【番外編】それでもわたしの国なので 中編(リオニャ+レプターラの面々)
作中の時期:1027話~1030話の間
出演キャラ:リオニャ、レプターラの面々(名前だけの登場も多め)
簡単なあらすじ:
月に数度、正体を隠しお忍びで外出し羽を伸ばしていたリオニャ。
この日もひとりで街まで繰り出したリオニャですが、とあるトラブルを見かけてしまい…?
治安の悪い区域へ繋がる細い脇道という性質上、この場にリオニャたち以外のひと気はない。
それを確認し、目深に被っていたフードを取ったリオニャの姿に男性たちが何度か瞬きをした。ハーフとはいえ尖った耳と角は人間にはないものだと一目でわかる。
「なんだよ、助けにきたからお前も人間かと思ったら異種族かよ」
「俺たちとお仲間ならわかるだろ、今度はこっちが人間を服従させる番だって」
ただの軽口ではない。彼らはリオニャを仲間として見て説得しようとしている。
レプターラに住む異種族はそのほとんどが人間に酷い目に遭わされてきた。リオニャが王になってからその風潮は鳴りを潜めたが、それ以前から国内にいる異種族は人間に捕まった者も免れた者も今なお苦しみを抱えている。
メルカッツェの『ルースト』に出会い、保護された者ですら日々目立たないよう日陰で生きてきたのだ。
だからこそ人間という種族そのものを恨む。
だからこそ異種族という括りそのものに仲間意識が強い。
そう感じ取ったリオニャは眉を下げた。
「あなた方の気持ちは痛いほどよくわかります。けど……これからは、そんな生き方をしていても辛いままで何も変わりません」
「じゃあ人間に何も復讐せずに暮らせっていうのか?」
「はい」
リオニャは淀みなく言った。
これまでも、これからも仲間に強いていく考え方だ。それを発する張本人がぶれては何にもならないとわかっているかのように。
わずかに移動した太陽により影が動き、いつの間にか脇道の半分に明るい光が射し込んでいた。
その真ん中に立ちながらリオニャは三人の異種族と、一人の人間を見つめる。
「その復讐はいつ終わりますか? 人間をこの世からすべて殺すまで? それとも今まであなたたちを苦しめてきた人間と同じ数だけ殺すまで?」
「……」
「それと同じことを人間からもされたらいつまで経っても終わりません。復讐は悪ではないし、私に止める権利がないものを無理やり止めている形になります。……でもレプターラを復讐の国にしたくないんです」
リオニャは深々と頭を下げた。
「お願いします、復讐をあなたたちの代で止めてください」
「……そんな勝手なお願いなんてクソ食らえだ」
「ええ、気持ちが収まらないのは百も承知です。――そこでですね!」
ぱっと顔を上げたリオニャに男性三人はぎょっとする。
そしてそこで初めて角と耳以外に注目した。おっとりとして見える青い目、濃いグレーの長髪、ローブの隙間から覗くやたらと逞しい腹筋。
新しいレプターラの王の姿は式典などで包み隠さず人々の前に晒されたが、全国民がそれを見たわけではない。男性たちのように人間との共存を望まない国民なら現国王にも不満があり、敢えて目を逸らすことも多かっただろう。
しかし三人の中に反骨精神から「王の顔を見ておいてやろう」とリオニャが王になった頃に式典を見学した者がいた。
これから自分たちを助けてくれる王としてではなく、これから苦汁を舐めることになった時に顔を思い出し恨むために。
長命種は外見があてにならないためその年若さに不安は感じなかったが、のほほんとした顔つきには不信感が募った。そんなことを思い出しながらひとりが「まさか」と口を開いたが、すべて言いきる前にリオニャが手を差し出す。
「私刑ではなく、国の法に任せて頂けませんか」
「国の……法?」
「国は何もしてくれない、というのがレプターラの異種族の総意だったと思います。けれど今は法を整備し、人間も異種族も等しく罰することになりました」
ベレリヤをはじめ、罪人を裁くのはその地域に住む者たちであることが多い。
より多くの人が納得できる形で罰を与えて償わせるわけだ。ララコアのバルタスのように投獄後に専用の施設へ送られることもある。
国そのものに影響を及ぼすレベルの犯罪の場合は王や権力者が判断していた。
転生者には遅れた文明に感じるかもしれないが、ひとつの組織としての警察機関すら無いのだから法整備がされていないのも致し方ないだろう。
なお、代わりに騎士団が警察に近い機能を持っているが王都以外に常駐していることは稀である。ただしそれは騎士団の役目が長い間、魔獣退治に割かれていたからこそ進歩がなかったとも言える。
これからは変わっていくかもしれない。
そう考えたシャリエトが旧知の仲でありこの世界とは異なる社会の仕組みを知っているバルドに相談し、まずは代替組織のある警察機関より先に国で法律を定め国内に罪の基準と罰則の基準を設けることにした。
リオニャはそれを噛み砕いて説明する。
「……あなたたちにも罪があるので無傷とは言えませんが、その環境も考慮し罪を決める場所を作ります。そこへあなたたちが恨む人間を連れ出し、国の法を以て裁く形で終止符を打ちませんか」
「そ、れは……お前が決められるようなことじゃ……」
そう言いかけた男性にリオニャの正体に気づいた仲間が耳打ちし、男性は眉根を寄せた畏れとも恨みとも取れる表情を向けた。
しかしその大半を占めているのは戸惑いである。
リオニャは男性たちに捕まった女性に視線を向けた。
「あと、見たところ彼女はこの国の人間じゃありません」
「なんでそんなことがわかるんだよ」
「装飾品がこの地域のものじゃありませんし、ただのアクセサリーとして出回っているものでもありません。家紋を示すものですよね、それ」
女性の手首にはいくつかのビーズや石を組み合わせたブレスレットが付けられており、一番大きな黄色の石には模様が彫られ白い染料が流し込んである。
自分に向けられた言葉だ、と気がついた女性はこくこくと頷いた。
「わ、わた、私の国の文化です。これでどこの家門か示すのです。レプターラに遠い親戚がいるので、最近の国の変化を聞いて訪ねてきました。……でも小さな国の文化なのによくご存知ですね?」
「旦那さんが色んな国に出向いてたので。それに最近はわたしもしょっちゅう他国に出向く用事があるんで耳に入ってくるんですよ」
リオニャは会談などでレプターラから出ることが増えた。
その先々の文化を学び、自国を育てる参考にしようと率先して様々なことを聞いて回っていたのだ。
女性はその際に見聞きした民族衣装――裾にのみ施された鷲の刺繍と衣服の形状が酷似しており、金色の髪と紫の目もその国に多いものだった。そして極めつけが家紋付きの装飾品だ。
「お名前は何といいますか?」
「マ、マニュラ・ゼペト・セペトキアです」
一度聞いただけで名付けのルールもレプターラとは異なることがよくわかる。
閉口する男性たちに一歩近づきながらリオニャは穏やかな口調で言った。
「マニュラさんはたしかに人間ですが――この国で異種族を傷めつけてきた人間じゃありません」
それは人間という種族を恨み憎むのではなく、その感情は個人に向けるべきだと言っている言葉だった。
異種族の男性たちにとってレプターラの人間すべてが恨みの対象だったが――ついさっきまで手にかけようとしていた女性が他国の人間だと聞き、それぞれ多かれ少なかれ違和感や罪悪感を得て視線を落とす。
他国には他国の文化があるのだ。
その文化の上で人間と異種族が共に生きている場所もある。リオニャが国交を増やしたことで、レプターラ国内にもそんな見聞が広まっていた。
男性たちは「なぜ他国ではそんな暮らしができるのに、自分たちは酷い目に遭って生きてきたんだ」と羨み、妬み、嫉妬したが、そんな『レプターラ以外の国』で異種族と共存し生きてきた人間をこの国の人間と同じように恨めるのかという疑問の種も芽吹いていたのである。
そう思える気持ちがあるなら、とリオニャは再び手を差し伸べ直した。
「任せてください。我が国は共存のために国民全員で手を取り合うことを望みますが――悪心を持ち、犯罪に手を染めた者はヒトである限り平等に裁きますよ」
あなたたち国民を守るために。
言葉にせずとも察せるほど強く籠められた想いに男性たちは戸惑いながら顔を見合わせ、そして下唇を噛みながら何十分も迷う。その間もリオニャは腕を下げることなく待ち続け、そして。
最後には、男性たちはその想いごとリオニャの手を握った。





