【番外編】愛し子の生誕を祝って 中編(伊織&オルバート+ナレッジメカニクスの面々) 【★】
作中の時期:第十章以降
出演キャラ:伊織、オルバート、シァシァ、セトラス、シェミリザ、ヘルベール、パトレア
簡単なあらすじ:
洗脳された伊織の提案から家族として振る舞うようになったナレッジメカニクス。
そんな時、オルバートは伊織の誕生日が間近なことに気がつく。
洗脳の安定性を高めるためという理由はあるものの、なぜか祝ってやりたいという気持ちになったオルバートは彼なりに奔走するが……?
「本当に!? 本当に僕の誕生日パーティー!?」
一瞬でわかるほど目を輝かせた伊織はその場で足踏みをしながら問う。
オルバートは「もちろん」と答えると垂れ幕を指した。
そこには『伊織君、誕生日おめでとう』と書いてある。文字の脇にはデフォルメされた伊織の似顔絵が添えてあった。
「あ! 父さんの字とセトラス兄さんの絵だ!」
「一目で見抜きましたか。……写実的な絵しか描いたことがありませんでしたが、子供向けならもっと丸くしたほうがいいとアドバイスされましてね」
そう言いながらセトラスは少し癪だという表情でシェミリザを見た。
アドバイザーらしいシェミリザは「リボンでデコレーションもしてみたの、可愛くできたでしょう?」と垂れ幕を見上げる。
そこには伊織の瞳の色と同じ金色のリボンがきらきらと輝いていた。
伊織は何度も頷きながら満足げな目をしていたが、オルバートとしてはここで満足してもらっては困る。まだまだ祝いの場に相応しいものが控えているのだ。
急いで準備をしたため互いになにを用意したかはわからないが、きっとそれぞれの特技を活かしたものだろうとオルバートは予想している。
ナレッジメカニクスの幹部たちは性格に難はあれど、技術力はピカイチだ。
きっと伊織を満足させられる、そうオルバートは確信していた。――今のところ。
「まずはワタシからのプレゼントだヨ!」
一番手に名乗りを上げたのはシァシァだった。
シァシァは伊織を可愛がっているため、意地悪なプレゼントはしないだろう。オルバートが静観しつつ見守っていると彼は小さな箱を取り出した。
しかしあまりにも小さい。
手の平にのるだけでなく平たいのだ。
プレゼントに込められた気持ちにサイズは関係ないが、シァシァにしては小ぢんまりとしているなというのがオルバートの感想だった。
なんなら巨大変形ロボそのものをプレゼントしかねないなと予想していたのだからギャップもなかなかのものである。
するとシァシァが細い目を更に細めて言った。
「ワタシが持ってるラボの鍵だ。好きな時に使うといい」
「家の鍵をくれるおじさんみたいだね、シァシァ」
「なにその例え!?」
オルバートの静かなツッコミにシァシァもツッコんだが、伊織は普通に嬉しかったのか「いいのいいの!?」と飛び跳ねて受け取っていた。
ひとまずは合格点だろう。
続けて名乗りを上げたのは意外にもヘルベールだった。
ヘルベールはさほど乗り気ではなく、早く実験の続きをしたいという顔をしていたのに……とオルバートが目をやると、今度は『早く終わらせて実験の続きをするぞ』という顔をしていた。
オルバートが納得している目の前でヘルベールはテーブルにかかっていた布を取り外す。
布の下にはケースの被せられた様々な料理が並んでいた。
どれも均等に切り分けられており、ローストビーフやかつ丼など子供の喜びそうなメニューもある。ケースを外すと美味しそうな香りが一気に立ち込めた。
「あら、ヘルベール。あなたも料理ができたのね」
「妻にばかり任せているわけにはいかないからな。――それに肉を切るのには慣れている」
「食欲が失せる情報が見え隠れしてるわよ」
珍しくシェミリザが両耳を下げたが、料理が美味しそうなのは確かだ。
伊織はうきうきしながら一品一品見て回っている。
「じーちゃん、これこれ! この肉なに!?」
そして興味深げに指をさしたのは謎の緑色をした肉で作った丼だった。香りは良いが見た目が凄まじいことになっている。
ヘルベールはしばらく目を細めた後、無言のまま視線を逸らした。
まさか処分したキメラを再利用したのでは、とオルバートが訊ねようとした時にようやく重い口を開く。
「合成肉だ。バランスの良い栄養価になるよう植物の要素を足したらどうしても色が緑になってしまってな。……もっと時間があれば完璧な出来に持っていけたんだが」
「職人目線から不完全な品を出すのを恥じただけか、処分したキメラを再利用したんじゃなくてよかったよ」
「……」
「その手があったかって顔はやめてもらえるかな」
ひとまず伊織は緑色の合成肉でも物珍しさを気に入ったのか喜んでいるようだ。
それどころか「早く食べたい!」とテンションが上がっている。そこへ更に高いテンションで突っ込んできたのがパトレアだった。
パトレアは奥に鎮座するオレンジ色のケーキをビッビッと何度も指す。
「あちらをご覧ください! 自分が作った特製ニンジンケーキであります!」
「わぁ! パトレアお姉ちゃんの手作――」
「あっ、正確には特製ニンジンの特製ケーキであります!」
「ニンジンの栽培までやってたの!?」
パトレアはいつの間にか敷地の一角を耕してニンジン畑にしていたらしい。
ナレッジメカニクスの中になにを作ってるんですか、とセトラスは半眼だったが、ある程度の食糧を生産できるようにしておくことにはオルバートも賛成である。
オルバートや幹部たちは食に執着はないが、今までも室内で栽培できるシステムは作ってあった。パトレアやシェミリザ、一般の構成員には人並みの栄養が必要だからだ。
そして今は伊織もいる。
子供の成長に栄養は必要不可欠だ。
こうしてパトレアはニンジン栽培の継続を正式にナレッジメカニクスの首魁から認められ、今後も栄養だけでなく味も良いニンジンを作れるように頑張りますと鼻を鳴らしていた。
「さあ、わたしからもなにかあげましょうか」
「姉さんもくれるの?」
「もちろんよ。ふふ、みんなと色々な情報交換をして、その上で熟考して決めたのだけれど……喜んでもらえるかしら?」
そう言ってシェミリザは一抱えもあるボトルを取り出す。
それはシェミリザの体格には大きいというだけで、ヘルベール辺りが持つと日本の一升瓶を少し大きくしたサイズをしており、中には透明な液体が入っていた。
伊織は瓶を覗き込んで目をぱちくりさせる。
「これってもしかして」
「そう、お酒よ。……イオリの肉体はちょっと成長が遅いから、飲むのはもう少し後にしたほうがいいかもしれないけれど、熟成させることで味の変わるものを選んだから丁度いいでしょう?」
「わあ! 凄く良い良い! 飲めるタイミングになったら姉さんも一緒に飲もう!」
それはいいわね、とシェミリザは尖った歯を覗かせて微笑んだ。
一方、妙な汗が流れるのを感じていたのは――オルバートである。
オルバートとシェミリザは同じような考え方をするわけではないが、ナレッジメカニクスの中では一番付き合いが長い。優に四桁という年月を共に過ごしていた。
その影響か、似通った面も確かにある。
(……さあ、どうしたものか……)
要するに――オルバートの贈りたかったワインと、ちょっとどころではない被り方をしていたのだった。
セトラス(絵:縁代まと)
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