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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
番外編章

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1089/1106

【番外編】僕の大切な、生き地獄の土産(バルド&レプターラの面々やナスカテスラなど)

作中の時期:1075話~1076話の間

出演キャラ:バルド、ベンジャミルタ、シャリエト、リオニャ、タルハ、オルバート、ナスカテスラ、シエルギータ、静夏、ミュゲイラなど


■簡単なあらすじ:

一度記憶喪失になった経験から、再び記憶を失ったら嫌だなぁと心配するバルド。

彼は旧知の仲であるベンジャミルタとシャリエトにその話をしますが……?




 世界の穴による脅威が去り、未だに問題は残っているものの世界各国の人々が一丸となって解決に取り組んでいる。

 それでも危機的な状況を我が身で体験した者から見れば、ひとまずは『平和』と言っても差し支えないよな、というのがバルドの感想だった。


 平和な日常により気が緩むことも増えたが、そんな時にこそ唐突にちょっとした不安が湧いてしまうものである。

 ここしばらくの間、バルドが無意識に何度も考えてしまうこと。

 それは――


(また記憶がなくなったら嫌だなぁ……)


 ――そんな心配事だった。


     ***


「日記をつけてみるとかどうかな?」


 レプターラのベンジャミルタの私室にて。

 少し遅めの昼食を口に運びながら、部屋の主であるベンジャミルタは軽い調子でそう提案した。


 今のバルドはオルバートと体を共有しており、彼に協力してもらえば転移魔石の使用が可能である。そこで旧知の仲であり人生経験が豊富な長命種でもあるベンジャミルタたちに話してみようと考え、レプターラを訪れたわけだ。

 ベンジャミルタの提案にバルドは頬を掻いた。


「紙って長くて四百年くらいしかもたないんだ。和紙でも千年くらいかな……それもちゃんとした保管をした状態でだし」


 折角書き記しても長期保存――バルドたち基準での長期保存に向かなければ不安は解消されない。

 過去に訪れたミヤコの里の掛け軸のように都度都度写すなら話は別だが、半永久的に生きるバルドがそれを行なうと最終的に凄まじい作業量になるのは想像に難くないだろう。


 エルフノワールも病にかかったり外傷を負って命を失わずに天寿を全うすれば千年以上は生きる。しかし実際には長命だからこそ外因で死ぬことが多かった。

 子孫に教えや知恵を継がせるために書き記して残すことはあれど、バルドのように忘れるのが怖いからと取り留めのないことを書き残す者はそう多くはない。

 だから耐久年数までは思い至らなかったなぁ、とベンジャミルタは頬を掻いた。


 悩みながら広い窓枠にバルド、ベンジャミルタ、そしてシャリエトの順で腕をついて外を眺めつつパンを齧る。


 今日出されたパンは保存食にするのが目的の固いものではなく嗜好品としての柔らかなパンで、塩バターを塗って焼かれたものだった。

 レプターラの気候は食品の貯蔵に向かないため普段の食事では使いづらい食品も多いのだが、セトラスが改良に改良を重ねた冷蔵庫及び冷凍庫が王宮にあるため、近頃は日持ちしないものや暑さに弱いものも食卓に並ぶ頻度が上がっている。

 ちなみに改良は今現在も続いていた。


(本当に平和だ……なのにこんな気持ちになってるのが申し訳なくなってきたな)


 バルドは思わず眉を下げる。

 その時、シャリエトが眠たげな目で青空を見上げながら言った。


「オリトさんの気持ち、わかりますよ。ボクの場合は記憶喪失を危惧してじゃなくて自分の死後に知恵を遺したいからですが。……まぁなんだかんだで記録を長持ちさせたいなら石とかに彫るのが一番なんですよね」

「長命種の言葉は重いな~」

「石だけに」

「おいやめろ」


 バルドを挟んでベンジャミルタからのツッコミが飛んだが、徹夜明けのテンションなのかシャリエトはへらへらとしている。

 後でステラリカにしょっぴいてもらうか、食べ終わったらすぐにベッドへ強制連行しよう、とバルドは心に決めた。


「……まあ騙し騙しいかなきゃいけないことだし、それにどうせ最後は俺以外は全部この世からなくなっちゃうんだしな。悩めてる間が花か」

「オリトさんの言葉が一番重いんですけど」


 この世の誰よりも長く生きるのが不老不死のバルドである。

 同等の力を持つオルバートは頭の中にいるため、この世の最後まで一緒に歩める人物はいない。それこそ世界の神であるフジでさえ先に逝き、バルドは再びあの狭間に放り出されるかもしれないのだ。

 不老不死の力が子孫に引き継がれたとしても、遺伝で劣化した例を見る限りバルドたち並みの力はないだろう。


 ――それでも伊織ならどうにかしそうだな、と。


 バルドはついそんなことを思ったが、せっかく自由になった我が子に「また僕の記憶が無くなった時のために、僕のことを覚えておいてくれないか」などと頼むのは憚られた。


「とりあえず普通のノートから始めてみるよ。趣味としての日記も嫌いじゃないし」

「ああいうのって長持ちしなくても感情の整理になるからいいよ。俺もタルハの成長日記をつけてるんだけど、毎晩読み返すのが楽しみで楽しみで……」

「オリトさん、下手に読んでみたいとか言っちゃダメですよ。こいつもう五十冊は書いてるんで。全部見せられますからね」


 一度酷い目に遭ったのかシャリエトは半眼になってベンジャミルタを指し、指されたベンジャミルタは「今は五十二冊目だよ!」と笑う。


 兎にも角にも日記から始めてみるのは良さそうだ。

 そう判断したバルドは早速帰り道にノートを買いに行くことにした。


     ***


 まず話を聞いたリオニャが「それなら質の良いノートをあげますよ~!」と申し出たが、それがあまりにも質が良すぎる代物だったためバルドから辞退した。

 さらりとした手触りの書きやすそうなノートだったが、書くのがもったいなくなって日記をつけるのをやめてしまいそうだと思ったのである。


 そこでミドラに街の雑貨屋の位置を聞いている時、風にのって飛び回っていたタルハがベンジャミルタを巻き込んで植木の中に突っ込んだ。

 リオニャとしてはよくある光景らしいが、随分と鈍い音がしたのはバルドの気のせいではない。


 その後、ミドラおすすめの雑貨屋に足を運んでみたものの――レプターラの紙は使われている植物の性質上少し手触りが荒く、どうしてもページが多いと分厚くなりがちだった。

 先ほどリオニャが持ち出した紙やシャリエトたちが普段業務に使っている紙は良質なもの、もしくは他国から持ち込んだものである。


 もちろん素朴な仕上がりのノートもいいが、今回は丈夫で薄く長持ちする紙のノートにしようとバルドは考えている。

 そして高級すぎないのも条件のひとつだ。


「そういう紙が日常使いされてる国で仕入れるのが一番か、……ってことはやっぱりベレリヤかな」


 地域によるが、世界の救済を目指す中心国として活発に活動しているベレリヤには昔よりも更に様々な物品や技術が流入し、品質の良いものに溢れていた。

 特に交易には第三王子のイリアスが一役買っており、彼が拠点にしている王都ラキノヴァは多種多様な物を探すのに向いた都市になっている。


 レプターラに着くなり「あまり興味のある話じゃないから寝るよ」と沈黙していたオルバートを叩き起こし、再びベレリヤへと転移したバルドはラキノヴァの店を巡ることにした。


 様々な人々が行き交う大通りを進み、ノートを扱う店を探しているとバルドの視界に見覚えのある後ろ姿が入り込む。

 ハネた黄緑色の髪は長く、その髪から左右に飛び出した耳が特徴的だ。

 そして高身長な人間が多い王都でも見劣りしない体格をしている。


「ナスカテスラ! ちょっと久しぶりだな、元気してたか?」

「おや、バルドじゃないか。しばらくぶりだね! 俺様は元気も元気、普段の三億倍は超絶元気だよ!」


 ナスカテスラはそう声を張って返したが、彼の『自分の声だけが聞き取りにくい』という呪いが解けてからは耳を塞ぐほどの大声ではなくなっていた。

 それでも懐かしい気持ちになりながらバルドはナスカテスラに大通りを巡っていた目的を説明する。


 なるほど、と頷いたナスカテスラは手招きした。


「ちょうどいい店を知ってるから案内してあげるよ」

「いいのか?」

「ああ、代わりに今度レプターラへ行くことがあったらステラリカの様子を教えてほしいんだが……」


 バルドはにやりと笑う。

 それならつい先ほど見てきたところである。


 そう伝えるとナスカテスラは嬉しそうにしながらシャリエトをプロ並みの腕前で寝かしつけたステラリカの武勇伝を聞きつつ、バルドを一軒の雑貨店へと案内した。

 最近できた店だが品揃えが良く、しかし高額というほどでもない手頃な値段で手に入ると人気の店らしい。


 中に入るとものの一分もかからずお眼鏡に適うノートが見つかった。


 焦げ茶色の表紙で無線綴じされており、罫線もちょうどいい幅をしている。

 現代日本のように規格が決まっているわけではないため、この罫線選びもひとつの難関だったが、意図せず一発でパスした形だ。


 バルドはナスカテスラに喜びを伝え、夕食を奢る提案をした。

 ナスカテスラはこの後は王宮に戻るそうだが、バルドの誘いを快諾すると「あとで抜け出してくるよ!」と親指を立てる。

 抜け出す、という表現がじつに不穏だったが、じつは今もまさに抜け出している最中だったと聞いてバルドは肩を揺らして笑った。


     ***


 その後も夕食の最中にたまたま通りかかったシエルギータが合流し、身分を伏せているとはいえ普通の酒場に第二王子、宮廷魔導師、救世主の一員が集合するという大層な光景になってしまった。

 ただしナスカテスラやシエルギータはしょっちゅう王宮外へ出歩いているのか既に顔を知られており、チラチラと視線を向ける者はいたものの概ね受け入れられているようだった。


 夕食の席で近況報告をし、バルドはシエルギータに静夏や伊織の様子を伝える。

 彼からすれば実の姉と甥っ子の話だ。

 嬉しげに耳を傾けるシエルギータに共に暮らすミュゲイラの話をすると、彼は更に嬉しそうな顔を覗かせる。


「仲睦まじく暮らしているようで良かった。今度こちらからも顔を見せに行きたいな、都合の良い日があれば後日教えてくれ」

「おお、喜ぶと思うぞ。ついでに手合わせもしてってくれよ、あいつトレーニングする相手が静夏しかいないからさ」


 強化魔法を使えば伊織やヨルシャミたちもミュゲイラの相手をできるが、やはりトレーニングが目当てなら相手も筋肉に精通した者のほうがいいだろうとバルドは考えている。

 シエルギータはそれも快諾し、その日までに更に腕を磨いておかないといけないなと逞しい上腕二頭筋に力を込めた。


 そうして夕食もつつがなく終わり、ふたりと解散したバルドは転移魔石で家へ帰る前に夜風に当たりながらゆっくりと歩き始める。

 アルコールを飲んだため、家族の元へ帰る前に少し冷ましていこうと考えたのだ。


 そうして人通りの少ない道へ入ったところで唇が勝手に動く。

 オルバートである。


「――随分と盛り上がっていたね。喉が疲れたよ」

「ははは、お前がずっと黙ってるからやりやすかったぞ」

「あんな空気に混ざれるはずないだろう」


 バルドにとっては旧知の仲だが、オルバートにとってはそうではない。

 今の状態になってから言葉を交わす機会はあったものの友人というより知人程度だ。バルドは人慣れしてない猫みたいだなと揶揄する。


 まあ雰囲気だけ楽しませてもらったよ、とオルバートは付け加え、そしてカバンへと視線をやった。

 中に入っているのは今日あれこれ悩んだ末に手に入れたノートだ。


「……本当に日記なんてつけるつもりなのか?」

「お前は嫌か?」

「意味が希薄に感じられる」


 身も蓋もない意見にバルドは小さく笑う。


「それはそうだ。……でも書くことで忘れないように自分に覚え込ませるって使い方もできると思うんだよ。前世じゃ仕事関連の文章しか書いてこなかったお前にはわからないかな」

「それは君もだろう」

「あはは、その通り! だからこそやってみたいんだ」


 バルドは星空を見上げる。

 そこには街の魔石灯の光に負けない星々が輝いていた。


「今日あったことも含めて、今まで出会った人やこれから出会う人のことを忘れたくないからさ」

「まるで今から自分のために冥途の土産を用意してるみたいだね」

「生き地獄の土産だけどな。まあ、そうやって口出ししてくるけど……お前も忘れるのは嫌なんだろ?」


 この問題はバルドの代わりにオルバートが、オルバートの代わりにバルドが覚えていれば解決できる。

 しかしふたり同時に記憶を失う事態が来ないとも限らない。


 そんな時、オルバートにも二度と失いたくない記憶というものがあった。

 ようやく取り戻した家族の記憶も、自身が犯した数多の罪の記憶も、忘れてはならないものであり忘れたくないものである。


 オルバートは先ほどのバルドと同じように小さく笑う。


「……ああ、そうだね。その通りだ」


     ***


 バルドが帰宅すると、ちょうど静夏とミュゲイラが夕飯の片づけを終えたところだった。

 夕食としては普段より少し遅い時間だ。バルドはレプターラへ向かう前に夕飯は食べてくると伝えておいたため、恐らくそれが原因ではない。


 聞けば夕方頃に始めた静夏とミュゲイラのトレーニングが白熱してしまい、気がつくと山ひとつ越えた先にいたのだという。

 そもそもここから山までそれなりの距離があるため、バルドは思わず「ふたりにしかできないウッカリだな!」と笑った。


「ところでバルド、なーんか辛気臭い顔してたけどその様子だと解決したのか?」


 ソファに腰を下ろしながらミュゲイラが問う。

 静夏も気になっていたようで、そんなに顔に出ていただろうかとバルドは恥じた。


「ちょっとした悩み事があってな。けどまぁ、とりあえず今やれることから手をつけてくことにしたんだ」

「今やれること? あっ、今度お前も手合わせするか? スッキリするぞ!」

「いや、それは山向こうに吹っ飛びそうだからやめとくよ」


 咳払いをしつつバルドは日記をつけることにした話や、今日あったことを静夏とミュゲイラに伝える。

 シエルギータの話はふたりにとっても願ってもないことだったようで、その日までに更に体を仕上げておこうとシエルギータと似たような反応をしていた。


 バルドもレプターラの様子やラキノヴァの様子を思い返しながら笑みを浮かべる。

 その顔を見た静夏が朗らかな表情で口を開いた。


「その様子なら、初日から書くことが沢山ありそうだ」

「……ああ、そうだな」


 今日だけでこんなにも様々なことが起こったのなら、それらをこれからもずっと持っていくことはできない。必ず指の間から零れ落ちていく。

 しかしほんの一握りでも胸に抱えて時を歩み続けられるなら、それも悪くはない。

 胸に抱えたそれは日記帳の形をしていることだろう。


 真新しいノートの表紙を捲りながら、バルドは一番初めの行を指先で叩いた。


 ここに記すのは、今日の日付だ。

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