【番外編】謎のシァシァランド! 後編(伊織、ヨルシャミなど聖女一行)
静夏、ミュゲイラ、バルドが最後に訪れたのはメリーゴーラウンドだった。
遠目から見ると普通のメリーゴーラウンドに見えたのだが――近づくと馬やソリ状の乗り物ではなく、魔獣をモチーフにしたものばかりだとわかった。
それらを目を細めて凝視しながらバルドが呻く。
「名前が付くくらい代表的な形の奴らだな、ただ、その、このウィスプ型とかどうやって乗るんだ? 光の表現がウニにしか見えないぞ」
「気になるのか? よっし、乗せてやるよ!」
ミュゲイラにぐわっと持ち上げられたバルドは「やめろやめろ! 尻穴が増える!!」とジタバタと抵抗した。不老不死でも緊急事態中の緊急事態である。
その横で静夏がユニコーン型の座席を見つめていた。
表情は真剣そのものだ。
なにか怪しい部分があったのかとミュゲイラとバルドは動きを止める。
静夏はじっと座席を見たまま呟くように言った。
「――可愛らしいな。私はこれにしよう」
「静夏のほうが可愛い!!」
「姉御のほうが可愛い!!」
見事に声をハモらせたふたりはユニコーン型の座席は静夏の予約席だなと頷く。
そうしてホクホクと嬉しそうな静夏を見て和みながら、ミュゲイラはさり気ない動きでバルドをウィスプ型の座席に乗せた。
直後に形容しがたい悲鳴が上がったのは言うまでもない。
なお、メリーゴーラウンドで一番頑張ったと言えるのはバルドではなく、最後まで静夏の体重を支えきったユニコーン型の座席である。
***
迷路を網羅したサルサムとリータは少しばかり慌てていた。
網羅するというやり込みにより時間が押したのは事実だ。
しかしその後に足を運んだアトラクションでは比較的簡単に事が進み、担当予定だったオバケ屋敷のひとつがすでに静夏たちに調べられていたと書き置きで知ったこともあり、迷路での遅れを取り戻せたため時間のせいで焦っているわけではない。
最後に乗ったコーヒーカップの回転速度が異様に上がってしまったのである。
コーヒーカップとは食器を模したモチーフ内部のベンチに座り、歯車による動きでくるくると回るのを楽しむアトラクションだ。
アトラクションの土台が回りながらカップはカップで回るので、普段は感じられないスリルと娯楽感がある。
シァシァランドに設置されたコーヒーカップはカップ中央に設置されたハンドルを回すことで回転速度を上げられるタイプで、説明を読んだリータたちは「一応これもやってみるべきですよね?」と軽い気持ちで回したのだ。
しかし速度の上限がとんでもなかった。
この場に伊織がいたなら「こんなの一発で営業停止ですよ!!」と叫んだであろう速度だ。
容赦ない遠心力に耐えるため、前のめりになりながらリータは両耳を下げる。
「サルサムさん、ハンドルを逆に回したら速度が落ちると思うんですけどっ……」
「ああ」
「ま……前のめりになってると、上手く回せません……!」
「ああ……」
体勢はサルサムも似たようなものである。
リータより体幹の優れたサルサムでもこの有り様だ。下手に体勢を変えて落下すれば他のカップが激突する可能性がある。
そんな危険を加味し、サルサムは眉根を寄せてある結論を出すしかなかった。
「リータさん、……このアトラクションは十分で自動的に止まると書いてあったのを覚えてるか」
「……!」
「それまで耐えよう」
「あの、あと何分とかりますか……?」
か細く震えたリータの声にサルサムはハンドルを強く握ると、患者にとって苦しい宣告をする医師のような面持ちで言った。
「八分だ」
「!!」
「……頑張ろう」
伏せながら必死にこくこくと頷くリータを見て、この時ばかりはサルサムも迷うことなく彼女の背中に手をやって支えたという。
――なお、日本のコーヒーカップの稼働時間は一分半から二分がポピュラーなため、シァシァランドのコーヒーカップはじつに贅沢且つ太っ腹な仕様であった。
それを喜ぶ者が皆無だとしても。
***
最後の担当アトラクション、ウォーターライドの激流を乗り切った伊織とヨルシャミは体力の限界を感じていた。
ウォーターライドに乗る前に配布されたレインコートが意外と高性能であり、濡れたのは髪と顔だけで済んだものの、交互に訪れる重力と水の襲撃に根こそぎ体力を奪われたのである。
もしかしてこうやって疲弊させるのが目的の施設なんじゃないか?
などという考えが伊織の中に湧いたものの、ウォーターライドから降りた後に襲ってくるものはなにひとつなかった。
重力はまだ襲い掛かってきている気がしたが、これは錯覚である。
「つ、疲れた……ウォーターライドを最初にしなくて良かった……」
「ジェットコースターもじつに殺人的であったが、これはまた違った地獄を見せてくれる代物だったな」
「まあなんとか確認し終わったし、とりあえず合流地点に向かおうか。みんなはまだ調べてるのかなぁ、……?」
合流地点へと足を向けかけた伊織の袖をヨルシャミが引く。
やはり気分が優れないのだろうか。
そう伊織が心配しながら振り返ると、ヨルシャミはチラチラと高い位置を見ながら言った。
「イオリよ。……じ、時間がありそうなら、最後にもう一度だけ再チェックしておくというのも悪くあるまい?」
視線の先にそびえ立っているのは観覧車である。
目をぱちくりとさせた伊織だったが、ヨルシャミの意図に気がつくと仄かに赤くなった頬を掻いた。
「あー……そういうことか、なるほど、なるほどな」
「それに高い乗り物ならば皆の現状もわかる故な。お前もそう思うだろう?」
「そ、そうだな、うんうん、そうだそうだ」
最後にもう一度ゆっくりと観覧車デートをしましょう、というお誘いだ。
そうして伊織とヨルシャミは再び観覧車へと向かい――様々な理由から高い位置から仲間の現状を把握するという目的は果たせなかったが、そうなるのは搭乗前からわかりきっていたと言っても過言ではないだろう。
***
辺りが暗くなり、ライトアップされたアトラクションの存在感が増した頃。
合流地点の広場に集まった三つの班はそれぞれ疲弊しつつも担当したアトラクションのチェック結果を報告しあっていた。
未だにどことなく顔色の悪いサルサムがひしめき合うアトラクションを振り返りながら乱れた前髪を払い除ける。
「大半は問題ないが、時折ヤバいものが紛れ込んでる感じだったな」
「これが一般人なら命の危機に見舞われただろう。それを考えるならば、この施設は潰すべきだが――」
静夏は渋い顔をした。
ナレッジメカニクスが関わっているという証拠は最後まで出てこなかったのだ。
この技術力は十中八九ナレッジメカニクスの仕業である。
しかし、そう思うのは伊織たちがナレッジメカニクスという組織と浅からぬ縁があるからこそであり、他にも似たような技術を有する組織または個人がいないと断言できる証拠にはならない。
もし世界の危機とは関係のない人物が作った施設だった場合、勝手に破壊するなどご法度だ。
「研究施設みたいに資料が保管されてりゃ明白だったんだけどなぁ」
「完全に娯楽のための場所ですもんね、ここ」
嘆くバルドにリータが頷く。
森の施設のように倫理観を無視した研究結果の資料、もしくは研究結果そのものが見つかれば一発でアウト判定を出して行動できたのだが、生憎このシァシァランドにはそういったものは見当たらなかった。
静夏は腕組みをする。
「……ただの破壊行為はしたくはない。その上でここは辺境の地であり、我々のように転移魔石でもない限りは見つけることすら困難であることを考慮すると、……このまま放置しておいてもいいかもしれない。それに」
ぐるりと施設内を見回し、静夏はその各所から思い出される記憶に目を細めた。
「――調査という名目ではあったが、久方ぶりの遊園地はとても楽しかった。そんな場所を証拠もなしに打ち砕くのは憚られる」
「まあ、うん」
「たしかにな」
同意しようとした伊織より先に頷いたのはサルサムだった。
バルドの「意外だな」という言葉で目を逸らしつつサルサムは咳払いをする。
命の危険はあったものの、相応に楽しい気分にもなれたのかなと伊織はにこにこと笑みを浮かべた。
そこでヨルシャミが「結論は出たな」こくりと頷く。
「ではひとまず破壊は保留だ。しかしベレリヤ国内にあるのならば、後ほど騎士団に報告しておいて有事に備えるのがいいだろうな」
「いや、多分ここベレリヤじゃないぞ」
そう言いながらサルサムが転移魔石を持ち上げた。
転移魔石はクールタイムが終わり、正常に使用できる状態に戻ったようだ。
ヨルシャミには転移魔石を使用する者の感覚はわからないものの、使用時に座標を指定することから現在地も大雑把に把握できるのだろうと想像はできる。
案の定、サルサム曰く「細かな地図が浮かんでくるわけじゃないが、座標の差から元の位置との距離は大方予想がつく」とのことだ。
その距離がどう考えてもベレリヤを突き抜けるらしい。
「まあ大きな時差はないようだから、ベレリヤの反対側とか極端な異国じゃなさそうだけどな。海は跨ぐが近隣の国じゃないか?」
「ふぅむ、他国の騎士団にこんな報告をしても信じてもらえるか怪しいか……」
遊園地という概念が乏しい世界でこの異常性を理解してもらうには報告者の信用か、もしくは現地を直に見てもらう必要がある。他国なら後者だろう。
しかしその国の内情がわからないままオーバーテクノロジーともいえる施設の存在を知らせては悪用される可能性もあった。あの鉄球やジェットコースターを兵器として利用することも可能かもしれない。
考えを巡らせたヨルシャミは口角を下げた。
「ならばこの座標を記録した上で保留、ということになるか」
「そうだな」
「あたしも賛成!」
「じゃあ僕らもそろそろ帰って――」
そこへスィームという音をさせてロボットが近づいてきた。短いクレヨンにタイヤを付けたようなシルエットのロボットだ。
ロボットはピカピカと頭のライトを光らせながら言う。
『オ食事ハ、オ済ミデスカ?』
「食事?」
『中央レストランニテ、出来タテノオ食事ヲ召シ上ガレマス』
一同無言になる。
こんな辺鄙な場所でどうやって食材を確保したのか、という疑問が一斉に去来したのだ。
しかしそれは結局最後までわからなかった電力の供給源と同じ類の謎だろう。
全員が判断に迷って静まり返っていると、その静寂を破ったのはリータの腹の虫だった。再び別の理由で無言になった後、一拍置いて真っ赤になったリータは「すみません……」と蚊の鳴くような声で謝る。
「――あ~……レストランも施設の一部だ。調査は必要だと思わないか?」
サルサムの助け舟に全員が頷いた。
そうして向かったラストの調査も問題なしであり、それどころか高級レストラン並みに美味しかったのだから、シァシァランドは最後の最後までしっかりと遊園地であったのは言うまでもない。
こうして聖女マッシヴ様一行による初の遊園地は幕を閉じたのだった。
***
「――ところで姉御、聞きそびれてたけどオバケ屋敷の音の正体はわかっ……」
「ああ、耳毛が三メートルある小型のサルだった」
「それはそれで怖い!!」





