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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
番外編章

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【番外編】五百五番まで聞ききって(シャリエト+ナスカテスラ+ステラリカ) 【★】

作中の時期:第十三章 ワールドホール閉塞作戦以降

出演キャラ:シャリエト、ナスカテスラ、ステラリカ


簡単なあらすじ:

ステラリカに厄介なファンが付いている。

そう心配したナスカテスラに調査の同行を求められたシャリエトですが……?

 

「ス、ステラリカさんに厄介なファンが付いてる?」


 昼下がりのレプターラ、セラームルの王宮内にて。

 二徹した後に体調不良から昼寝を決め込んでいたシャリエトはナスカテスラによりもたらされた一報に目を瞬かせた。


 ふと目覚めると目と鼻の先――ベッドの真横に人影があり、視線を上げるとナスカテスラがジッと見下ろしていたので絶叫しかけたのが五分ほど前のことだ。

 幸いにも寝起きだったため声がカスカスになっており、実際に大声が出ることはなかったが喉が痛い。

 一体なんの用ですか、と眠気まなこを擦りながら訊ねた結果、返ってきたのが先ほどオウム返しにしてしまった内容だ。


 ナスカテスラは植物を編んで作られたイスに腰を下ろすと眉を下げた。


「ステラは優しくて器量が良いからね。特に最近は傍に俺様がいないことが多いから、ついに魅力に気づく輩が出てきたらしい」

「は、はあ」

「それが良い奴なら問題ないが、どうにも厄介なファンっぽくてね。どうだい、シャリエト。一緒に調査しないか?」


 ナスカテスラはワールドホール閉塞作戦で生死の境を彷徨い、それどころか一度はあの世に足を踏み入れたことで自身にかけられていた呪いが無効化された。

 それにより現在は落ち着いた声量をしているが、そんな優しい声音で持ち掛けられるには少々不穏なお誘いだった。

 シャリエトは小さく唸る。


(ステラリカさんのことは心配だけど、この人……姪のことになるとちょっとポンコツになるからなぁ。変なファンっていうのも定期的に通う患者のことを勘違いしてるだけかもしれないし)


 しかし、もし本当ならそれはそれでシャリエトとしても困る。

 そしてナスカテスラの勘違いだとしても、暴走したナスカテスラが罪なき患者を成敗する可能性があった。


 なにせナスカテスラはこの話をするためにわざわざシャリエトが目覚めるまで一時間ほど部屋で待機していたのである。

 もちろん立ったまま。

 後からさらりと説明されてシャリエトは震えた。


 これは自分の目で確認したほうがいい案件かもしれない。

 そう判断したシャリエトは「わ、わかりました」とぎこちなく頷いた。ナスカテスラは嬉しそうな顔で笑みを浮かべる。


「ありがとうシャリエト! 埋め合わせとして仕事は手伝うとして、あとは俺様特製のお茶を振る舞ってからオリジナル子守唄を歌って寝かしつけてあげるよ。昼寝の邪魔をしてしまったからね!」


 それはいいですッ! とシャリエトは断ったが、ナスカテスラが了解したかどうかは定かではなかった。


     ***


 なんでもナスカテスラはベレリヤからこちらへ出向いた際にステラリカの周りに出没している怪しい人物について耳にしたのだという。


 ステラリカは現在セラームルで治療を担当しながら医学について教えており、医師の卵からステラリカ先生と呼ばれて慕われていた。

 ナスカテスラはベレリヤへと戻り治療師を続けているため、今までと異なり叔父の視界から外れることが増えたのである。

 だからこそ心配しているのだろう。


「――でも、ただの患者さんって可能性はないんですか? ステラリカさんは回復魔法を使っているわけじゃないんで、治療のために何度も訪れる人は多いですよ」


 ひとまず様子を窺ってみよう、とステラリカのいる医務室へ向かう道中。

 シャリエトが懸念していたことを念のために訊ねると、ナスカテスラは「それは俺様だってわかっているよ」と肩を竦めた。


「だがその人物は長々と部屋に留まって世間話をしていくらしい」

「ははあ、それはちょっと業務に差し障りありそうで――」

「あとしょっちゅう赤い服を着ているそうだ」

「――ん?」


 シャリエトは話を聞きながら自分の体を見下ろす。

 気が向けば他の色も着るが、大抵は赤い色の服を着ていた。


 これは鬱屈する気持ちを吹き飛ばし、少しでも明るい気分にしたいと心を病み始めた頃から行なっている悪足掻きの一環だ。

 今ではそんな悪足掻きはひとまず不要になったが、習慣化してしまい着続けていた。今日もケープは赤色である。


「髪は黒くて切り揃えてるみたいだね」

「えっ、ボ、ボク……?」

「黄色系のバンダナをしていることもあるそうだよ」

「ボ、ク……?」


 シャリエトは細かく震えながら目を逸らす。


 これはもしや遠回しに「姪にちょっかいを出す不届き者はお前だ」と釘を刺されているのではないだろうか、とシャリエトは命の危機に晒されたかのような息苦しさを感じた。

 しかしナスカテスラはシャリエト相手ならそんな遠回しなことをせずに直接言いに来る気もしている。

 初対面の印象が最悪だった頃ならどうだったかはわからないが、今は双方それなりに打ち解けているのだから。


(それに長々と部屋に留まって話し込んだりはしてないぞ、……)


 いや、とシャリエトは更に青くなる。

 体調不良でしばらく医務室の世話になり、その過程で会話を交わしたことはあった。しかも一回や二回ではない。

 外回りに出た際、寝不足が祟って倒れた時など通りがかったステラリカが介抱してくれた。膝枕で。膝枕である。

 手持ちの荷物が固いからだと言っていたが膝枕である。


 そういった積み重ねが周りからは迷惑行為に見えていたのだとしたら――シャリエトとしてはステラリカに迷惑をかけ、ナスカテスラを心配をさせ、そして知らないうちに周囲からの評価がカスの極みになっていたことになるため、胃が予告なしでひっくり返りそうだった。

 間接的に知るには殺傷能力が高すぎる情報だ。


 シャリエトがストレスによる急激な眠気に襲われていると、ナスカテスラが曲がり角で立ち止まってチョイチョイと曲がった先を指さした。

 この向こうにはステラリカのいる医務室がある。


(うっ、うぅぅ……お怒りならもう演技はせず、いっそトドメを刺し……、ん?)


 ヨロヨロしながら壁の陰から様子を窺うと、ステラリカと何者かが話しているのが見えた。まず目に飛び込んできたのは赤い服だ。

 続けて黄色系のバンダナ、切り揃えられた黒い髪が見えてシャリエトはか細い声で叫んだ。


「ボクだぁ!? なに!? また偽者!?」

「なにを言ってるんだ、別人じゃないか。そもそもあれは人間だよ」


 ナスカテスラは不思議そうに首を傾げる。


 たしかに記号としての特徴が符合している部分もあったが、その人物は人間だった。エルフノワールのように長い耳もしていなければ肌も黒くなく、代わりに瞳が黒いようだ。

 身長もシャリエトより低く、それでいてがっしりしている。

 そして三白眼ではなくじつに健康そうなキラキラおめめであった。


「……なら、ボクのコスプレ……?」


 レプターラの宰相ではあるが、コスプレをされるような有名人ではないはず、とシャリエトは怪訝な顔をする。


 ――実際は多重契約結界の件やワールドホール閉塞作戦で死にかけながらも奮闘した話が世間に広まり、本人の与り知らぬところでファンができていたが、今のところシャリエトの耳には入っていなかった。

 シャリエトが『控えめな性格』だと聞いてファンたちが自主的に隠れて活動するようになったからである。

 ニルヴァーレのファンと比べてじつにステルス性が高い。


 とにもかくにも遠目から見たところステラリカは会話を切り上げられず困っている様子だ。

 ナスカテスラはシャリエトの手を引いてズンズンと廊下を進むと、話し込む人物の両肩にポンッと手を置いた。


「やあ、俺様の姪と話し込んでいるところを悪いね。しかし業務に支障が出るから、そろそろ切り上げてくれないか?」


 柔和だが威圧感のある声だ。

 同じことをされたらボクなら寝込む、とシャリエトが手汗が噴き出すのを感じながら考えていると、話し込んでいた人物――赤い服の男性も「ひぇ!」と声を上げる。

 この一瞬だけシャリエトは彼に親近感を抱いた。


(あれ? でもこの人……ひと月前に事務として雇った人か)


 間近で顔を見て思い出したシャリエトは目を瞬かせる。

 たしか入ってきた当時はこんな格好はしていなかったはずだ。

 もっと地味な色を好んでいたように見えたが、いやしかし短い期間しか見ていないのにそう断定するのはおかしいか、とシャリエトは心の中で首を横に振った。

 それでも違和感は残っている。


 悶々と考えている間にナスカテスラは男性を問い詰め――もとい理由を聞き出し、彼が王宮に来て目にしたステラリカに憧れていたこと、どうにかしてお近づきになってもっと色々な話をしたかったことが判明した。

 ついでにあわよくば深い仲になりたかったことも。

 その意図はステラリカには伝わっていなかったらしく「そうだったんですか!」と驚かれている。


「すみません、何度もいらっしゃるんで漠然と体調が悪いのかと思って色々とアドバイスしちゃいましたね……」

「いえいえ! こっちこそ邪魔をしてしま……ハッ! す、すみませんでした!」


 途中でナスカテスラの無言の圧を感じた男性は跳び上がるようにして謝った。

 そのまま業務に戻ろうとする男性をシャリエトが呼び止める。

 訊ねるなら今しかない。


「あの、あなたはなぜそんな格好を? あー……ここへ来た当時はもう少し地味だったなと思って」

「こ、これですか?」


 男性は一刻も早くこの場から離れたそうにしながら、目を泳がせつつ答えた。


「ええと、こういう格好をしてるとステラリカさんの反応が良かったので。何回かに分けてちょっとずつ変えていきました。でももう戻します……!」

「え」

「で、では僕はこれで!」


 男性は脱兎の如く去っていった。

 シャリエトは口を半開きにしたまま彼が消えた方向へと腕を伸ばしたが、それで男性が戻ってくるはずもなく、所在なさげに彷徨わせてから腕を降ろす。

 振り返るとステラリカが耳の端まで赤くして言葉を失っているところだった。


 気まずい。

 否、気まずいどころではない。


 こういう時にどんな言葉をかければいいのかシャリエトにはわからなかった。

 軽く茶化すか、それとも真面目に受け止めて話すか。しかしどちらでも失敗してしまう気がした。

 完全にフリーズしているとナスカテスラが笑いながらステラリカとシャリエトの背中をぽんぽんと叩く。


「いやぁ、ひとまず心配はなくなったようで良かった! ステラ、君が困ってる姿を見かけた人が数人いてね。俺様がレプターラに着くなり相談しに来たんだよ。随分と慕われているじゃないか」

「え、そ、そう……かな?」


 まだギクシャクとしながらステラリカは笑みを浮かべた。

 下心なくステラリカを慕っている者は多い。彼女から学んでいる者、怪我を治してもらった者、なにも言わなくても不調に気づいてもらった者など様々だ。

 そんな彼ら彼女らはナスカテスラにすぐさま相談するほどステラリカを大事に思っていたわけだ。


 先ほどの男性も悪人ではない。犯罪も犯してはいない。

 ただ押しが強く、アピールの仕方がステラリカに合っておらず、そしてナスカテスラのちょっとした威圧で逃亡するくらいには軽い気持ちだっただけだ。

 でもナスカテスラさんは背が高くて目力があるから逃げたくなる気持ちはわかる、というのがシャリエトの感想である。


(まぁ、あの人も他の人と同じく慕ってたことに変わりはないんだよな。……ただ勤務中にやらかした件については後からベンジャミルタ辺りに要報告か)


 シャリエトは少し遠い目をしながら考えた。

 そしてここは自分もなにかフォローを入れるべきではないかとハッとする。


「ま、まあ、ボクもステラリカさんが変なことに巻き込まれたんじゃなくて良かったです。そんなことになったら一大事ですから」

「あはは、王宮にも色んな人が増えてきたんで気をつけなきゃですね」

「そうですよ。えー、その、でもホッとしました、話を聞いててボクが犯人だったのかと焦ったので。膝枕の時とか結構人の多い場所でしたし、……、……!」


 どうにかしてステラリカとの会話を安定させたい。

 そんな気持ちから無理やり話を繋いだシャリエトは自ら先ほどの男性の姿を彷彿とさせる話題に触れただけでなく、特大のうっかりを披露してしまった。


 膝枕の件は、ナスカテスラは知らない。


「……膝枕?」

「……」


 ナスカテスラが問い掛ける。

 疑問符が付いているとはいえ、その単語だけを発するのはやめてほしいとシャリエトは心の底から思った。

 これは完全に成敗される流れではないだろうか。

 ヤブヘビとはまさにこのことだ。シャリエトは不要な情報を解き放った己の口を恨んだ。ステラリカはステラリカで再び赤くなってしまい、シャリエトに助け舟を出すどころではない。


 そこでナスカテスラが肩を揺らして大きく笑った。

 この時だけは昔の声量を思わせる声だった。


「なぁに、どうせ道端で倒れたとかそういうやつだろ? 体調不良なら仕方ないさ、そういう時は俺様でも膝を貸してあげるよ」

「く、首が壊れそうですね」

「回復魔法をかけながら貸せば問題なし!」


 ナスカテスラは快活に、そして当たり前のようにそう言ったが、首を壊しながら治すループに陥るということだ。

 それは天国と地獄のどちらなのか。シャリエトの見解では概ね地獄である。


 シャリエトはナスカテスラが怒っているのかいないのか判断がつかず、高速バタフライでもしているのかと思うほど目を泳がせた。

 そこでナスカテスラが良いことを思いついたとでもいうような笑顔で手を叩く。


「そうだ、約束したオリジナル子守唄! あれに五百五番目も付け足してあげよう」

「断ったのに!? というか五百四番まであったんですか!?」

「あと膝枕もしてあげよう」

「断らせてくれませんか!?」


 ナスカテスラは数を大袈裟に言う癖がある。

 しかし今回ばかりは本当な気がしてシャリエトはだらだらと冷や汗を流した。

 ナスカテスラが本当に労っているだけだとしても、首を傷めるどころかすでに精神にダメージを負っている。


「でも約束は約束だ、守らせてはくれないか?」


 善意の目だ。

 恐らく怒ってはいない。

 現にステラリカも「もう、おじさんったら」とやれやれといった表情で見守っている。ひとまず彼女が通常運行に戻ったのなら僥倖だろう。


 だから。


「あ……えっと……は、はぃ……」


 ――だから結局、シャリエトはナスカテスラに膝枕をされながらオリジナル子守唄を五百五番まで聞ききってから気絶するように眠ったのだった。


 寝心地は意外と良かったそうだが、シャリエトに感想を訊ねるたび首をさすって遠い目をしていたという。









挿絵(By みてみん)

ナスカテスラ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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