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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第四章

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第107話 ネロが勝負をしかけてきた!

 勝負、と一言に言っても様々である。

 あまりにも突然の出来事により判断に困った伊織はオロオロしそうになる自分を宥めながらネロに問い掛けた。

 まずはしっかりとした確認が必要な状況だ。


「しょ……勝負って一体なにをするんです?」

「なんでもいい。とにかく今の救世主よりも俺のほうが優れてるって証明できればいいんだ」

「――もしかして、親御さんになにか言われたんですか」


 真剣な表情を崩して目を見開いたネロはダガーの切っ先を揺らす。


 伊織はその柄を固く握る手にゆっくりと自分の手を添えた。

 理由があっての行動なら、極端な行動に走る前に話し合いをして穏便な落としどころを見つけたほうがいいと考えたのだ。


「優れてる証明は他のことでもできますよ。ネロさんは僕より凄くしっかりしてるし、色んなことをできるんですから」

「……そ、んなことを言っても、俺にはこれしかないんだよ」


 だから勝負をしろ、と言葉を重ねながらネロは眉根を寄せた。ブルーバレルで失敗をした時よりも随分と切羽詰まった様子だ。

 どうやったら諦めてくれるのだろうか。

 伊織は気を配りながら必死に考えを巡らせる。


 同時に、ネロがここまで思い詰めるほどのことを他でもない親から言われたのだと思うと気の毒だった。


 ひとりで旅立ち、聖女マッシヴ様を探して勝負を挑むという行動を本当に起こせてしまうほどの理由だ。

 しかも故郷を出たのは今よりも年若い頃だろう。


 決意の強さ、そして妥協への忌避感は裏を返せばネロがそれだけ血を分けた人間から心を傷つけられたとも取れる。

 更には先祖を大切にしていることから、この『血を分けた人間から』という点も大きな原因になっているのだろう。

 なぜ同じ誇りある血筋だというのに先祖を裏切るようなことをしたのか、と。


 傷つき、拗らせた意固地な感情をどうすれば解きほぐせるのか。

 伊織は短い間とはいえ慕っていたネロの感情に寄り添おうとしたが、その方法がわからない。

 その時、背中に気配を感じて振り返ると視線の先に静夏が立っていた。


「母さん!」

「……! 聖女マッシヴ様……!」


 間近で見る静夏は遠目に見るより大きく、一種のカリスマ的オーラがある。

 それに気圧されたネロは一瞬固まった。

 その間に静夏はダガーの柄にかかった伊織の手に己の手も重ね、ダガーごとそっと下ろさせる。


「伊織、この子の勝負を受けよう」

「……っえ!?」


 てっきり止めるものだと思っていた伊織は思わず驚きの声を漏らした。

 それはネロも同様で、一度や二度断られても食い下がってやると思っていた決意が肩透かしを食らってしまい、自分から言い出したとこだというのに信じられないという顔をしていた。

 しかしすぐに気を取り直して言う。


「よ、よし! じゃあ勝負の方法はそっちに任せてやる! どんな条件でも勝ってこそだからな。あと開始する時間だが、この後すぐにでも――」

「いや、我々はここへ着いたばかりだ。せめて明日にしてはもらえないだろうか」

「え、あ、そうなのか?」


 勢いを削がれたネロは口をもごもごとさせつつダガーをホルダーにしまう。

 静夏は更に申し訳なさそうに言った。


「……それと、伊織は肩に怪我をしていてまだ治りきっていない。仲間のひとりも休養が必要だ。もし全員との勝負が必要なら、このふたりは後回しにしてもらいたいのだが」

「怪我?」


 ネロの視線が伊織の肩に向く。

 今は包帯も服に隠れているため、気がつかなくてもおかしくはない。

 しかし先ほど両肩を握ったことを思い出したのか、ネロは少し慌てた様子を見せた。――やはり根は良い人だ、と伊織は再確認する。


「薬のおかげで痛みはないんで安心してください」


 本当は鈍痛がずっと続いており、患部が火照ったような嫌な感じが纏わりついていたが、伊織はそう笑いかけた。

 肩を掴まれた時もぴりっとはしたが、鈍痛のせいで逆に痛覚が麻痺しつつあったため気にするほどではない。

 しかし存外ネロは気にしたらしく、すんなりと静夏の願いを受け入れた。


「じゃあ明日で……でも万一、もし、もしも都合が悪いなら別の日でもいいぞ。ただし逃げたら次はないからな!」

「約束しよう。では――」


 静夏が大きな手の平をネロに差し出す。


「私は藤石静夏だ。お前の名は?」

「……ネ、ネロ」


 おずおずと差し出された手を握り、静夏はにっこりと笑った。


「ではネロ、勝負を楽しみにしている」


     ***


 ――買い出しを終え、伊織が宿に戻った頃には静夏によりネロとの勝負のことは全員に知らされていた。

 ウサウミウシが起こすのも憚られるほど気持ちよさそうに寝ていたこともあり、男性陣側の部屋に全員集まって各々考えを巡らせる。


「母さん、どうしてネロさんの申し出を受けたんだ?」


 静夏から見ればネロはまだ未熟な子供のはず。

 そんな子供相手なら勝負を受けずに説得するだろうと考えていたが、静夏はそれとは真逆の行動を取ったわけだ。

 そう伊織がずっと気になっていたことを問うと、静夏は眠っているウサウミウシを撫でながら答えた。


「挑戦は良いことだと私は思う。もしその挑戦が間違っているとしても、実際に挑んでみてから知ることができる他の挑戦すべきこと、試してみるべきこともあるだろう。……それに、もし危険な挑戦ならば場合により止めはするが……」

「我々に挑むことは危険ではない、ということか」


 ヨルシャミがにやりと笑って言う。


「そうだ。皆は本気の相手に本気で向き合うことができ、そして本当に危険な事態になったならば相手を助けられる人物だと思っている」

「わはは、買い被りだな! 私はスパルタだぞ、志の高すぎる者の心をぽっきりと折るなど造作も――」

「あー……ヨルシャミがスパルタなのはマジだから心配かも……」

「――同意されたらされたで複雑であるな!」


 水を差した伊織の頬をぐにぐにと摘まむヨルシャミを見て静夏は笑った。


「あの少年はそのくらいでは折れることはないだろう。……顔を見た時間は短いが、思いやりのある良い少年だ。そうだろう、伊織」

「うん、……うん、そうだな。事情はどうであれ、そんなネロさんの願いが僕らとの勝負だったんなら叶えてあげたい、かも」


 伊織は彼の願いを止めるつもりだった。

 だが、きちんと準備した上でなら勝負を受けてもいいのではないか。

 勝敗は天のみぞ知るといったところだが、挑むことそのものは遂げてもいいのではないか。

 そう思えるようになってきたと頷く。


「では皆、独断で決めてしまい申し訳ないが……お願いしてもいいだろうか」

「おう、ここにいる間も体が鈍らなくていいしな!」

「あ、あたしも姉御がいいならトコトン付き合いますよ!」

「私は勝負なんて弓術くらいしか思いつかないけどいいんでしょうか……」


 バルドとミュゲイラの隣で考え込んでいたリータが不安げに呟いた。

 しかし勝負の内容はこちらに任されている。

 優れていることを示すのはなにも戦力だけではない。得意分野で受けて立ってみては、と静夏に提案され、リータはなんにしようかと再度考え込んだが、その表情は明るかった。


「俺も協力はするが……まさかネランゼリの子孫とはな」


 サルサムがぽつりと呟いたのを聞き、伊織は首を傾げる。


「そういえば僕らよりも先に何人か救世主と呼ばれる人たちがいたんですよね?」

「ああ、まあ神話に近いものも多いし眉唾ものや尾ひれの付いた逸話も多くて一体何人が本物だったのかはわからないが」


 ネランゼリについてもサルサムは各地を渡り歩いていたからこそ耳にしたが、ほとんど語り継がれていない救世主だという。

 名前といくつかの逸話だけで外見や性格などはまったくわからない。しかもサルサムと一緒に行動していたはずのバルドはまったく知らない様子だった。

 つまりある程度の興味を持って行脚しないと存在すら知ることができない、忘れ去られつつある救世主なのだ。


 救世主。

 存在しないはずの神がこの世界に呼び寄せたもの。


 一般人だけでなく魔導師でさえこの神はいないものだと思っていたが、世界の異変は肌で感じ取っていた。

 その異変を並々ならぬ力で取り除く人物を自然と救世主と呼び、そしてそれは間違っていなかったのである。


 伊織と静夏が呼ばれる前も存在しており、今なおこの世界で侵略を食い止める一端を担っている者もいるかもしれないが、今のところ誰にも会ったことはなかった。

 やっと耳にした人物がすでに故人のネランゼリだったわけだ。


 ネロは救世主の子孫だが、救世主そのものではない。

 そこにも思うところがあるのかもしれない、と伊織は窓の外を見た。


「ところで」


 ヨルシャミがぐるりと全員の顔を見て言う。


「そのネロとやら、我々が七人もいると知っているのか?」

「……あ」


 ネロは全員との勝負を望んでいた。

 見送りの時までネロは伊織がマッシヴ様の息子だと知らなかったため、もし静夏を見られたのだとすればその時だ。

 そしてその時はバルドとサルサムは同行していなかった。


 再会した際は静夏以外は室内。

 つまり多くて五人、と思っている可能性はある。


 ふたりの差を大きく感じるか小さく感じるかはわからないが、この村に滞在している間に七回も勝負をするつもりなのだろうか。

 もし毎日一戦ずつの計算だったとしても一週間はかかる上、一行は一週間もこの村に留まるつもりはない。


「……それも次に会った時に訊ねようか」


 別角度から再びネロを気の毒に思いながら、伊織はそう言って頬を掻いた。

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