【番外編】愛し子の生誕を祝って 後編(伊織&オルバート+ナレッジメカニクスの面々)
作中の時期:第十章以降
出演キャラ:伊織、オルバート、シァシァ、セトラス、シェミリザ、ヘルベール、パトレア
簡単なあらすじ:
洗脳された伊織の提案から家族として振る舞うようになったナレッジメカニクス。
そんな時、オルバートは伊織の誕生日が間近なことに気がつく。
洗脳の安定性を高めるためという理由はあるものの、なぜか祝ってやりたいという気持ちになったオルバートは彼なりに奔走するが……?
次に伊織の前へと出たのはセトラスだった。
あまり小さいとは言えない箱を差し出し、伊織が受け取ったところで中身の説明をし始める。
「これは私特製のボーガンです」
「ボ、ボーガン!?」
「誕生日プレゼントに武器をあげるなんて物騒ね、セトラス」
シェミリザがくすくすと笑いながらそう言ったが、セトラスは意にも介さない様子で「魔法以外にも自衛手段があったほうがいいですからね」と返した。
ただしこのボーガンは初心者向けに威力を抑えたものらしく、聖女一行を相手にする際に使用することは難しいとのことだった。
まずは慣れるための第一歩、ということである。
「組み立て式なので後で教えます」
「わー! ありがとう! ……あっ、セトラス兄さんの刻印もちゃんと入ってる!」
「私の作品ですからね」
セトラスは僅かに声音を和らげて言う。
――『弟』に作品を奪われることはセトラスにとって未だに癒えない傷となっているが、自らプレゼントするという経験は初めてだった。
しかし存外悪くはない。そう感じたものの口には出さず、ポケットから追加でなにかを取り出す。
「あと、これはオマケです。手のひらサイズの合体変形ロボ」
「兄さんからパパみたいなセンスのものが飛び出した!?」
「セトラスがワタシの専売特許を取った!?」
シァシァが作るような巨大ロボではないが、細部まで作り込まれた出来のいいロボだ。しかもスイッチを押すと勝手に変形する上、変形パターンが五つもある。
伊織とシァシァのツッコミにセトラスは視線を逸らしながらわざとらしい咳払いをした。
「まあ……ロボに浪漫は感じませんが、使われている技術には興味があるので……」
「そんな甘い気持ちでロボに手を出すのは頂けないなァ! ホラホラこっち来て、合体変形ロボのイロハを叩き込んであげるヨ!」
「は!? いりませんいりません、だから肩を組むのはやめてください!」
部屋の隅へ連行されながらセトラスは助けを求めるように視線を走らせたが、伊織は「兄さんいいなぁ」という目で見送っていた。助け船はゼロである。
――そんな賑やかな様子の中、未だに黙り込んでいるのはオルバートだった。
古今東西、プレゼントが被るというアクシデントはよくあるものだ。
しかしここにきてオルバートはその可能性をミリも想定していなかった。
表面的にオルバートを知る者なら意外がっただろう。
だが彼をよく知る者なら納得したかもしれない。興味の向いていることや研究などには凄まじい集中力を見せるオルバートだが、その他の部分は意外と抜けていることが多いのだ。
今日もそんなやらかしを起こしたオルバートはパトレアのニンジンケーキをどう切り分けようか悩んでいる伊織に話しかけられないでいる。
(この場にあるものを利用して即席でなにか作るか? いや、会場にするために備品はほとんど運び出したから駄目だ)
ここにあるのはイス、テーブル、飾り、そして他の者が用意したプレゼントだけ。
さすがのオルバートも他人のプレゼントを材料として使用したり、おもむろに飾りを引きちぎって材料にするのは宜しくないと理解している。
しかしここで「部屋に忘れてきたから取りに行くよ」と言うのも苦しい言い訳に思えた。
(それに伊織はみんなに祝われること自体を喜んでいる。僕が離席中も料理を食べずに待っているかもしれない)
部屋に戻っても代用品を思いつかなければそれだけ待たせることになる。
それを避けたいオルバートは思考をフル回転させたが、途中からどんどん視線が足元へと落ちていった。
失敗すまいと思っていた場面で失敗してしまった。いつもなら「そういうこともあるか。次に活かそう」とさっくりと切り替えるが、今回ばかりは上手くいかない。
オルバートはそう押し黙り、失敗の象徴であるワインを隠してあるテーブルクロスを見つめた。
いっそ自分のプレゼントは凝ったものだから後日渡すよと言うべきか。
しかしそれは伊織の誕生日に嘘をつくことになる。
伊織には嘘をごまんとついてきたが、今日は避けたい。洗脳の安定が目的ではあるが、こんなにも喜んでいる伊織を見た後だとオルバートは更に強くそう思った。
(――ああ、いつも待たせてばかりだ)
予定通りにいかなかった後悔が湧き出るのを感じ、オルバートは無意識にそんなことを考える。
一瞬の間を開けて「なにがいつもなんだ?」と目を瞬かせたところで、いつの間にか伊織が至近距離から顔を覗き込んでいることに気がついて肩を跳ねさせた。
「父さん、どうしたの? もしかして準備が大変で疲れた?」
「……いや、そんなことはないよ。それより伊織、楽しめてるかい?」
「うん! 父さんがプレゼントしてくれたパーティー、最高だよ!」
伊織はヘルベールの作った骨付きチキンを片手にニコニコと答える。
そこでオルバートは首を傾げた。『父さんがプレゼントしてくれたパーティー』ということは伊織はこのパーティー自体をオルバートからのプレゼントだと思っているらしい。
だから「父さんからはないの?」などとプレゼントについて訊ねてくることもなかったのだ。しかしそれはオルバートにとって本懐ではない。
「――この子ならガッカリすることもない、か」
「父さん?」
「伊織、僕からもプレゼントがあるんだ。パーティーそのものじゃなくてね。しかし、その」
オルバートはテーブルクロスを持ち上げて内側からワインボトルを取り出した。
ベレリヤで今年作られたもので、シェミリザの用意したものより一回り小さなボトルの中では赤紫色のワインが揺れている。
「シェミリザと被ってしまったんだ。それでもいいかな?」
「被……ってるかな? こっちはワインだよね?」
伊織はアルコール類が被ったという点をまったく問題だとは思っていない様子だった。やはり杞憂だった、とオルバートは頬を掻く。
嬉しげにワインを受け取った伊織は「部屋に飾ったら綺麗そう!」と目を輝かせる。
「あっ、でもワインってちゃんとした場所で保存しなきゃいけないんだっけ」
「そうだね、君が飲めるようになるまで僕が管理しておこう」
「あはは、それなら安心だ! その時は父さんも一緒に飲もうよ!」
息子と一緒に酒を飲む。
それはとても浪漫溢れることのようにオルバートは感じられた。
直後にこの目の前で笑っている子供は自分たちが洗脳し連れてきた他人だということを思い出す。それも本当の母親や大切な仲間から引き離して連れてきたのだ。
しかしオルバートは眉ひとつ動かさず、今や完全に懐に収まった『息子』に微笑みを向ける。
「ああ、もちろん。伊織と飲める日を楽しみにしているよ」
***
パーティーの後片付けが終わり、夕日が射し込む部屋で伊織はイスに座ったまま眠り込んでいた。終始はしゃいでいたため疲れたのだろう。
そう顔を覗き込んでいたオルバートにシァシァが近寄る。
「パーティーは大成功ってトコロかな?」
「そうだね、基準がわからないから成否は判断しづらいけれど」
世間一般の誕生日パーティーがどんなものなのかオルバートは知らない。
今回のパーティーも書物や聞きかじったものを参考にしたため、不備がある可能性があった。
しかし伊織が楽しめたのなら、それはもう大成功と言って差し支えないだろう。
喜ばせることができて良かった。
それがオルバートの正直な感想だ。
そう口にするとシァシァが「こういう時のオルバはちょっと気持ち悪いな」とぶるりと震えてみせる。
「まァ、ワタシも伊織が楽しめたなら良かったと思うヨ。……フフフ、しかしこれは別の季節のイベントとかでもパーティーをできそうだネ」
「シァシァ自身も楽しかったみたいだね」
転生者の故郷にある季節のイベントについての情報も収集したデータベースにいくつか収まっていた。いつかシァシァがそれを掘り起こして実行しそうだな、と思いながらオルバートは眠る伊織をもう一度見る。
幸せそうな寝顔には、寂しげな雰囲気は欠片もない。
しばらく黙っていたオルバートは伊織を起こさないように小さな声で言う。
「……途中から予定通りにはいかなかったけど、僕もずっとやりたかったことをやれた気がするよ」
いつ、誰に、なにをしたかったのか。
そんな具体例はなぜか思い浮かばなかったが、オルバートはずっと待たせていた子供の誕生日をようやく祝えたような気持ちで手を伸ばすと、伊織の頬を一度だけ撫でて笑った。





