったな、とバルドは今でも思う。
そして個人的には酒も土産として買って帰りたいとも考えている。
イリアスは宝石商を中心に力を入れていたが、ラキノヴァという土地そのものをブランド化したいと計画し、ラキノヴァ名酒やラキノヴァ米、ラキノヴァ天然水などを次々と世に送り出した。
彼の亡き後もしっかりと受け継がれており、特に酒は好評だ。
俺も好きな味なんだよなぁと通り過ぎざまにバルドは酒屋をちらりと見る。
そういうのは仕事が終わってからな、と。
長年バルドの手綱を握り、それでいて本人には絶対にアルコールを飲ませたくない人物がいた。
不意にそんな彼の声が聞こえた気がして、バルドはほんの少し目を細める。
「――サルサム、お前、もうこの世界のどこにもいないんだなぁ」
人間にとっての百年は長い。
晩年には討伐先に向かうたび我が家で死ねる気がしないなどと言っていたサルサムは、沢山の家族に看取られてこの世を去っていた。
***
この日、バルドがラキノヴァを訪れたのは観光目的ではない。
ベレリヤのトバルアーク――砂漠地帯に潜む小型の魔獣たちを討伐するため、王都で討伐隊が組まれたためだ。そこにバルドも挙手していた。
まずはラキノヴァで準備をし、そこからトバルアークへ出発する手はずだそうだ。
「現地集合でも良かったけど、砂の中に隠れてるタイプなんだっけか……」
「なら準備はしておくに越したことはないね」
「なんだよ、起きてたのか」
同じ口を使って小さな声で言ったのはオルバートだった。
オルバートは人付き合いが必要な場面になると引っ込みがちで、大抵はバルドが表に立っている。
バルドとしては「面倒ごとを押し付けてないか?」と思うことはあるが、かといってオルバートが率先して交流を行なってトラブルを起こしても困るため、今のところなにも言わないでいた。
「時間が経っても残ってる魔獣は逃げ隠れが上手い個体が多い。骨が折れそうだね」
「お前はなんの苦労もしねぇだろ」
「その代わり技術の提供を続けてるじゃないか。今回の砂上専用バギーもそうだし」
オルバートは罪滅ぼしの一環として様々な開発に携わっている。
材料不足や未だに少ない技術者の数が問題となり一般化はしていないが、必要に応じて魔獣討伐に活かされることがあった。
今回使用する予定の砂上専用バギー五十台もその一端である。
ただし、この砂上専用バギーは『砂上専用』と付くだけあって通常の道にはあまり向いていない。
走行は可能だが道のほうを傷めてしまうだろう。
そこでトバルアークまでの移動はナレッジメカニクスの発明品のひとつ、転移魔石を使用する手筈になっていた。
今まではサルサムが請け負うことの多い役割りだったが、今回はセトラスかヘルベール辺りが派遣されるのだろうか。
バルドがそんなことを考えながら城内の待機場所で佇んでいると、名前を呼ぶ声が耳に入った。
「バルドさんじゃないですか! お久しぶりです!」
「あ……」
二十代後半から三十代前半に見える男性だ。
ただし『そう見える』だけで実年齢は二倍は異なる。
薄茶色の髪に紫色の瞳、面倒見の良さそうな顔つき。
二重であることを除けば面差しはサルサムにとてもよく似ている。
嬉しげに声をかけてきたのは、サルサムとリータの長男であるリーフだった。
(……っぶねぇ!)
心の中で口を押さえつつ、バルドは快活な挨拶を返してリーフに笑みを向ける。
オルバートがなにか言いたげな雰囲気を醸し出していたが、それを無視して冷や汗を拭った。
人との別れは何度も経験してきたのだ。慣れたつもりでいた。
サルサムの時だってきちんと見送れた。
しかし、久しぶりに会ったサルサムの息子にバルドは心を揺さぶられてしまったのである。
世間話を交えている間もバルドの頭の中にはひとつの考えが居座り続けていた。
ああ、サルサムかと思った、と。





