【番外編】ベンジャミルタの家族旅行 後編(ベンジャミルタ&リオニャ&ミドラ&タルハなど) 【★】
タルハがサイドチェストをキメている。
観劇が終わってからずっとこうだ。
どうやら気に入ったらしく、さながらヒーローの真似をする幼児のようだった。
最終的には劇中にあった筋肉の神が主人公を肩に担ぐシーンを再現したがり、父の肩まで翼を使い飛んだものの、その際にドラゴニュートの頑丈な翼が後頭部に直撃してベンジャミルタはちょっとそれどころではなくなった。
現在はリオニャが肩に乗せてしっかりと支えている。
その状態でのサイドチェストだった。
ふたりともこのまま一時間以上経過しているのだからさすがである。
「メリーシャへの土産はやっぱり食べ物がいいんじゃないか?」
「ミドラさん、それならあのお店はどうでしょう。ドライフルーツ専門店らしいですよ。より取り見取りです!」
「おお、それは良……四十五種類もあるのか!?」
「品揃え豊富ですね~」
ドライフルーツ専門店にはレプターラにもあるポピュラーな果物から早々お目にかかれないものまで多種多様なフルーツを使った商品が所狭しと並んでいた。
どうやらベレリヤの末姫のお墨付きなのか、店の宣伝ポスターにもなっている。
日持ちするものとしないものを両方買って長く楽しんでもらおう、とリオニャとミドラは盛り上がった。
その様子を眺めながらベンジャミルタは欠伸をかみ殺す。
退屈なのではない。レプターラとベレリヤでは時差があるため眠いのだ。
(転移魔法をよく使ってた頃は慣れっこだったけど、ここまで時差があるのは久しぶりだから堪えるなぁ)
リオニャとタルハはドラゴニュートの頑丈さがこんなところでも出ているのか元気である。
ミドラは夜間の行動に慣れているのか、多少は眠そうだがすぐに瞼がくっつきそうになるベンジャミルタほどではない。
そんな元気な三人がベンジャミルタを振り返る。
「ベンジャミルタさん~、メルカッツェさんにもメリーシャ先輩とは別の味を買って、後で分けっこできるようにするのはどう――あれ? 眠いんですか?」
「ああ、うん、時差でちょっとね」
「あぁ、なるほど……! なら私たちはあそこでお買い物してくるんで、そこのベンチで休んでてください」
さすがにベンチで熟睡するわけにはいかないが、立っていてふらつくよりはいいだろうとベンジャミルタは頷く。単独行動をして万一よからぬ考えを持つ人物に要人として攫われても、ベンジャミルタなら転移魔法で悠々と帰ってこられるだろう。
ただ寝入ってしまう不安が拭いきれなかったため、ベンジャミルタはタルハの子守りを買って出た。
「待ってる間タルハを預かるよ、ゆっくりしておいで」
「! ありがとうございます~!」
「なにかあったらすぐ呼んでくれ、ベンジャミルタ」
リオニャに手を振りつつミドラに頷き、ベンジャミルタは地面に下ろされたタルハの手を引く。
ベンチに腰掛けるとタルハも隣に飛び乗った。
「タルハは疲れてないか?」
「だいじょうぶ」
「さすがリオニャさんの子だ」
「パパはねむい?」
すっごいねむい、とベンジャミルタは苦笑する。
「でも寝ちゃうのがもったいないんだ。……ベレリヤには何度となく来たことがあるけれど、君たちと来るとまた違った見え方がして楽しいんだよ」
「……? ぼくもたのしい」
「あはは、それはよかった! 俺も二倍楽しくなるってもんだ」
タルハの小さな角を避けつつわしゃわしゃと頭を撫で、ベンジャミルタは大きく伸びをした。
行き交う人々には人間が多かったが、それは国民の人口を占める割合の問題だ。
人間は出生率が高いため短命でも常に人口が多いのだ。かつてのレプターラのように人間以外を冷遇しているからではない。
そして大勢の人間に紛れるようにしてフォレストエルフなど異種族の姿が見える。
種族特徴を意識して隠すことなく自由に行き来し、そして誰もそれを咎めない。
(うちも最近じゃ近い雰囲気になってきたけど……やっぱりまだまだベレリヤには及ばないな)
レプターラにはどうしても人間側、異種族側の両方に隔たりが残っていた。
だがそれを緩和することがベンジャミルタたちの仕事だ。
悲観せずに学べるところはとことん学び、そしていつかベレリヤに追いつけるように成長するぞ――と、そう考えていたベンジャミルタは通行人を見ながら小さく「おお」と声を漏らす。
(普通のベルクエルフまで歩いてる。……閉鎖的な種族だったのに観光目的でここまで出てくるようになったのか)
レプターラの異種族差別ほどではないが、ベレリヤにも異種族と人間の間で諍いが起こることがある。
ベルクエルフはその最たる例だ。土地により差はあるものの、人里離れた山に住む排他的な文化により人間が領地内に入ることを長年嫌っていた。
現在レプターラで協力してくれているナスカテスラやエトナリカ、そしてステラリカもベルクエルフだが、彼らは同族から変わり者扱いされていたという。
「……なるほど、ベレリヤも成長してるってことか。負けてられないなぁ」
「? せいちょう?」
「もっと頑張らないといけないねって話だよ」
「パパ、もうがんばってる」
そうタルハは父親をヨシヨシと撫でようとし、しかし手が届かずに肩を撫でる。
褒められたベンジャミルタは眠気も忘れて笑みを浮かべた。
***
初日は王宮で一泊し、翌日はリオニャの「ベレリヤの宿がどんな感じか気になります~!」という希望からラキノヴァのごく一般的な宿で一泊した。
ちなみに身分は伏せてある。
その間に転移魔法でベレリヤの海に赴いてはしゃぎながら遊び、妻の水着による眼福さを味わうも――フナムシに驚いたリオニャが僅かな間ながら海を割ってしまい、ベンジャミルタは大いに慌てた。
他の客や船の姿はなかったものの、他国の海の生態系を狂わせたとあっては大問題である。
しかし入念にチェックした結果、特に異常はなかったためベンジャミルタは尻もちをつくほど安堵した。
転移魔法のクールタイムの終了を待ち、ララコアの温泉にも浸かりに行ったが――生まれてからずっと暑い国にいたリオニャ、ミドラ、そしてタルハは極寒の地に大変驚いていた。
それでも寒さに震えて身動きが取れなくなるようなことはなかった、というよりも寒い国には何度か訪れたことがあるベンジャミルタのほうがくしゃみをしていたのだから何事も油断大敵である。
その後、かつて世話になった人々に挨拶へ行こうか迷ったが「事前に連絡も入れていないし、それはまた別の機会にしようか」ということになった。
ベレリヤへ来るのはこれっきりというわけではないのだ。
そうして時間は流れ――滞在最終日になり、リオニャたちは再びアイズザーラの元へと赴いていた。
「いやあ、もう帰るんか。もっと滞在してもええんやで、一週間とか半月とか」
「そうしたいのは山々なんですけどォ~……お仕事が山ほど溜まってると思うんですよね……」
「それはしんどいな……」
身に覚えがあるのかアイズザーラは遠い目をし、そして「滋養に良い果物を何種か見繕ったから土産にしい」と差し出す。
押し車に乗せられたそれを片手で受け取ったリオニャは頭を下げてお礼を伝えた。
アイズザーラはにっこりと笑みを浮かべる。
その表情は偉大な王というよりも好々爺そのものだった。
「ウチの三男坊が厳選したんや、あいつの目は確かやから期待しとってや」
「はいっ、帰ったらみんなで分けっこさせてもらいます~!」
最後まで緊張感なかったなぁ、とベンジャミルタはその光景を眺めながら笑った。
「ミドラもお疲れさま、リオニャさんが大分パワフルだったけど疲れは大丈夫か?」
「問題ない、が……楽しくて麻痺しているだけかもしれないな」
帰ったら突然倒れるかもしれない、と冗談めかして言うミドラに「そういうのはシャリエトだけにしてくれよ」とベンジャミルタは肩を竦めた。
そしてアイズザーラに視線を移す。
「楽しい時間をありがとう。レプターラがもう少し落ち着いたら、こちらにも観光に来てくれるかい?」
「もちろんや! 儂はなかなか王都を離れられへんけど、お前の転移魔法やったらあっちゅう間やしな。それに息子に王位を譲ったら行き放題やで」
そう笑いながらアイズザーラは呵々大笑した。
やはりベンジャミルタの知る『王族』とはかなりかけ離れているが、そういうところが気持ちの良い人物だなと再確認するのにそう時間はかからなかった。
***
斯くしてベレリヤの観光旅行を終え、レプターラへと帰還した四人は早速溜まっていた仕事の処理に取り掛かったが――ベンジャミルタたちがいなくてもなんとかなる仕事は各所に割り振られ、処理すべき仕事は最小限しか残っていなかった。
有事の際に集められ、不測の事態に慣れた有能な人材はこういう時にものを言うらしい。
その僅かな仕事を終え、逆に予定よりもだいぶ増えた土産を配り終えた後、リオニャとベンジャミルタは自室のベッドに座って羽を伸ばしていた。
「頂いた果物もすっごく美味しくて最高でしたね! 明日メリーシャ先輩がパフェにしてくれるそうなので今から楽しみです~!」
「あはは、沢山あるから数日は楽しめそうだ。こうして持ち帰ったもので皆が笑顔になると嬉し……、……」
「どうしました?」
ベンジャミルタは口元に笑みを浮かべると頬を掻いた。
「いや、その……旅行してリオニャさんたちに『未来の目標である国』を直に見てもらうことが俺の目的だったわけだけど、そんなベレリヤを見てもらってから、そこで各々好きなものを持ち帰ってほしかったんだなって今気づいてさ」
「好きなもの……」
「物でも記憶でもね」
ただ現地に行くだけでなく、そして見るだけでもなく。
現地に赴いて自分の目で選んで買ったり、人々と交流して貰った物を自国へ持ち帰ったり、大切な者と分け合ったり、己の記憶に強く刻むこと。
それをしてほしかった。
そして自分もしたかったのだとベンジャミルタは手元を見て言う。
「それは、きっといつか俺たちの国を豊かにするものだろうから」
「……ですね!」
リオニャはにっこりと笑うと頷いた。
彼女は他者を遠慮なく手本とし、そして手本とするために自分の未熟さを認められる王だ。きっと今回持ち帰ったものも活かしてくれるだろう、とベンジャミルタは自然と思う。
そんな気持ちを胸に微笑んでいると、夫婦の間に凄まじい風が吹いた。
――否、二回ほどの羽ばたきで部屋の中を突っ切ったタルハである。
タルハはアクロバティックに飛行すると部屋の中で一回転し、自分のベッドの上に着地して見事なフロントダブルバイセップスを見せた。
普段から表情に乏しいためわかりにくいが、身内から見ればじつに得意げな表情である。
「あー……うん、タルハは凄いのを持ち帰ってきたみたいだ」
息子にも学びがあることを願ってはいたが、予想外のものを学んだようだ。そう頬を掻くとリオニャがくすくすと笑い、そのままふたりで笑い合った。
ベンジャミルタは手を叩いて立ち上がる。
「よーし、タルハ! パパのところにおいで!」
これからも沢山の素晴らしい学びがあることを祈り、見事に聖女マッシヴ様にも劣らぬフロントダブルバイセップスをできたお祝いとして肩車をしてあげよう。
ベンジャミルタは笑顔で両腕を広げると我が子を呼び――今度は額に翼が命中して、部屋の端まで見事な吹っ飛びっぷりを披露したのだった。
リオニャ、タルハ(絵:縁代まと)
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