【番外編】シャリエトの奇妙な旅 後編(シャリエト+レプターラの面々)
作中の時期:ワールドホール閉塞作戦後
出演キャラ:シャリエト、ベンジャミルタ、リオニャ等
簡単なあらすじ:
ベレリヤを徒歩で訪問することになったシャリエト。
ベンジャミルタたちから環境の変化に弱い性質を心配されつつも出発することになり……?
広場はラルガラーシュにいくつか点在しているが、最も広く最も飲食店から近い場所は徒歩で五分ほどの距離にあった。
広いといっても王都セラームルの広場とは比べものにならないが、時には蚤の市や地元の祭りが開かれる場所である。シャリエトは参加したことはないが賑やかな気配はいつも伝わってきていた。
その広場の中央に人だかりができている。
見れば浅黒い肌をした男が広げた風呂敷の上に様々な薬を並べて商売をしていた。
フードを被っているため耳は確認できないが、彼がエルフノワールであれ人間であれ、はたまた別種族であれシャリエトにとっては自分の偽者に違いない。
「あれが……」
「おや、アンタも薬を買いにきたのかい?」
突然真横から声をかけられたシャリエトは飛び跳ねるように驚いた。
真っ白な白髪の老女だ。ふくよかだが裕福で太ったわけではないのが見て取れる。老女はおっとりとした笑みを浮かべると自身の目元をさすった。
「アタシもなんだよ、目が悪くなっちゃってねぇ。よく効く薬があるといいんだけど」
「それは、ええと」
「おっと、急がないと売り切れちゃうね」
老女はシャリエトの返事を待たずに危なっかしい足取りで薬屋に近づいていった。
間近に誰かがいるのはわかるようだが、離れると人か物かわからないのか看板に話しかけようとしたり、他の客を店主だと思って話しかけている。
そんな老女がひとりで出掛けるほど薬を求めているのだ。
シャリエトは口を引き結び、そのままずんずんと薬屋に近づいていった。
「――この薬は?」
「おっ! お目が高いですねお客さん。それは僕が東の国に修行に行っている間に作り方を覚えた傷薬ですよ」
「なるほど。あなたの名前は?」
「シャリエトです。むかーしここで商売をしてたんですが、さすがに覚えてませんかね」
どうやら修行のために店を開けていたという設定らしい。
シャリエトは他の薬にも視線をやる。薬の傍らには簡易的な効能と値段が書かれていたが、先ほどのように質問しないと何の薬かわからないものもあった。
目玉商品というよりもああして質問させて興味を引くためのものなのだろう。広い店内ならともかく、目と鼻の先に店主がいるなら訊ねる者もいるはずだ。
大胆な手段を取りつつも意外と抜け目ないようだ。
しかし完璧なところばかりではない。恐らくシャリエトに成り代わるつもりではなく、一日か二日経てばここから去るつもりなのだろう。そのせいか長期間使う薬の説明などにボロが出ていた。
出ていてもそれがわかる頃にはトンズラしているので気にすることはないと考えているのだろう。
口を引き結んでいたシャリエトは先ほどの老女に「これを半年間させばバッチリですよ」と目薬を進める偽者の手首を掴む。
「どうしました? お会計なら順番に――」
「その薬は半年も保存が効かないでしょう、それに症状を逐一確認しながら出すべきものだ」
おやぁ、と偽者は胡散臭い笑みを浮かべた。
「もしかして同業者です? いやー、これは適切な保存魔法のかかった容器でしてね、特に問題はないんですよ。プロですから症状の変遷も今見ただけで大体わかります」
「いや、まず魔法なんてかかってない。ボクは魔力を見る目はないけれど――それこそプロなので」
魔力そのものではなく、保存魔法のように魔法としてすでに物に付与されたものはわかります、とシャリエトは一歩前に出る。
レプターラの多重契約結界の要を作る際、複雑な魔法を互いに干渉しないように組み合わせる役目は他でもないシャリエトの役目だった。そんじょそこらの魔導師とは一味違う。
そして薬屋としても、魔導師としても何百年と経験を積んできたのだ。それをプロと言わずして何と言おう。
その気迫に押された偽者はそれでも何か言おうとしたが、シャリエトがフードを取ると言葉を失った。褐色肌も長い耳も、黒い髪に光のない緑の両眼もエルフノワールの特徴そのものである。
そして――切り揃えられた黒髪、赤いローブ、黄色いバンダナを見て真っ先に声を漏らしたのはふたりのやり取りを見守っていた老女だった。
「おやまぁ、ほとんど見えないけど……」
「んぐ」
「わかるよ、あの頃のままだ。アンタがシャリエトさんじゃないか!」
顔の作りを確かめるように老女の手に両頬をぱすんっと挟まれたシャリエトは呻く。
そのせいで気迫が消え失せたが、老女の言葉を聞いた周囲の住民が一気にざわめいた。シャリエトの姿を見た複数の人間が「本当だ!」「いつも陰気だったことしか覚えてなかったけどたしかに……」「どこ行ってたんだ?」などと口にしている。
少々余計なセリフも耳に入ったが、シャリエトは咳払いをして偽者に詰め寄った。
「少々理由があって今は王宮で働いてるんです。……あなた、ボクの偽者ですよね? 騙すなら騙すで完璧にやってください」
「あ、えっと」
「薬の出来は良さそうなのに、買われた後のことを考えてないでしょう。……」
そう言った言葉はシャリエト自身にも僅かに耳に痛いものだった。
ラルガラーシュには優秀な薬屋がない。だからこそここで薬屋をすれば受け入れられやすいのではないか、とかつてのシャリエトは考えて根を下ろしたのだ。
それをわかっていながら特に理由の説明もせず店を閉じて去ってしまった。
シャリエトひとりが責任を問われる問題ではないが、不在の間のラルガラーシュのことを考えていなかったのも事実だ。何か解決策があればいいのに、と考えている間に偽者は騙されていたと理解した住民たちに詰め寄られていた。
「すすすすみません! ここに昔いた薬屋の名前を隣町で聞いて、その名前を騙れば薬が売れると思って……!」
「だからって騙していい理由にはならないだろ!」
「金返せ、金!」
返します返しますと何度も頭を下げた偽者のフードが取れる。
シャリエトと似ているのは肌と髪色だけで、フードの下は青い目をした整った顔立ちの美青年だった。ああこりゃ隠してなきゃバレるな、という野次馬の言葉が巡り巡ってシャリエトに突き刺さる。
しかしよく見れば顔や肌に傷の治った跡が散見された。顔が整っていても頼り甲斐のある風貌ではなく、悪く言えばナメられる弱々しさがある。そんな人間が各地を渡り歩いて薬を売るとなれば、不要なトラブルに巻き込まれることも多かったのだろう。
放っておくと被害者に私刑にされそうだ。王都なら裁判システムが根付きつつあるが、地方は未だに裁くのはその土地の住民である。
そう判断したシャリエトは溜息をついて偽者に問い掛けた。
「あなた、名前は?」
「カ、カイヴァーです」
「カイヴァーさん、あなたの身柄は一旦ウチで預かります。嘆願書を書くのでそれを持ってセラームルに行き、まずはルーストのメルカッツェって人に見せてください」
「嘆願書?」
シャリエトは懐から取り出したメモにさらさらと文字を書く。
「そうです。あなたは罪を償う必要がある。その償いをボクの希望通りにしてくださいってお願いですね。ただそれにはなりすまされたボクだけでなく、騙された皆さんの声も必要になりますが」
一筆書き終わったシャリエトは周りに集まった人々を見た。
かつてここに住んでいた時にはひとりひとりの顔をしっかりと見る余裕はなかったが、今なら臆することなく見ることができる。
そして余裕がなかったとしても、昔のシャリエトなりに皆を見ようと努力していたことがわかった。老いてしまいすぐにはわからなかったが、老女は昔よくシャリエトの薬屋に通っていた客だったと思い出せたのだ。
そんな住民たちを見たままシャリエトは問う。
「カイヴァーさんには王都で一定期間修行してもらったのち、ラルガラーシュに薬屋を開いてもらおうと思います」
「ええっ!?」
まず最初に驚いたのはカイヴァー本人だった。
打ち首でも覚悟していたのか、その温度差に目を白黒させている。
「もちろん売上の一部は罰則として徴収します。薬の材料が手に入らなくなるレベルじゃないので安心してください。趣味に使える余裕はないと思いますけどね」
「……そ、そ……」
「期間は五年、余罪があったらもうちょっと延びるかなと。ボクの提案を聞き入れてくれればですが」
「それですっ! そんな都合のいい提案、嘆願書があっても飲んでもらえるとは思えません!」
罰される本人ですらそう思うほどだった。シャリエトは苦笑いすると「その気持ちわかりますよ」と言ってから頬を掻く。
「でもウチの王様、国が良くなるなら何でも試しちゃうバイタリティ溢れる人なんですよ。――ラルガラーシュには薬屋が足りない。カイヴァーさんは薬屋の基盤はできてる。どうですか、皆さん?」
私刑にして貴重な人材を潰すより、罪滅ぼしをさせた方がラルガラーシュにとってもいいのではないか。
そう問うと住民たちはしばらく各々で言葉を交わし合い、満場一致とまではいかないものの理解を示した。それだけ良質な薬屋に飢えているのである。
きっと薬が足りずに苦い思いをすることも多かったのだろう。
そう感じながらシャリエトは書いたメモをパンッと閉じ、カイヴァーに握らせた。
「よし、ではあとは……王都の皆さんに任せましょう!」
***
その後、カイヴァーは見張りの住民二名と共にセラームルへと旅立っていった。
旅費はシャリエト持ちである。ある意味職権乱用で特例を通そうとしているのだから当たり前だ、とシャリエト自身も納得している。
(まあ、今後国として整ってきたらここまで自由にはできないだろうな……)
示談で済ませたような形だが、これからはその示談もちゃんとした手順を踏むことになるだろうというのがシャリエトの見立てだ。
ただし今回のような方法を取れたのも被害が少なかったこと、シャリエト本人も許したこと、カイヴァーの技術が有用だったこと、それがラルガラーシュの現状をどうにかする手段になりえたことが大きい。
なんでもかんでも寛大な対処はしてられないな、と自身に言い聞かせながらシャリエトはラルガラーシュを後にした。
(なんにせよ、ボクにしちゃ得るものがあったんじゃないかな)
今まで事件に巻き込まれては碌でもない目に遭ってきたが、過去絡みの事件をひとりで解決できたことはシャリエトの自信に繋がっていた。
これを土産話にすればベンジャミルタたちも変な心配の仕方をしなくなるはず。
「……」
余計なお世話を焼いた気もしているが、シャリエトにとってはどれだけ忙しくてもやめることができない行動のひとつだ。王の弑逆というとんでもないものを目指すリオニャに協力する選択をした時もそうだった。
きっと、これはもう趣味のようなものなのだろう。
それでも得るものがあったのなら、きっと良い趣味だ。
「……うん、やめられないならぎりぎりまで楽しんじゃうか」
シャリエトは自分の性格と性質の不一致で苦しむことも多かったが、答えのひとつを見つけられた気がした。バルド辺りに知られたら「ワーカホリックだな~」と言われてしまいそうだが、しかし理解も示されそうだった。
さあ、そう決まったからには早く仕事を終わらせて帰ろう。
そう意気揚々と旅路を進んでいたのだが――
その後も波瀾万丈且つ奇妙な旅だった。
道中で人攫いに遭い、未熟な転移魔法で逃げ出したものの巨鳥の巣に落ちてつつき回され、逃げた先で見事に遭難。
親切に助けてくれた人がじつはカタギではなく、便利な下っ端としてコキ使われていたが隙を見て逃亡し命からがら船に乗った。
しかしその船も海賊に襲われ、かと思えば直後に水棲の魔獣の残党に襲われてしまい、ベレリヤに着く頃には浮浪者かと見間違うレベルでボロボロになっていたのだ。
踏んだり蹴ったりの満漢全席である。
得るものはあったが失うものも多かったシャリエトは思う。それはもう強く思う。
ベレリヤに到着した後も色々とあったが、各地で魔獣の残党狩りをしていた伊織に助けられ泣きつくはめになったのは――土産話には含まないでおこう、と。
そして紆余曲折あったものの、カイヴァーはその後シャリエトの希望通りラルガラーシュで薬屋を営むことになった。その頃には客のアフターケアにも気を配れるようになっていたのは王都での教育が効いたのだろう。
しかしそれでも時折現地に赴いて様子を見る必要がありそうだ。
カイヴァーの働きぶりの確認だけでなく、彼に不満を持つ住民が新たな事件を起こさないとも限らないためである。
シャリエトがそんな話をするとベンジャミルタは肩を竦めた。
「仕事増やしちゃって大丈夫なのか、シャリエト」
奇妙な旅は羽を伸ばすことには繋がらなかった。
その後、帰国してからもシャリエトはいつも通り激務に追われている。そこへ仕事が加わった形だ。辛うじて二徹はステラリカが阻止しているが一回ずつの徹夜は頻発している。
またもやベンジャミルタが心配していると感じ取ったシャリエトは「大丈夫だよ」と肩を竦め返すと言う。
「これは趣味なんで」
やめられないならぎりぎりまで楽しんでしまおう。
そう決めたことを守れていると示すように、シャリエトの口元には笑みが浮かんでいた。





