【番外編】それでもわたしの国なので 前編(リオニャ+レプターラの面々)
作中の時期:1027話~1030話の間
出演キャラ:リオニャ、レプターラの面々(名前だけの登場も多め)
■簡単なあらすじ:
月に数度、正体を隠しお忍びで外出し羽を伸ばしていたリオニャ。
この日もひとりで街まで繰り出したリオニャですが、とあるトラブルを見かけてしまい……?
リオニャにとってお忍びで街に繰り出すことは月数回の楽しみになっていた。
我が子に生きやすい国を手渡すため、不自由を背負う覚悟を持って生きるリオニャにも息抜きは必要である。
特にレプターラの新たな王になってからは不慣れで煩雑な作業もこなす必要が出てきた。
この作業の大半は王配であるベンジャミルタとミドラがこなし、宰相としてシャリエトも目を剥くほどの仕事をこなしている。しかし世界の穴が閉じられ、未来を見据えながら復興を目指す過程に入ったことで国交が増え、王の仕事は日に日に量を増していた。
しかし根を詰めすぎては体を壊すというもの。
そこでベンジャミルタたちから「月に何度かは羽を伸ばすこと!」と言い含められたのである。
リオニャからすればハーフドラゴニュートの体は丈夫であり、数日徹夜したところで健康被害はない。ない、というのはまさにゼロのことだ。
いつも隙あらば無理をしてヨレヨレのヨロヨロになっているシャリエトのほうが危険に見える。
だが精神は痛みに強いくらいで他の人類とさほど変わらない。
激務で心を壊しては一大事だ。
これに関してはシャリエトが経験者として「一度壊れると回復はしても完治はしませんからね」と口酸っぱく語り、息抜きの後押しをしていた。
――その余暇をリオニャに作るために彼がせっせと働いているのだから気が気でなくなるというものだが、リオニャは後日シャリエトにも定期休暇を与えられるように様々な業務を調整している。
今この国に必要な人材に欠けられるわけにはいかない。
そして旦那の親友を失うわけにはいかない、そんな気持ちからだ。
(でも今週は特に忙しかったなぁ、昨日なんとか片付いて良かった……!)
影の多い裏路地を歩きながらリオニャは大きく伸びをする。
週末に予定していたお出掛けは先延ばしになるかもと覚悟していたのだが、最後の作業がスムーズに終わったため予定を変更せずに済んだのだ。
ただしベンジャミルタもミドラも別の仕事があり、今日はリオニャひとりでの行動となっていた。
(タルハも連れてきたかったけれど、メリーシャ先輩の授業中だったし仕方ないか)
成長して言葉を話すようになってからというもの、タルハは子守り役から教育係に移行したメリーシャに様々なことを教え込まれている。今日は計算問題だ。
なお、メリーシャ本人は計算が苦手であり、以前のルーストにいた頃も両手を使っても間違えるという不得手っぷりを発揮していた。
その姿はリオニャから見ると親近感があったのだが「教える側がこんなんじゃダメだからな!」と改めてメルカッツェに習い、タルハに教えられるほどにまで成長したらしい。
そんな先輩をリオニャは誇らしく思う。
だからこそ邪魔はできない。そこでひとりでの息抜きと相成ったわけだ。
「タルハへのお土産や、夜に聞かせられそうな土産話があればいいなぁ」
リオニャはフードを目深に被って大通りへと足を踏み出す。
レプターラのぎらつく日差しは今日も相変わらずで、道を行き交う人々の間に濃い影を落としていた。
***
お忍びなのだから正体はバレてはいけない。
リオニャもそう理解しており、今までの外出では上手く正体を隠していた。
異種族が暮らしやすくなった国内では様々な種族が出歩くようになり、そこに違和感なく紛れ込めたからだ。
純血のドラゴニュートなら目立っただろうが、ハーフドラゴニュートのリオニャには外見的な種族特徴が小振りな角と尖った耳しか出ておらず翼と尾は無い。
――中身はほぼ純血レベルのドラゴニュートだが、それはぱっと見ではわからないものである。
(うーん、でもなぁ。こういうのを見つけちゃったらさすがに……)
ミドラにもなにか買っていこうと立ち寄った店の脇道。
そこへ連れ込まれる女性を見かけたのはついさっきのことだった。
連れ込まれたのは人間だったが、引っ張り込んだ相手は男性だったことしかわからない。しかしその荒々しい手つきは彼女の知り合いだとは思えないものだ。
レプターラは良い方向へ向かいつつあるが、犯罪がゼロになったわけではない。
メルカッツェたち『ルースト』が警備しているが目も手も限られる。
自国の大きな課題のひとつだと再認識しながらリオニャは脇道に足を踏み入れた。
暗く乾燥した脇道はまだ舗装されておらず、なだらかな坂になりながら南の方角へと続いている。
その向こうに男性三人に羽交い絞めにされて連れて行かれる女性の姿が見えた。
「あっちは……」
大通りよりも治安の悪い区域である。
道を一本間違えただけでそういった区域に繋がってしまう。
リオニャは帰ったら沢山考えなきゃならないことがあるなぁと口を引き結びながら彼らに走り寄った。
もう随分と離れてしまったが、リオニャにかかれば歩幅が何メートルもある『数歩』の距離である。
突如接近したリオニャに男性のひとりが明らかにぎょっとした。
「なんだコイツ、どこから現れた!?」
「普通にあっちから来ました。誘拐や婦女暴行は犯罪ですよ、その人を放してあげてください」
男性たちは警告するリオニャを睨みつける。
そんな彼らの顔や体には様々な傷があり、それぞれ異なる理由で付けられたものだということがわかった。こういった傷をリオニャは何度も見たことがある。
「あなたたちはフォレストエルフにコーストウルフ、そして南ドライアドですか」
レプターラで虐げられてきた者たちだと直感で理解したリオニャは眉を下げる。
捕まっているのは人間。つまりこれは暴行が主目的ではなく、復讐や腹いせが本当の目的である可能性が高い。
すると三人のうちのひとり、白い毛並みのコーストウルフが牙を覗かせた。
「その表情、察しがついてんだろ? ずっと酷い目に遭ってたんだ、こうして少しずつ恨みを晴らすことくらい大目に見ろよ」
そんな彼の手の甲には途中から体毛がなくなり、代わりに剥き出しになった皮膚に焼印が入っていた。
奴隷にされていた異種族の中には主人の意向で奴隷の焼印を入れられた者がいる。
その焼印のデザインは主人により異なり、人権のある存在ではなく所有物であるということを強く示すものだった。
幸いにもメリーシャたちには焼印は入れられていなかったが、入っていようがいまいが碌でもない扱いを受けていたことは傍で彼女らを見てきたリオニャにはわかる。
国の、レプターラの暗部は未だに残っているのだ。
深く深く付けられた傷は消そうと思っても完全には消えはしない。
そう心の中に染み込むような痛みを感じながら――それでも、リオニャは青い瞳で目の前の彼らを見据えた。
手慣れたところを見るに初犯ではない。
彼らは道を違えてしまった。
しかしそんな彼らもまた、リオニャの国に住まう国民なのだ。





