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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
番外編章

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【番外編】憑依ランデヴー(伊織&ニルヴァーレ&ヨルシャミ)

作中の時期:309話から最適化訓練が終わるまでのどこか

出演キャラ:伊織、ニルヴァーレ、ヨルシャミ


簡単なあらすじ:

騎士団の最適化訓練の傍ら、伊織は伊織で憑依時間を延ばす訓練のためにニルヴァーレに憑依されたまま舞台鑑賞に行くことになりますが…?




 ニルヴァーレが伊織に憑依すること自体が『憑依時間を延ばす訓練』になる。

 そんなこんなで憑依を繰り返してはベレリヤ騎士団を鍛えていたが、夢路魔法の世界にいた際「ここで少しは息抜きを兼ねた訓練が必要だろう」とニルヴァーレから提案があった。


「ひ、憑依したまま舞台鑑賞ですか?」

「ああ。目の前のものに纏まった時間集中する上、ストーリーを理解したりキャラクターの感情を想像したりと戦闘訓練とはまた違った頭の使い方をするからね」

「たしかにそれをしながら憑依状態を保つのは訓練になりそうですけど……」


 あとは何より楽しみながらできる、とニルヴァーレはウインクする。

 憑依という行為はニルヴァーレの魂を火口のへりに立たせるようなものであり、そんな状態で楽しむのは如何なものかと伊織は思ったが、ニルヴァーレ本人は相変わらずちっとも気にしていないようだった。

 思案顔になった伊織の隣でヨルシャミが「いいのではないか?」と腕組みをする。


「しかし教える側まで極限状態では見落としてしまうこともあるだろう。どれ、私も同行して――」

「ヨルシャミはお留守番だよ、お留守番!」

「なぬ!?」

「教官が二人揃って抜けるわけにはいかないだろう? なぁに、今回は僕らでデートと洒落込むが、ヨルシャミが別の日に出掛ける際は穴を埋めてあげるよ」


 つまりヨルシャミは伊織と出掛けられないということである。

 しかし自由に出入りできないニルヴァーレと異なり、ヨルシャミは他の機会でも伊織とデートが可能だ。

 ニルヴァーレ本人は敢えてそれを持ち出さなかったが、ヨルシャミは考慮する項目として記憶していたのか、散々唸った末に「し、仕方ないな……今回だけだぞ!」と念を押しながら頷いた。

 伊織は苦笑しながら頬を掻く。


「えーと、僕の意見は……」

「イオリは断らないだろう?」

「確定事項扱いされてる!!」


 だが断らないのは事実である。

 思い詰めることの多い伊織は自分の身を以て息抜きの大切さを知っていた。

 しかも今回は多数の他人にものを教えている真っ最中。伊織たちのうっかりミスで怪我をするのは他者である。

 それを鑑みて伊織は「まあ断りはしませんけど」と笑った。


「ヨルシャミ、僕らも今度タイミングを見計らってどこかに出掛けよう」

「ん、む……まぁそういうことなら良いだろう。とりあえずニルヴァーレが暴走せぬよう、よーくよーく見張っておくのだぞ?」


 何度も念押ししながらそう言うヨルシャミに伊織は力強く頷いたが――実際にニルヴァーレが暴走した際にどれほどブレーキをかけられるかは、今の伊織には未知数だった。


     ***


「いやぁ、しかし娯楽を外から仕入れられるのは良いね。じつに良い」

「仕入れる?」


 伊織に憑依したニルヴァーレは会場へと向かいながらうきうきしていた。

 同行者はいないため、二人での会話はすべて頭の中で行なっている。遠慮なく話せていいなと思いながら伊織が問うとニルヴァーレは頷いた。


「夢路魔法の世界で再現できるものは僕、ヨルシャミ、イオリが見たことのあるものだけだ。僕の記憶からだと既視感があるものばかりだし、ヨルシャミはあまり娯楽性のあるものを見たことがないようでバリエーションがないんだよ」

「ああ、そういう……」

「イオリの見たことがある映画や漫画や小説なんかは一通り楽しんだけど、そのせいで退屈でね」


 だから未知のエンターテインメントを楽しめるのが嬉しい、とニルヴァーレは笑う。

 ただの物体なら記憶の端に引っ掛かる程度でも丸々再現できるが、物語性のあるものはなかなか上手くいかないのだ。

 伊織が最初から最後まで目を通したものに限ると数は――少なくはないが多くもない。


「夢路魔法の世界で待ってるのも暇なんですよね?」

「ああ。寝ててもいいけど勿体ないし、体感時間を早めるのは外の音を聞いている場合は精度が落ちるからさ」

「……なら今日はいっぱい楽しみましょうか! あと僕もたまに本を読みますね、ならあっちで再現できますし!」


 そうやる気を見せる伊織にニルヴァーレは「この状態だとハグして褒められないのが惜しいな!」と笑った。


     ***


 ラキノヴァで上映されていた舞台は、とある亡国の姫が巧みに二本の剣を操って仇を取る冒険活劇だった。


 要所要所に演出として魔法が使われており、凄まじい迫力に伊織は何度か目を瞑りそうになる。主人公が舞台を飛び回れば風が客席を吹き抜け、敵が炎を使えば火が宙を舐めながら頭上を通り過ぎていくのだ。

 実際には肉体の主導権はニルヴァーレにあるため、目を閉じたくても閉じられず、その影響で更にそわそわしてしまう。


 しかし魔導師が関わっている舞台はこれが普通らしく、客たちはパニックになることもなく心から楽しんでいた。

 驚いていた伊織も徐々に慣れ、物語にハラハラしたり心の中で応援したりしながら手に汗握る。

 そして主人公が仇を取り、晴れやかな気持ちでハッピーエンドを迎えた。


 閉じていく幕に向かって繰り返される拍手の音を聞きながら伊織はニルヴァーレに話しかける。


「す、凄かったですね、こんなに立体的な劇だとは思ってなかったですよ! ドキドキハラハラして、僕もこういう話を書いてみたいなって思いました……!」

「そういえばイオリはこちらで舞台を見るのは初めてか。小さな子供みたいに応援してたね!」

「前世でも舞台は縁がなかっ……あれ!? 聞こえてました!?」


 つまり、ニルヴァーレに伝わってしまうほど強く念じていたということだ。

 じわじわと羞恥心が湧いてきた伊織とは反対に、ニルヴァーレは「イオリも楽しめてるってよくわかったから、僕としてはありがたかったよ!」と愉快げな声を出す。

 伊織はしばらくじたばたしていたものの、観客が帰り始めたのを確認すると勢いよく言った。


「よ、よし、それじゃあ帰りましょっか!」

「ん? ちょっと待ってくれ。まだやるべきことがあるだろう?」


 舞台は見た。

 憑依が可能な時間も少し長くなった気がする。

 他にまだ何かあっただろうか、と伊織が考えを巡らせていると、ニルヴァーレは席から立ち上がってホールから出た。そのまま廊下を直進する。

 その先にあったのは――


「ヨルシャミにお土産を買わないとね!」


 ――舞台公式の土産物屋だった。


     ***


「……で、何なのだこれは?」

「舞台俳優の顔を描いたマカロンさ!」


 ただのマカロンではない。

 丸い形状ではなくご丁寧に人間の頭の形になっているのである。

 描かれた顔もリアルで、まるで小さな生首のようだ。それを摘まんで色んな角度から見ながらヨルシャミは目を細める。


「ま、まあ、ありがたく頂こう。異様なほど食べづらいがな……!」

「試食させてもらったけど耳から齧るのがお勧めだ。突出してるせいか他の部分と少し食感が異なるんだよ」

「勢いに任せて一口で食べれない情報であるな!」


 ヨルシャミの様子にニルヴァーレは面白そうに笑っていたが、はっとすると「それじゃあ僕はそろそろお暇するよ」手を振った。


「ちょっとやるべきことがあってね、ヨルシャミも名残惜しいだろうが我慢してくれ」

「私の辞書から一時的に名残惜しいという項目を消そう」


 ヨルシャミの声音は真剣そのものである。

 しかしニルヴァーレは特に気にすることなく伊織にバトンタッチし、そのまま夢路魔法の世界へと帰っていった。己の体に戻った伊織は軽くたたらを踏みつつヨルシャミに「ただいま」と笑いかける。


「ニルヴァーレさん、大分急いでたなぁ。やっぱり憑依で大分ダメージがあったんじゃ……」

「私の目で見た感じはまだ少し余裕があったぞ。……イオリは何も聞いてないのか?」


 伊織には先ほど口にしたもの以外にニルヴァーレが急いで戻った理由について心当たりはない。

 そう気にすることではないのかもしれないが、ヨルシャミの目で魂を見てもわからない部分に負荷がかかっていたのではないかと伊織は嫌な予感がした。

 そんな伊織とは別種の『嫌な予感』を感じたヨルシャミが小さく唸る。


「あやつは思いつきで行動するところがある故な、こちらに影響の出ることではないといいが……まあ悩むだけ無駄か。とりあえずイオリよ、今日はお前も楽しめたか?」

「うん、もちろん! すごく楽しい舞台だったんだ、他の話も見たいくらい! ……同じ舞台は無理かもしれないけど、ヨルシャミも今度一緒に行こう」

「ふは、落ち着いたらな」


 これは初めにした約束とは別口で頼むぞ、と笑いながらヨルシャミはマカロンの耳を齧った。


     ***


 数日後、夢路魔法の世界にて。


 再現した記憶に手を加え、煌びやかに飾りつけられた舞台の上で繰り広げられる大スペクタクルな物語とド派手な演出に伊織とヨルシャミは口を半開きにしていた。

 ただし物語は完全にオリジナルで、主人公もニルヴァーレである。

 なんなら敵やモブもニルヴァーレである。

 何を見せられているのだ、とヨルシャミの表情がありありと語っていた。


 ニルヴァーレのニルヴァーレによるとんでもない舞台を見せつけられた後、幕が閉じて客席にやってきたニルヴァーレは「どうだい、良い感じに出来ただろ!」と眩しい笑顔を覗かせる。

 大舞台をやりきった顔だ。

 対してヨルシャミはリアクションに困った顔で問う。


「な、なんだ今のは? 地獄か?」

「イオリが自分でも書いてみたいって言ってたのに着想を得てね、エンターテインメントに飢えてるなら自分で生み出してみようってことで作ってみたんだ! 題して『ニルヴァーレファンタジー3』!!」

「1と2は!?」


 もっともな疑問である。

 肺から無理やり空気を押し出したかのような伊織のツッコミにニルヴァーレは待ってましたと言わんばかりに答えた。


「あるよ! けど時系列は3が最初なんだ!」

「何かに影響受けましたね!?」

「ちなみにこのためにペンネームも考えてみた。シナリオを書いたのは……鬼才! 藤石ニルヴァーレだ!」

「もう少し捻りましょうよ……!」


 勝手に苗字を使われた伊織は口をぱくぱくさせつつも辛うじてそう言ったが、ニルヴァーレは撤回する気はないらしい。

 そんなこんなで藤石ニルヴァーレによるニルヴァーレファンタジーは引き続き1と2を上映し、伊織とヨルシャミは心底ぐったりとしたが――やっと終わったと思ったのも束の間、アンコール上映が数度繰り返され通常の夢にも出てくる始末だったという。


 その後、ナンバリングが順調に増えて15や16が上映されることになるが、それはまだ少し先のことである。

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