【番外編】雪合戦の思い出(バルド&オルバート+静夏たち) 【★】
作中の時期:最終回後
出演キャラ:バルド、オルバート、伊織、ミュゲリア、ミカゲ、静夏、ミュゲイラ
簡単なあらすじ:
雪が積もったある日のこと。
バルドたちは外ではしゃぐ家族を見ながら昔した雪合戦のことを思い出していたが……?
ベレリヤは広く、冬場は北部なら必ず雪が降るが他の場所は気候による。
この年はバルドたちが住む地域にも珍しく夜間に大雪が降り、足首まで埋まるほど積もった頃にやんだ。窓の外は一面の銀世界で冷えた空気が漂っている。
そんな中、目覚めるなり雪の存在に気がついた子供は一体どういうことになるか。
「……こういうことになるよなぁ」
バルコニーから庭を見下ろしながらバルドは呟く。
真っ白になった庭では四歳になるミュゲリアが楽しげな声を上げながら走り回っていた。傍らではそんな長女を静夏とミュゲイラが見守っている。
初めはバルドがそこにいたが、屋根のないバルコニーに積もった雪を処理するため交代してもらったのだ。
白い空間を目一杯楽しむ三人を見つめていると不意にオルバートが呟いた。
「なんだか懐かしいね。前の世でも伊織とこうして遊んだことがあった」
「ああ、小さかった頃に珍しく積もった時か」
「そう。……前にね、伊織を洗脳している間にみんなで雪合戦をしたことがあるんだ」
マジで洗脳中に何やってんだよ、とバルドは半眼になったが、その目でどこか遠くを見ながらオルバートは「本当にね」と同意する。
洗脳中の伊織は精神的に不安定だった。
そんな精神を安定させることは洗脳の安定にも繋がるため、伊織がリラックスして楽しめることを試してきた結果である。ほのぼのとした絵面だがその実態は最悪だ。
そう自覚しながらオルバートは手すりに積もった雪を払い落とす。
「その時、なんとなく既視感があってね。今思えば前世で伊織と雪遊びをした時のことをうっすらと覚えていたのかもしれない。大半の記憶は君に行ったから残りカス程度だろうが」
バルドは一度は記憶喪失と共に忘れてしまったが、今は以前のように思い出すことができた。
伊織がまだ幼稚園に入園する前のことだ。
雪に慣れていない伊織は覚束ない足取りで歩いていたが、しばらくすると教えてもいないのに雪を固めて遊び始めた。その時に雪合戦について教えたのである。
幼い伊織との雪合戦はとても可愛らしいものだったが、渾身の一撃が顔面を直撃したことはそれなりにバイオレンスだった。
泥混じりの雪が目と鼻に入って大変だったのだ。
バルドはオルバート個人の記憶は共有していないため、洗脳中の伊織とどのような雪合戦を行なったのかはわからないが――運動神経が悪そうだから同じことになってたかもしれないな、と言うとオルバートが不満げな声を出した。
「そこまで油断はしてないよ」
「どうだか」
「それに今は大人の体だ。運動することに慣れていなくても以前よりは動けるからね、もし同じシチュエーションになっても同じ轍は踏まないさ」
「体のベースはほぼ俺だろ、つまり俺のおかげだな」
一つの体でお互いに無言になる。
ここは雪合戦で勝負をつけたいところだが、ふたりでひとりなので叶うことはない。ヨルシャミに頼めば夢路魔法の世界で実現可能ではあるものの、そんなくだらない頼み事をしに行くわけにはいかなかった。
バルドたちが黙々と雪かきの作業を進めつつ、頭の中で蹴り合っていると後ろから気配がした。
本を片手に持ったミカゲである。
「勉強、終わったからぼくも雪遊びしたいんだけど……いいかな?」
「もちろん。むしろ勉強ほっぽって遊びに出ても良かったんだぞ、昨日も沢山しただろ?」
「あれは趣味の方だから」
これどっちの自分に似たんだろうな、と苦笑しつつバルドはミカゲの手を握って階下へと向かう。
「父さんもバルコニーの雪かきが終わったから皆のところに行こうと思ってたんだ。折角だから雪合戦しよう」
「雪合戦?」
「雪玉を作って投げ合うんだよ。……おいオルバート、二回戦に分けて途中で体の主導権を渡すから、これで勝負を決めようぜ」
歩きながら自分自身に話しかけたバルドは一階に着くとミカゲにぐるぐるとマフラーを巻いた。
オルバートは「いいよ、望むところだ」と了解する。
そんな父たちのやり取りをミカゲはきょとんとしながら見上げていた。
「父さんたち、喧嘩中?」
「いいや、ただハッキリさせなきゃならない勝負があってな」
「そうだよ、ミカゲ。僕らの勝負に巻き込む形になってしまうのが申し訳ないけれど……」
それなら大丈夫だよ、とミカゲは自分で手袋をした後に庭を指さした。
――フォレストエルフの耳はいい。すでに雪合戦の件はミュゲイラの耳に届いていたらしく、ミュゲリアに説明をしていた。
理解したらしいミュゲリアは満面の笑みを浮かべてやる気を出している。
「リアたちも喜んで協力してくれると思うし」
やる気を出しに出したミュゲリアは二メートルほどの雪玉を新たに作った。
ミュゲイラも負けじと倍は大きい雪玉を作っている。
静夏は明らかにそれらと同等の雪を集めていたが、握るとこぶし大になった。
「……」
「……」
三人がどちらのチームに入ったとしても、確実にあのどれかを投げられることが確定している。
身体能力を鑑みたハンデとしてバルド側のチームに一人多く入ったとしても、だ。流れた一筋の汗が冬の空気に触れてあっという間に冷たくなった。
バルドたちに気がついた静夏が逞しい腕を振っている。
スッと一度だけ目を伏せたバルドは笑みを浮かべて手を振り返しながらオルバートに言った。
「なあ、男に二言はないよな」
「……ないとも」
「頑張るか」
「死にはしないから大丈夫さ。……頑張ろうか」
そう死地に赴く男の顔をしている父親をよそに、ミカゲは回避を重視するために黙々とストレッチをしていた。
***
「――で、こんな立派な毛布おばけになったのかぁ……」
積雪の翌日。
静夏たちだけでなく、周辺の雪かきも大変だろうと訪れた伊織が眉をハの字にしながら笑う。目の前のソファでは頭から毛布を被って達磨のようになったバルドがいた。
「し、仕方ないだろ、凄かったんだぞ。ありゃ雪合戦じゃなくて暴れ雪砲台だ」
「あはは、想像はつくけど……とりあえず手土産にミミエット産のコーヒー豆を持ってきたから飲んでよ。こないだ遠征に行った時に買ったんだ」
ミミエットはベレリヤの隣国のひとつにある地域で、小さな国だが年間を通して平均気温を20℃前後に保っている過ごしやすい国だ。コーヒーの木の育成に向いているため、土産物としても人気である。
おお、と喜色の滲んだ声を漏らしたのはオルバートの方だった。
一方バルドの方は現在の舌だと酒の方が嬉しいが、飲めないわけではない。礼を言うと伊織は嬉しそうに笑った。
そこで静夏が豆を受け取ってキッチンへと向かう。
「さっそく淹れてこよう。織人さんはそこで待っていてくれ」
「ありがとう、どんなものか楽しみにしてるよ」
しばらくすると凡そコーヒー豆を挽いているとは思えない音が響いてきたが、漂う香りは心地よいものだった。
――巨大雪玉を全身で受け、埋もれるのを何十回と繰り返しても棄権しなかったのはバルドとオルバートの意思によるものだ。大変ではあったが相応に面白かった。
だからこそ心配をかけないためにそろそろ復活しよう、と頭に被っていた毛布を脱いだところで伊織がもごもごしながら言った。
「こんな時に頼むのは気が引けるんだけどさ、言ってもいい?」
「ん? なんだ?」
「……僕も父さんたちと雪合戦したいなって」
昔やったけどもう一度、と。
バルドとオルバートは目を瞬かせた後、遠慮がちながら期待を込めた息子の顔を見て微笑む。きっと新しく雪合戦の楽しい思い出が増えることだろう。
「いいぞ、やろう!」
そう頷くと伊織は子供のように笑って張り切った。
その後。
張り切った伊織が無限雪玉発生装置になり、バルドたちは再び雪に埋まることになったが――これもまた、雪合戦の楽しい思い出である。
静夏(絵:縁代まと)
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