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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
番外編章

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【番外編】絶好のデート日和 後編(ペルシュシュカ&リータ+サルサム)

「こうやってのんびりと街中を歩くと、あぁ平和になったんだなと思うのよ。そしてあの日々よりビックリするような出来事にもなかなか出会えないんだろうなとも思ったわ。なのに……」


 ペルシュシュカはテーブルの上で頬杖をつきながら言う。


 目の前には空になった皿が何枚も積まれていた。

 すべてリータがお菓子屋で注文したものである。

 アクセサリーショップの次に足を運んだお菓子屋はカフェが併設されており、そこで購入したものをすぐに食べられるようになっていた。


 カフェには先ほど入ったところだが、メニューはがらりと異なっている。

 折角だから少しだけ摘まんでいきましょうか、となったのだが――気がつけば凄まじいことになっていたのだ。リータは長い耳を下げて照れ笑いを浮かべる。


「お土産にどれを買おう、って味見をしてたら熱中しちゃいました……」

「それにしても凄いわ、さっきあんな大きいパンケーキも食べたのに。食いしん坊とは聞いてたけどここまでだったかしら?」

「いつもはセーブしてましたからね」


 初めて菜食中心の里から出た時、様々な美味しいものがあると知ったリータはついつい我を忘れて好きなものを好きなだけ食べてしまうことがあった。

 初めて伊織たちと出会った頃に見送りの宴でしこたま食べてしまい気分が悪くなったこともある。

 あの時、伊織は一般的な食べすぎだと思っていただろうが、リータはテーブルの品を一通り摘まんでいたのは今なお秘密だ。


 リータはこほんと咳払いをしつつ「でもお土産にぴったりなお菓子が決まりました」とメモ用紙を見せる。

 食べながら家族の好みを考慮してリストアップしたものだ。


 ――ペルシュシュカはデート中くらい個人として楽しめばいいのに、と初めは思っていたが、リータは個人で楽しみながらも家族のことをしっかりと考えている。

 羽の伸ばし方が上手いわね、というのが今のペルシュシュカの感想だ。


「……ふふ、アナタを見てると家族を持つのもいいかもって思えるわね」

「え! もしかしてペルシュシュカさんもいい人が――」

「そういうのはいないわよ、お気に入りは多いけど恋愛するのはまた別の話だもの」


 ただ、子供がいたら余生を苦労しながら楽しめそうだとペルシュシュカは笑う。


 ペルシュシュカは同族のシァシァのように子供を持ったことはない。

 情愛を向けた相手はいたが死んで随分と経つ。

 そんな経験を積んだ末に恋愛を経て家族を持つことに消極的になっていたが、リータとサルサムたちを見ているとその考えが揺らいだ。


(けれど……サルサムは人間。多分長くても残り五十年かそこらで死ぬわ。その時は先輩としてアドバイスしたげなきゃね)


 長命種は短命種を見送ることのほうが多い。

 リータはペルシュシュカより桁が異なるほど年下だが、これから数多の別れが待っているだろう。その中にはサルサムも含まれる。

 そして人間がベースのハーフなら我が子も見送ることになるというのが短命種と家族になった長命種の運命だ。もちろん長命種側が病気や怪我をしなければ、という条件があるが見送る確率は高い。


 リータも覚悟の上でサルサムと家族になった。

 しかし、もしし抱えきれない気持ちが出来たなら、その厄介なものの散らし方を教えてあげよう。

 そう考えていたペルシュシュカは自分が存外なにかを教える行為に前向きなことに気がついた。


「そうねぇ、アタシの占術魔法は血筋に由来したものだけれど、占い全般の知識はあるから才能がある子がいたら弟子に取るのもいいかもしれないわね」

「わ、いいですね! 師弟の絆は家族も同然ですよ、きっと!」

「ふふふ、そして男の子だったら立派な女装使いに育ててみせるわ」

「女装使いってなんですか!?」


 詳しく聞きたい?

 ――と真剣な顔で問うペルシュシュカにリータは真顔で首を横に振った。

 なにはともあれとペルシュシュカは座り直す。


「リータもサルサムもアタシにこう思わせたんだから大したものよ。これからも末永く見守らせなさいよね」

「ふふ、そんな風にお願いされたのなんて初めてですよ。サルサムさんには長生きしてもらわなきゃいけませんね!」


 やる気を見せたリータは健康チェックのために日記をつけようかと思案し始めた。

 それはもはやサルサム観察日記なのではないかとペルシュシュカは思ったものの、これはこれで面白いので口には出さずに微笑む。

 こういう見守り方も醍醐味のひとつである。


「あっ、そうだ。お土産に健康に良いものを買ってもいいかも。お菓子も一応買ってあるけど、サルサムさんはそんなに食べないので」

「そうね、じゃあこの後に行く店はそういうものを扱ってる店にする?」

「はい! でも健康グッズを扱ってるお店ってどこかありましたっけ……?」


 そう首を傾げるリータにペルシュシュカはにやりと笑ってみせた。


「健康に良いものはね、なにも既製品だけじゃないのよ」


     ***


 サルサムはリータと結婚後、自身の故郷であるベレリヤのラストラに家を建てた。


 魔獣の残党狩りに各地へ足を運ぶことがあり、移動は転移魔石であっという間だが退治に時間を要した場合は泊りがけになることも多いため、拠点にしている家は数軒あるが『家族と過ごす家』はここのみだ。

 そんな我が家のリビングで仕事用のナイフを研ぎながらサルサムは様々な思考を巡らせていた。


(迎えに行く時間まではまだあるか……。ベレリヤもそれなりに様変わりしてるが、あいつはリータさんを一体どれだけ連れ回してるんだ?)


 毎日育児に奔走している様子を知っているサルサムはリータが羽を伸ばせているか気になって仕方がない。

 ペルシュシュカはリータをおかしなところへ連れ出したりはしないだろう。

 そういった信頼はあるものの「女装が絡むとおかしくなる奴だ」と認識しているサルサムは気が気でない。


 まさか女装カフェに足を運んだりはしていないだろうな。

 と、ついついそんなことを思ってしまう。ベレリヤにそんなニッチな店があるのかどうかはさておき。


 そんなことを考えていると隣室から大泣きする赤ん坊の声が聞こえてきた。

 ぐずる過程を挟まず一秒でフルスロットルの大泣きである。

 その声に反応してサルサムの向かいのソファですやすやと昼寝をしていた長男のリーフがガバッと立ち上がった。


「ナズないてる!」

「泣いてるな。一緒に見に行くか」


 うん、と頷いたリーフはいそいそとソファから降りてサルサムに駆け寄った。

 手入れ中のナイフをしまったサルサムはリーフを連れて隣室に向かう。


 リーフはまだ二歳半であり、言葉をはっきりと話し始めた頃だ。

 それでもお兄ちゃんとして妹の世話に同伴したがった。手伝いはできないが見ているだけで満足なようだ。


 リーフ、そして次子のナズの世話をサルサムは今日一日つきっきりで見ている。

 そんな状況でナイフの手入れなど危ないと王都の人間なら言ったかもしれないが、仕事に使うものということは命に関わるもののため手は抜けない。


 それになにより他の誰でもないサルサムが扱っているのだから、むしろ彼の手にある限り安全である。

 そのためリータも禁止はしていなかった。

 ――さすがに当たり前のように毒薬の作り方を教えようとした際は「まだ早いです!」と止めたが、きっとリーフがそれを学ぶのもそう遠くない未来のことだろう。


 大泣きしているナズに近づいたサルサムは原因をひとつずつ確認していく。

 おむつは汚れていない。ミルクは三十分前にあげた。

 怪我や発疹もなく、切った爪などが刺さっていることもない。


 なんでだろう、と不思議そうにしているリーフにサルサムは微笑む。


「原因不明か、もしくは眠いのかもな」

「ねむい?」

「赤ん坊は眠くて泣くことがある。お前もそうだったし、ルキウスの時も凄まじかったぞ」


 ルキウスはサルサムの二番目の弟である。

 リーフの泣きっぷりはそんなルキウスの小さい頃を彷彿とさせるもので、その点はナズもなかなかのものだった。


 サルサムはナズをあやしながら部屋の中を歩き回る。

 だっこの仕方は幼少期から弟妹の世話をしていたこともあり完璧だったが、やはりナズは泣き止まない。

 しかし焦ることなくあやし続けているとようやく寝息を立て始めた。


 ナイフの手入れはほぼ終わっている。

 しばらくこのまま抱いておくか、と考えたところで家の時計を見るとあと三十分ほどで約束の時間だった。丁度いいタイミングになるだろう。

 この時計はセトラスが作ったもので、時間を細かく分けたスケジュール管理をすることが多いサルサムは重宝している。そしてその正確性もよくわかっていた。


 転移魔石を使うとはいえ二歳半の子供と赤ん坊を家に残していくのは気掛かりなため、その間の世話は隣家に住むベビーシッターに任せることになっている。朝にリータたちを見送った際も世話になった。

 三十分の間に呼びに行くか、とリーフを連れて外へと出る。

 魔石灯の輝く路地はそれでも薄暗かったが、王都はここよりも大分明るいだろう。


 リータを心配に思うことはあるが、いつもの忙しさを忘れて楽しんでいるといいなと感じながらサルサムは夜道を歩き始めた。

 なお、夜道の危険に関しては――これもサルサムが一緒なのだから、むしろ誰もいない室内よりも安全というものである。


     ***


 そうしてリータとペルシュシュカを迎えに王都へと向かったサルサムは、ペルシュシュカの手も借りるほど大量のお土産を持ったリータに目を瞬かせることになった。


 大小どころか箱から紙袋まで様々だ。

 こんなにも大荷物になるなら途中で受け取りに行く時間を設けてもよかったかもしれない。サルサムはそんなことを考えたが、普段から体力に自信のあるリータはまったく疲れていない様子だった。

 代わりにペルシュシュカは腰が曲がるほどぐったりとしている。


「こんなに筋肉を酷使したのは久しぶりだわ」

「すみません、ペルシュシュカさん。色々と選んでたらこんなことになっちゃって……」

「まぁ楽しめたのならいいのよ。あとはサルサムが持ってくれるだろうし」


 ペルシュシュカはリータに笑みを向けると持っていた荷物をそのままサルサムに向かってひょいとパスした。

 比較的重いものを優先して持っていたということがわかり、サルサムは閉口しつつも文句は言わずにバランスを取る。


「サルサムさん、リーフとナズは……」

「ああ、大丈夫だ。今はベビーシッターが見てくれてる。……楽しめたか?」

「はい、とっても!」


 リータに息抜きを勧めたのはサルサムだ。

 良い結果になったなら良かった、とサルサムがホッとしているとリータが「あっ、そうだ」とサルサムの持つ紙袋を指した。


「それ、サルサムさんへのお土産のひとつなんです」

「俺の?」

「えっとですね、ちょっと変わったお土産になったんですが……普段なかなか手に入らない薬の材料なんですよ」


 サルサムは指先で紙袋の口を引っ張って中を覗く。

 そこには稀少な薬草や薬効のある天然鉱物、動物由来の材料などがぎっしりと詰まっていた。ペルシュシュカがふふんと笑う。


「健康を祈願してのお土産よ。調薬する手間はあるけど、アナタならそれほど時間はかからないでしょ?」


 健康祈願。

 長命種の間でどのような会話の流れになったのかサルサムはすぐに想像ができた。

 進んで不摂生をしているつもりはないが体を労わっている自覚もないため、サルサムは「なるほど」と納得するとリータを見る。


「ありがとう、リータさん。質のいいものが作れそうだ」

「良かった……! あっ、それとは別にお菓子も買ってあるんで、明日一緒に食べましょうね! とっても美味しいんですよ、お店でおかわりもしちゃいました!」

「……」


 見れば他の紙袋にはお菓子屋のロゴマークがスタンプされていた。

 その紙袋は見間違いでなければ四袋ある。


 サルサムがそんなに食べるとリータが想定しているはずがない。

 大量のお菓子をリーフとシェアする彼女の姿を思い浮かべ、サルサムは「リータさんたちの分の薬も作ろう」と深く頷き、リータは「ええ!?」と仰天した。

 今はきっと、妻子の健康祈願も必要である。


 なにはともあれ嬉しげに土産を持ったサルサムにペルシュシュカが笑いかけた。


「この子、デート中もアナタたちのことばかり考えてたわよ。前も似たようなことがあったけれど、その時よりストレートな好意をありありと見せられた気分はどう?」

「悪くはない」

「あら! 面白くないわねぇ、もっと挙動不審になると思ったのに」


 さすがに慣れてきたからな、とサルサムが涼しい顔をしながら荷物を持ち直すと、その拍子に紙袋の紐が片方だけ肩から外れて中身が見えた。

 先ほどの薬の材料やお菓子の入ったものとは別の袋だ。


 軽さと感触からサルサムはそこには服飾類が入っていると考えていた。

 それは大正解だったが――その一番上にのっていたのは、少々どころか大分きわどい服や下着だった。


 目が点になり固まったサルサムの顔を見てすべてを察したリータが真っ赤になる。


「いやそのっ、そのですねっ! ペルシュシュカさんにお勧めされちゃって、店員さんもノリノリで、つい買っちゃったといいますか!」

「うふふ、リータも乗り気だったじゃない?」

「ペルシュシュカさんっ!」


 リータは両耳をバタバタさせながら「サルサムさん、気にしないでくださいね!」と念押しするように言った。目が必死である。

 しかし押し黙っていたサルサムはいつもより多めにぱちくりと瞬きを繰り返した後、戸惑いながら口を開いた。


「あ、ああ、そうだな、これも明日にしよう」

「サルサムさん!?」

「衝撃に混乱したこの子も良いわ~……」


 これだからこのふたりは面白いのよね、と。

 リータとのデートによる収穫の多さを感じながら、ペルシュシュカは椿の香る髪を揺らして楽しげに笑った。

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