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【番外編】愛し子の生誕を祝って 前編(伊織&オルバート+ナレッジメカニクスの面々)【★】

作中の時期:第十章以降

出演キャラ:伊織、オルバート、シァシァ、セトラス、シェミリザ、ヘルベール、パトレア


簡単なあらすじ:

洗脳された伊織の提案から家族として振る舞うようになったナレッジメカニクス。

そんな時、オルバートは伊織の誕生日が間近なことに気がつく。

洗脳の安定性を高めるためという理由はあるものの、なぜか祝ってやりたいという気持ちになったオルバートは彼なりに奔走するが……?


「重要な相談があるんだ」


 そう言ってナレッジメカニクスの首魁、オルバートが幹部たちに招集をかけたのは夏のある日のことだった。

 洗脳した伊織と疑似的な家族になった翌年の夏である。

 一体何事か、もしや聖女マッシヴ様関連かとシァシァたちはオルバートの発言を待っていたが――彼が発したのは予想外の言葉だった。


「伊織の誕生日が近いらしい」


 藤石伊織の誕生日は前世では七月十三日だ。

 オルバートたちが住む世界は暦が異なるためそのまま当てはめることはできないが、こちらに合わせて換算するとそろそろということらしい。

 オルバートから説明を受けて各々納得したり「なぜ今それを?」と疑問を抱く中、緩く首を傾げたのはシァシァだ。


「ちょっと不思議なんだケド、こっちの世界で生まれた日を誕生日にしてないの?」

「多少の誤差はあるが似たような時期に生まれたそうだ。とはいえ伊織は特殊なパターンだったからね、それを差し引きしても前世の誕生日のほうに思い入れがあるらしい」


 伊織は肉体が十四歳になるまで眠り続けていた。

 そのため誕生日などの感覚は前世のほうが強いのだろう。なるほど、と呟いたシァシァは大真面目な顔をした。


「それなら祝ってあげないとネ!」

「ああ、……それに洗脳の安定にも繋がりそうだ」


 まるでついでと言わんばかりに理由を付け足したオルバートを見てシェミリザが目を眇めたが、否定の言葉は口にせず「良案ね、色々と試すのは悪いことじゃないわ」と微笑む。

 その隣でセトラスは腕組みをしていた。


「昨年のその時期だと私は、その、とんでもないことになってましたからね。なので祝うことはやぶさかでもないですよ」

「いや、前回は祝っていないんだ」


 あの頃はいつの間にか加齢していた。

 伊織自身から自己申告がなかったのも大きい。今年はたまたま雑談の際中に話題になり、オルバートの心の中に激震が走ったのである。

 そもそも前回の今頃はこれほど伊織に心を砕いていなかったというのも原因のひとつだが――オルバート本人にそんな自覚はなかった。


 シァシァも伊織と年齢の話になった時のことを思い返す。

 あの時に加齢を知ったのだ。シァシァの基準では伊織は精神年齢も子供だったと確証を得てしまったことに気を取られていたのもあるが、祝い損ねてしまったと焦る気持ちはなかった。

 しかし今はできる限りは祝ってやりたいと考えている。


「オルバ、伊織の話じゃ前世分とこっちで目覚めた後の時間を足すと昨年で十九歳だったらしいヨ。つまり今年は」

「ハタチか」

「そう。その年齢って伊織の前世じゃ特別なものだったんでしょ」


 シァシァの言葉に頷いたオルバートを見て、セトラスも「そういうことなら盛大に祝いましょう」と了解した。

 ヘルベールは無言を突き通しているが反対する気配はない。

 幹部ではないのでこの場にはいないが、パトレアがいたら全力で祝いましょうと飛び跳ねたことだろう。


 こうして伊織の誕生日会が企画されたが――問題は、誰かの誕生日を祝う習慣など何十、何百年も前に捨て去った面子と、我が子の誕生日にしか興味がない者しかいないということだった。


     ***


 適切な祝い方がわからない。

 少しでも年若い者の意見を聞こうとパトレアに話を聞いたものの、彼女は目を輝かせて「自分なら一抱えあるニンジンを頂けたら狂喜乱舞するでありますよ!」というまるで参考にならない情報を口にした。

 パトレアに期待したのが間違いでした、というのがセトラスの感想だ。


 期限は間近。

 研究の計画を立てていると期限に追われることも度々あるが、その時よりも必死になってオルバートたちは考えた。


 現在の伊織の精神年齢は少しばかり幼い。

 ではそんな子供はどんな祝われ方をすれば喜ぶのか。


 結果、それぞれ独自に調べて案を持ち寄り、それらを吟味して採用したものはすべて行なおうということに落ち着いた。

 ――カオスの予感がするが、オルバートが気がつかなかったのはそれだけ無意識に焦っていたからだろう。


 そうして迎えた天気の良いある日のこと。

 ナレッジメカニクスの施設にある広いミーティングルームに呼び出された伊織はきょろきょろと辺りを見回していた。

 電気の落とされた部屋は真っ暗だ。

 いつも設置されている机とイスは取り払われ、そのせいか出入り口のドアから射し込んだ光では奥まで照らしきれていない。

 結果、突き当りに沈み込むような闇が佇む静かな大部屋と化していた。


「父さん? パパ? ……みんなー?」


 部屋は間違っていないよね、と念のため伊織は出入り口横のプレートを確認したが指定された通りだった。ナレッジメカニクスには似た部屋が多いが、大きなミーティングルームは現在いる施設ではここだけだ。

 呼ばれたからにはみんないると思っていたが、部屋の中は真っ暗。

 伊織は呼び掛けながら恐る恐る足を進める。


 すると唐突に光が灯り、その眩しさに思わず目をぎゅっと瞑った。


 続けてパパンッ! と乾いた音が響く。

 まるで銃声のようで伊織は反射的に身を竦めたが、降り注いだのは銃弾ではなく軽く小さなものだった。そうっと目を開けてそれを確認する。


「……細かく切った紙に……リボン? え、これって」

「クラッカーってやつだヨ! 伊織たちはお祝いの時にコレを使うんでしょ?」


 伊織がシァシァの声にハッとして顔を上げると、放ったばかりのクラッカーを持つ面々がいた。彼らの後ろにはテーブルがあり、なにやら色々なものが布をかけて隠してある。

 どういうことかと伊織が目をぱちくりさせていると、オルバートが一歩前に出て伊織の腕を引いて笑みを浮かべた。

 珍しい笑みだが、ここしばらくは伊織の関わることならよく目にするようになった表情だ。そのまま伊織をイス――特等席に座らせてオルバートは言う。


「ハッピーバースデー、伊織。これは……君の誕生日パーティーだよ」


 そう、喜んでもらえるのかという不安と期待を入り混じらせた親のような声音で。






挿絵(By みてみん)

伊織とオルバート(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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