【番外編】謎のシァシァランド! 前編(伊織、ヨルシャミなど聖女一行)
作中の時期:第七章前後のどこか(本編の重大なネタバレはありません)
出演キャラ:聖女一行
■簡単なあらすじ:
旅の道中で『シァシァランド』なるトンチキな施設を発見した聖女一行。
念のため害のない施設かどうかチェックすることになりますが……?
旅の道中にトラブルはつきものである。
――ということは伊織も理解しているが、まさか電飾でビカビカに飾られた看板に超巨大な文字で『ようこそ! シァシァランド』なるトンチキな言葉が書かれている、そんなものと対面することになるなどと誰が思おうか。
人工転移魔石の暴走で僻地に飛ばされた、まではわかる。
そういうこともあるだろう。
しかしその先で伊織たちを出迎えたのがこれである。
柵と看板の向こうにはジェットコースターから観覧車、ミラーハウスからメリーゴーラウンドまでありとあらゆるアトラクションがひしめき合っていた。
電力が一体どこから供給されているのかはわからないが、それらはすべて稼働しているようだ。
つまりバリバリの現役である。
「……ヨルシャミ、今って夢路魔法とか使ってないよな?」
「うむ、現実逃避する気持ちはわかるが物理的に存在しているようであるな」
しかもシァシァというと度重なる敵組織への勧誘でトラウマじみた存在になりつつあるドライアドではないだろうか。
そういくつかの記憶を掘り起こして眉根を寄せた伊織は母を見上げた。
「ど、どうする? 入って調べてみる?」
「もし遊園地のふりをした研究施設だったなら潰しておかねばなるまい」
こんな誰も来ないような僻地で遊園地のふりをする意味があるのかはさておき、研究施設か否かの判断は必要だなと伊織は頷く。
シァシァ本人が絡んでいなくてもこの技術力ならナレッジメカニクスが関わっている可能性が高いだろう。
「イオリよ、どのみち今の転移魔石はクールタイムを置く必要がある。また暴走しては困る故な、その間に調べてみようではないか」
サルサムから転移魔石を受け取って様子を見ていたヨルシャミが言った。
アトラクションが楽しそうで気になる、というよりはどういう原理で動いているのか気になる、という顔だ。
機械類に馴染みがない者には遊ぶ施設に見えないのかもしれないなと伊織は思う。
「なんか異様に不安だけど――とりあえず行ってみようか!」
伊織は思ったよりも必要だった決断力を総動員し、そう頷いてシァシァランドの中へと足を進めた。
***
大雑把に見てみたところ、やはり生きた人間はひとりもいないようだった。
やけに楽しげで軽快な音楽は流れているが人のざわめきはなく、案内人の姿もなければ着ぐるみもいない。
代わりに必要最低限の説明を行なうロボットの姿が散見された。
どれも人間の形はしておらず丸・三角・四角に目やそれに準ずるカメラが搭載されたものだ。デフォルメがよく利いている。利きすぎているともいうが。
質問をしても決まった答えを返すだけなので、伊織はRPGゲームのNPCを思い出した。
今のところ危険はないようだが、調べるのならアトラクションの中も徹底的に確認するべきである。
しかし一ヶ所ずつ巡っていては日が暮れてしまう。
そういった理由から多少リスキーではあるものの、班分けを行ない各人で受け持ったアトラクションを調べることと相成った。
A斑は伊織とヨルシャミ。
B斑は静夏とミュゲイラとバルド。
C班はサルサムとリータ。
各班で小さいものを含め四、五ヵ所ほど巡ればいいだろうとヨルシャミは言う。
「なんでオバケ屋敷がコンセプト違いで二ヵ所もあるんだよ~……」
「なんだバルド、お前幽霊が苦手だったのか」
「違う違う! ロボばっかの遊園地にあるオバケ屋敷とか嫌な予感の塊だろ……!」
サルサムにそう否定し、生身の人間が脅かしてくれるほうがいくらか安心だとバルドは危険を察知した顔のまま呟いた。
単なる機械仕掛けのオバケ屋敷なら生身の人間のほうが恐ろしいかもしれない。
しかしナレッジメカニクスの技術を存分に活かしているオバケ屋敷だとすると、想像したようなチープさは欠片もないかもしれない。ついでに手加減もないかもしれないのだ。
伊織は自分が巡る予定のアトラクション一覧をメモに書き起こし、それを見つめながら自分のところにオバケ屋敷系は入ってないなと再確認して安堵する。
エンターテインメントとしての幽霊は嫌いではないが、ヨルシャミの前で変な驚き方をしてしまうのは少しばかり嫌だった。
伊織は前世の頃から家でひとりでいることが多かったこともあり多少の恐怖には慣れているが、突然ワッと驚かされて一言も発しない自信はない。
そんなことを考えているとヨルシャミが言った。
「なにかあれば派手な魔法でも放とう。一番の連絡手段になる」
「そういうところはアバウトなんだな」
「私たちのグループは魔法を使える者がいない故、ミュゲイラとバルドを抱えて跳んでこちらから皆のもとへ向かおう」
静夏の言葉を聞いてからバルドを見遣り「こいつオバケ屋敷よりキツい恐怖体験することになるんじゃないか」とサルサムは思ったが、敢えて口にはするまいと黙っておいた。
そんなこんなで一行は遊園地もといシァシァランド内に散り、それぞれが担当するアトラクションへと足を向けた。
***
伊織とヨルシャミがまず辿り着いたのは観覧車である。
こういう場所の観覧車といえば普通は最後に乗るものではないだろうか、と伊織は思ったが、高い位置から敷地内を確認できるため「なら初めに乗ったほうがいいであろう?」と遊園地デートなど知らないヨルシャミの発案により一番手となったのだ。
浪漫をスルーした合理性に唸ってしまう。
ヨルシャミと観覧車に乗るなど早々ない機会だというのに、少しもったいない。
そう伊織は思ったが、これは調査。調査なのである。そう気合を入れ直して案内ロボに指定されたカゴへと入る。
ぎいぎいと少し揺れたが強度は問題ないようだ。
「ほう、中も綺麗に掃除されているな。掃除専用ロボットがいるということか、はたまた定期的にシァシァ本人が訪れているのか……まあ後者はここが本当にシァシァに関わりのある場所ならば、だが」
「無関係なほうが怖くない?」
「怖い」
ヨルシャミはゆっくりと上昇し始めたカゴから外の様子を覗いた。
「ふむ……しかしやけに緩やかな上昇だな。イオリよ、これはどういった目的のアトラクションなのだ?」
「景色を眺めるためのもの……かな? ただ人によってはスリルがあるかも。僕はこのくらいの高さにはもう慣れちゃったけど」
ワイバーンに乗っている時は高いどころではない。
ヨルシャミと同伴する際は風の障壁を作ってくれるため軽減されているが、地面の木々すら視認できないほど高い位置をワイバーンにしがみつきながら飛ぶのはなかなかにスリリングである。
恐らくワイバーン側も気を遣ってくれているが、高さばかりは仕方ない。
それを繰り返しているうちにすっかり慣れてしまった。
しかし『景色を眺めること』そのものは今も娯楽として見ることができている。
伊織がシァシァランドの敷地内と敷地外のまったく違う景色と、その境目がはっきりと分かれている様子に目を細めながら黙っていると不意にヨルシャミが訊ねた。
「そういえばイオリよ。先ほどここへ向かうことを決めた際になにか言いたげだったが、気になることでもあったのか?」
「えっ、あ~……あるっちゃあるけど深刻なものでは……」
「ふむ? まあ言いたいことは遠慮なく言え、私も察せることばかりではない故な」
ほら、と先を促されて伊織はもごもごと口籠る。
しかし明かさないままだと降りるまでずっと急かされて気が気でない状態になってしまうかもしれない。伊織は覚悟を決めると口を開いた。
「ゆ、遊園地デートの定番なんだ、観覧車って。大抵は最後に乗るけど」
「む……!」
「密室だし、ゆっくり過ごせるし、誰にも邪魔されないし、雰囲気は良いし……」
「そ、それはたしかに、うってつけであるな。……」
ヨルシャミの言葉が途切れたため、伊織がちらりとそちらを見ると彼の耳がほんのり赤く染まっていた。互いに咳払いをして外の景色を眺める。
結局気が気でない状態になってしまい、後の祭りとはこういうことを言うんだなと伊織は思い知ったのだった。
***
バルド、静夏、ミュゲイラの三人はミラーハウスへと赴いていた。
ミラーハウスは上下左右すべてが鏡張りになったアトラクションだ。
そのため周囲は合わせ鏡も真っ青な状態になっており、無限とも思えるほど先まで三人でいっぱいになっている。
この世界の鏡は魔法を活かして研磨されており前世のものと遜色ないクオリティだが、このミラーハウスに使用されている鏡は更に鮮明だった。
「まだ確定したわけじゃないが……ナレッジメカニクスの技術を無駄遣いしてる感じがビシバシするなぁ」
「だが高い技術力を活かすならこういった方面のほうがありがたい」
兵器やよからぬ実験には活かしてほしくないな、と言いながら静夏は足を進める。
内部は迷路のようだが単純な構造で、罠のようなものも見当たらず難なく抜けることができそうだった。
しかしある瞬間に引き攣った声を上げたミュゲイラが足を止め、なにかあったのかとバルドが不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「も、物珍しくて自分ばっかし見てたけど、これ……どの方向を見ても姉御だらけじゃんか……!」
「!!」
バルドも同じような声を上げて足を止めた。
東西南北天地すべてに静夏が映っており、鍛え抜かれた筋肉による彫刻のような肉体美が様々な角度から堪能できる空間になっている。
そんなことに気がついたが最後、静夏に心寄せるふたりは平常心ではいられない。
「なんてことに気づかせてくれたんだよ……!」
「仕方ないだろ!?」
「あとこれ、一緒に映る自分が邪魔だな!」
「それは同意する!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいると先頭を歩いていた静夏が「どうした? なにかあったか?」と振り返った。
その仕草ひとつで多方向から筋肉美を浴びたふたりは「ぎゃあー!」と情けない声を上げて膝から崩れ落ちる。
これには静夏のほうがぎょっとした顔をして駆け寄った。
が、更に間近で姿を見ることになり、ふたりの状態は見事に悪化する。
「す、すまない、静夏、ちょっと如何ともし難い理由で立てなくなって……」
「姉御は、姉御は悪くねぇんです……!」
「もしや酔ったのか? 鏡ばかりの空間は頭が混乱する、仕方あるまい」
ふたりを労わりながら静夏はむんずっとバルドとミュゲイラの腰を抱えると自らの両肩に乗せて歩き始めた。
突然のことに目を点にしているふたりに静夏は優しく声をかける。
「大丈夫だ、私が担いで移動しよう」
全方向に静夏――そして、静夏に担がれたバルドとミュゲイラの姿が映り込む。
それはじつに情けない姿だった。
そのままのっしのっしと進むこと十分、出口に辿り着いた静夏はふたりを地面に降ろして「内部に不審な点はなかったな。屋根も見てくるが……ふたりはここで休んでいてくれ」と言うなり天高くジャンプする。
静夏が視界から消えたところでミュゲイラがぽつりと言った。
「ある意味オバケ屋敷より消耗した気がする……」
「目の保養と目の毒を同時に受けたな」
ふたりとしてはリードするとまではいかずとも頼れるところを見せたかったが、結果は十分間耐久☆想い人に担がれる情けない自分の姿見放題である。
まるで米俵になった気分だった。米俵そのものが頼もしく見えるのは食事に関わる時だけだろう。
ミラーハウスのポテンシャルはオバケ屋敷と同等だ。
そう確認したバルドは突如ハッとするなり頭をブンブンと振り始め、ミュゲイラが半歩引きながら目を剥く。大通りでおもむろにライブパフォーマンスを行なうような奇行である。
「なんだ!? マジでなにしてんだ!?」
「保養と毒を頭の中で分離させて保養のほうだけ残してる!」
「!! そういうことか! あたしもする!! ウオオオーッ!!」
「……? ふたりともどうしたんだ、遊園地の中にライブ会場があったのか?」
ズドンッ! と着地した静夏が見た光景は人によってはオバケ屋敷よりも恐ろしいものだったが、静夏は首を傾げるだけでさらりと流したのだった。
なお、この後に「なにか物音がした」と予定のなかった第二のオバケ屋敷にまで入ることになったものの、結局その物音は静夏曰く「特に問題はなかった」そうだ。
その際に細部を調べようと天井に張り付いていた静夏に仰天したバルドとミュゲイラが非常口から転がり出るように脱出、とんでもない『情けない姿』の上塗りをしたが――この先それを口外することはなく、ふたりだけの秘密になったという。





