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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第四章

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第108話 ネランゼリの子孫として

 日が沈み、すっかり静かになった通りを見下ろす。


 窓越しに見る道には炎の魔石による小さな明かりがぽつぽつと見えた。

 魔石の採取地が近い場所ではこうして贅沢に魔石を使われることが多いが、通常の田舎の村だと夜中は真っ暗になることが多い。

 今まで経由してきたいくつもの村や街の様子を思い返しながら、ネロは視界の端に映る自身の赤い三つ編みを摘まんだ。


 救世主ネランゼリは黒髪で、この赤い髪はネランゼリの妻からの遺伝だという。


 憧れ、誇りに思ってきた先祖と同じ髪の色なら良かったのにと何度思ったかわからない。

 直系である父親は黒髪だった。

 母親も血縁ではなかったが黒に近いグレーの髪をしていた。赤色よりこちらのほうがよほどネランゼリに近い。


 だというのに、ふたりはすぐ数え終わる程度の金のために先祖の形見をすべて売り払ってしまったのだ。


 ネロが憧れていたものを持っている人間が、ネロの憧れていたものを売り払う。

 それは幼心に凄まじい衝撃を与え、その時からネロは憧れを取り戻し両親に過ちを認めさせるべく鍛錬を重ねてきた。


(もし……生活に困って売ったとか、そういう理由なら許せたかもしれないのにな)


 ネロとしても実の親にこんな感情を抱きたかったわけではない。許せるものなら許したかった。

 しかし両親は言ったのだ。


『古臭い、言い伝えに出てくるようなものを飾ってあるって隣の奥様にバレたのよ。この家にはお似合いねって言われたの。お母さんそれが恥ずかしくて仕方なかったのよ、わかってちょうだい』

『――こんなガラクタを置いておくより、金にした方が余程いい。お前もよく覚えておけ、ネロ』


 ガラクタじゃない。

 じいちゃんやその更に前の家族たちが脈々と受け継いできたものだ。


 その人たちの想いまでバカにされた気がして、ネロはすべて自分が買い戻すと宣言したが両親は笑っていた。子供の言うことは面白いなと。

 ネランゼリには才能があったが、それは今の家系には残っていない。

 ならば自分たちが持っていても仕方のないものだ、過去の栄光に縋るなんてやめろと諭された。――両親は聞き分けのない子供を『諭している』と思っていた。


 しかし来る日も来る日も鍛錬を積むネロを疎ましく思い、ある日酒に酔った勢いで言ったのだ。


『ネロ、ベレリヤの田舎に聖女が現れたと噂に聞いた。なんでもその聖女は救世主らしい。ご先祖様も救世主って呼ばれてたろ?』

『救世主!?』

『お前が『今の』救世主に勝てたら、そっちの言い分を受け入れてやってもいいぞ』


 父親は自分たちの先祖が過去のものだと強く認識させるためにわざわざ今の救世主の話を出したのかもしれない。そして無理難題を押し付けることでネロに諦めさせようとしていた。

 ネロはわかっていたのだ。

 噂をそのまま信じるなら自分が敵うはずがないということも、父親の思惑も。


 しかしこれで決心がついた。


 丁度、すでに各地に散らばってしまったらしい形見をどう集めようか悩んでいたところだ。

 ならその足取りを追いつつ旅の資金を稼ぎ、それを修行代わりにしながら各地を巡り、聖女を見つけたら勝負を申し込み――なんとしてでも勝って、両親に思い知らせてやる、と。


 その日からネロは秘密裏に旅立ちに必要な金を貯め、不本意ながらドジも踏みつつ準備を進め、月が空から姿を消した夜に家を抜け出して旅立った。

 書き置きは残してきたが、両親はそれをどんな顔で見たのだろうか。


 傍目から見ればただの家出。

 魔獣の少ない地域とはいえ、すぐに野犬辺りに怯えて戻ってくると思われていたかもしれない。

 しかしネロには様々な仕事をこなす才能があり、運動センスにも恵まれていた。

 更には運良く良縁にも恵まれ、小物ながら魔獣の討伐にも参加し、そして金を貯めてようやく各地に散らばった形見のひとつ、ダガーを買い戻したのである。


 そうして時は流れ、ついに聖女マッシヴ様を見つけた。

 まだ力不足かもしれないが、挑めるのならこのチャンスを逃すことなどできない。


 ネロの持論としては救世主は聖女だけではなく、志を同じとしている仲間たちもそうだと考えていた。この考え方はネランゼリに倣ったものだ。

 つまり全員に挑む心積もりだった。

 遠目に見た聖女一行の顔を思い返し、伊織の顔を思い浮かべたところでネロは呼吸を一瞬だけ止める。


「……イオリ」


 彼も救世主だったとは、とネロは小さくため息をついた。

 聖女に息子がおり、その息子も救世主と呼ばれている情報は得ていたが、まさかそれがロストーネッドで共に短期の仕事をしていた真面目そうな少年だったとは思っていなかった。思うほうがおかしい。


(聖女は名前にフジイシって付いてたな。イオリもそうなのか?)


 苗字、という概念はあるにはあるが、この国では浸透しておらず縁遠い。

 しかしネランゼリには苗字があったと伝えられている。――が、それは今や失われ、当時もほとんど呼ばれていなかったのか途絶えてしまいネロの耳に入ってくることはなかった。


 ああ、また自分にはないものだ。


 ネロは複雑な気持ちを上塗りしながら冷えたベッドへと戻り、明日に備えて眠ることにした。

 早ければ明日、ということだが静夏たちの都合によってはもう少し先になるだろう。一番手は誰になり、なんの勝負になるのだろうか。

 ネロはどんなものでも受けて立つつもりだった。


(ネランゼリはどんな勝負でも相手に合わせてたって伝わってる。それだけ自信があったし、力も相応のものだったんだ。俺だって……!)


 無謀なのはわかっているが、こうして先祖に倣って勝たないと両親には響かない気がしたのだ。

 少しでも不完全ならそこを突いて反論され、認めてもらえない。

 そんな不安が常に付きまとっている。


 そうして空回りしていることに気がつかないままネロは眠りについた。


     ***


 ――そして翌朝。


「……」


 許可を貰って宿屋の裏手に集まった聖女マッシヴ様一行とネロは互いを見つめながら対峙していた。

 ネロは真剣な顔をしつつ心の中で呟く。


 なんで増えてるんだ?


 ロストーネッドから出ていく際は見送りの人間に隠れて確認しづらかったが、もう少しばかり控えめな人数だった気がする。それが今や七人。

 数え間違いでも、ロストーネッドで新たに仲間になった等の理由でも、なんであれ予想より多いことに変わりはない。

 ネロが考えていることを予想していたのか、伊織がどことなく申し訳なさそうに言った。


「い……挑むの、母さんひとりだけにしますか?」

「――お、俺の標的はあくまで聖女マッシヴ様一行。ふたり増えたくらいがなんだ、全員分やるぞ」


 予想外だったからといって引くわけにはいかない。

 数人増えたくらいで心折れるなら、初めからこんなことを目標には据えていないのだから。


 そう自分に言い聞かせ、どことなく情けない声になりながらネロは言い切った。

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