【番外編】あなたへ贈る靴(静夏&バルド)
※2022/02/19に投稿した番外編を番外編章に移動させたものです
移動に際して少し加筆修正しています
作中の時期:八章にて王都に滞在していた頃(ゴーストスライム騒動後)
出演キャラ:バルドと静夏
■簡単なあらすじ:
長年履き続けていた靴を壊した静夏。
バルドはそんな彼女にオーダーメイドの靴をプレゼントしようと考えますが……?
Twitterにてお題アンケートを取った際の『靴を履かせる』を使わせて頂きました。
ありがとうございます!
聖女マッシヴ様こと、藤石静夏の肉体は鋼のように丈夫だ。
しかしその丈夫さは服飾には及ばず、靴も例に漏れず長旅の過酷さと時間の経過により劣化している。
旅に出た頃より明らかにボロボロになった靴に気がついたのは伊織だった。
大丈夫なのかそれ? と問われた静夏は頬を掻きながら答える。
「特注で作ったものだが、やはり強度に難ありのようだ」
特注。
体のサイズだけでなく靴のサイズまで大きい静夏は、やはり市販の靴を見ても履けるものがなかなかないという。
そんなふたりの会話をそばで聞いていた時は「大変なんだなぁ」と思っただけだったが――王都の散策中にとある靴屋を見つけたバルドは唸りながら思案していた。
(靴のオーダーメイド受け付け中か……)
静夏に靴を贈ってみたい。
思えば好意を向けていても旅をするには嵩張るからとプレゼントをしたことはなかった。しかし靴なら実用的で良いかもしれない。そうバルドは悩む。
だが悩むべきポイントは他にもあった。
(突然のプレゼントはまぁいいとして、そこで靴をチョイスするとか……こう……気持ち的に重くないか? いやまぁ今更そこに悩むのもおかしな話だけどさ)
静夏に向ける気持ちの重さを配慮するのなら、もっと初めから気にするべきところがいっぱいだ。
ここにミュゲイラがいれば彼女でさえ同意しただろう。
バルドはひょいと店内を覗く。
少し年季の入ったガラス越しに見る店内は薄暗かったが、それが落ち着いた雰囲気を漂わせていた。棚には様々な靴がずらりと並んでいるのが見える。その奥にカウンターがあるようだった。
靴に興味が薄くても魅力的な光景だ。
(まあ……きっと静夏なら喜んでくれるし、あとは俺が贈りたいか贈りたくないかだよな。で、贈りたい。OK、シンプルだ)
うんうんと自分で頷き、店の中へと足を踏み入れたバルドは店長に気さくに声をかけた。
***
どれほど王都に滞在するかはわからないが、伊織やヨルシャミたちの訓練状況を見るにまだ時間がありそうだ。
店長の説明によると、フルオーダーではなくセミオーダーなら二週間から三週間ほどで完成するらしい。早いなとバルドは感心する。
こだわりたいところだが足の採寸から微調整まで行なう方式だと流石に時間がかかりすぎてしまうため、バルドはセミオーダーで注文することにした。
(それにアレ! アレやってみたいんだよな、サプライズ!)
重いかも、と心配していたのと同じ頭で考えるには大変軽率な事柄だったが、もし気に入ってもらえなければ今度こそ本人を引っ張ってきて自由に選んでもらおう、とバルドはトライアル&エラー精神で考える。
そうしてバルドは店長に作りたい靴のイメージを伝えた。
「材質は一番丈夫なやつで頼みたいんだ」
「ならクオロッカですね」
「……クオッカではなく?」
バルドが思わず首を傾げると、今度は店主が上手く想像できなかったようで「クオッカ?」と首を傾げ返した。
店長から見せられた図鑑の絵は大きなカンガルーのような生き物で、別大陸から輸入している伸縮性に富んだ丈夫な皮が採れるのだという。
そういやカンガルーの皮って丈夫だったな、とまた断片的に前世の知識を思い出したバルドは「じゃあれそれで!」と頷く。
「履くのは旅人さんでしょう? この皮ならある程度は伸び縮みするので、紐のないデザインがオススメですね」
「解けたら危ないし、結び直す作業がネックになることもあるもんな」
「ええ。各パーツで選べるお色はこの中から指定してください、あとサイズは如何しましょう。ご本人様には伏せておくんでしたね?」
店主には初めにある程度の事情を説明しておいた。
こまめに調整はできないが、サイズさえわかれば大体の目星はつくという。
そんな足のサイズを問われたバルドは「そうそう、サイズだよな」と首を縦に振ってから――「あ!」と目を丸くした。
「肝心なサイズを調べてなかった……!」
「おやおや」
いくら目星がつくといっても大体のサイズは必要だろう。
バルドは慌てて立ち上がる。
「ちょっとそれとなく探りを入れてくる。ごめんな、前金も払うから少し待っててくれないか」
「今は納期に余裕のある注文品を少しずつ作っている最中なんで、情報が揃ってから改めてオーダーする形でも大丈夫ですよ」
「店長……!」
相談だけでも時間を取らせたというのに店主は笑顔で「お金もその時に」と笑う。
ありがとう、と礼を言ってバルドは店の外へと駆け出した。
***
指輪のように眠っているところを採寸――というのは難しいだろう。
雑魚寝の時ならともかく、今は王宮内に個室を与えられているため難度が高い。
深夜に部屋に忍び込んで足のサイズを測っているところを見られたら家族会議ならぬパーティー会議案件だ。しかも下手をすると捕まる。
本人にそれとなく問うのもさすがに「静夏って足のサイズいくつなんだ?」などと日常会話のように問うのは難しいことだった。不自然すぎる。
(なら、さり気なく近づけた俺の足を定規代わりにしてみるか、と思ったが……)
なんと、静夏は朝から魔獣の討伐に出ており王宮にいないのだという。
日を改めるのもいいが、納期の件もある上、バルドとしてはあの人の好い店主をあまり待たせたくない。このままではいたずらに時間を食わせた冷やかし同然だ。
(ヨルシャミに魔法でなんとかなんないか聞いてみるか? いや、でもあいつらも忙しそうだもんな~……)
邪魔をしたくないというのも本音である。
静夏大好きエルフであるミュゲイラや母想いな伊織に訊ねる手もあったが、ミュゲイラも静夏に同行しており不在、伊織もヨルシャミ同様に忙しそうな上、今はニルヴァーレが憑依しており話しかけづらい。
伊織だと思ってプライベートな相談をしたら、実はニルヴァーレでした!
などという酷い事故も起きかねないスリリングさがあった。
今回の相談内容ならダメージは少ないが、バルドはまだ彼にそんな話をできるほど信頼はしていない。記憶を断片的に取り戻す前なら楽観的に構えて訊ねたかもしれないが、それだけ楽観的なら静夏に直接訊いている気がする。
――その結果。
バルドはサイズを測るのに活かせるものはないかと再び王都の市場を訪れていた。
ゴーストスライム騒ぎがあった付近だが、今はもう賑わいを取り戻している。
人間は強かだなと思いながら店を見て回るも、残念なことに収穫は無し。
否、美味しい定食屋は見つけた。今度サルサムでも誘ってみるか、と考えながら店を出て歩いていると――バルドは人々がたむろしている場所を見つけて足を止める。
ラキノヴァの各所ではまだ補修工事が行なわれており、ここもその類かと思ったが雰囲気が違っていた。妙な活気がある。
なにやらキラキラとした飾りつけが見え、周囲には出店が作られ、何名かの神父がボディビルダーの如きポーズを取って祈っている。
「……」
そう、神父がボディビルダーの如きポーズを取って祈っている。
地方よりは過度ではないが、ラキノヴァにも筋肉信仰は根付いているため、恐らくこれはなにかの儀式だ。雰囲気としては地鎮祭に似ていた。
だが『厳か』というより『厳つい』絵面になっている。
「い、一体なんだ?」
思わず近寄ったバルドは野次馬の間から様子を窺い――
「あっ!」
――あるものを見つけて目を輝かせた。
***
「大雑把だけどこれでも大丈夫か? 足そのものじゃなくて靴のサイズなんだが」
再び靴屋を訪れたバルドはサイズの書かれたメモを店主に手渡す。
店主は「大丈夫ですよ」と笑みを見せた。
「しかし早かったですね、ご本人に内緒で上手く調べられたんですか?」
「ああ、それがスゲーうってつけなものがあってさ」
「うってつけ?」
「そう。でも内緒だ」
バルドはにやりと笑う。
そう、あの儀式場のような――否、もはや儀式場と化した場所で見つけたのは、石畳にくっきりと残った静夏の足跡だったのである。
静夏は重たいパンチを繰り出す際や、目にも留まらぬほど素早く動く際に全体重を踏み込んだ足にかけることがある。
それにより石畳が落ち窪んだわけだ。
そんな足跡を筋肉信仰に厚い者や、騒動の渦中で聖女マッシヴ様に助けられた者たちが見つけ、信仰対象として祀っていたのである。
復興の一環としての町興しにしたいという目的もあるかもしれないが、理由の大半が信仰心だと思うと筋肉信仰恐るべしと思わずにはいられない。
あの場でバルドは自分が聖女一行のひとりだと明かした。
そして「その足跡を調べる必要があるんだ」と集まった人々を説得してどいてもらい、調べるふりをしてサイズを測ったのである。嘘は言っていない。
(静夏は多分あの足跡に気づいてないんだろうなぁ……)
もし気づいていれば石畳を壊したことを謝罪し、直す手伝いをしていただろう。
しかし、あれはそのままのほうが街のためになりそうだ。
本人が自主的に気づくまでは黙っておくか、と考えていると店主のぎょっとした声が聞こえた。
「サイズを拝見しましたが、これはこれは……なんと大きな……」
「俺も数字で見たら改めてびっくりした」
「ええと、事前に聞いた話ですと贈る相手は女性、なんですよね?」
おずおずと再確認する店主にバルドは満面の笑みを浮かべて頷き、グッと親指を立てて言った。
「ああ、体だけでなく器もデカい良い女だ!」
***
――二週間後。
いくつめかの討伐先から戻った静夏はバルドに声を掛けられて足を止めた。
夕食後に話があると聞いた静夏は敷地内の庭園で落ち合うことにし、約束通りそこへ訪れるとバルドが笑みを浮かべて静夏を出迎えた。
(ふむ、近頃元気がないように見えたが……)
今日は顔色が良く、調子も良いらしい。
そう静夏が安堵しながら近づくと、バルドは両手で大きな箱を持ち上げてみせた。
まるでケーキが入っているような一抱えもある箱だ。しかし勢いよく持ち上げた様子からケーキではない。なら一体なんだろう、と静夏は想像を巡らせる。
「シチュエーションとか色々考えたんだけどさ、討伐から帰ってきたところだろ? なら早く休んでほしいし……ここでバッと出してサッと渡すことにしたんだ」
「バッと出してサッと渡す、……む? ということは、それは私にか」
そういうこと、とバルドはうんうんと頷く。
「道中に色々あったし、今も討伐で色んな場所に出向いてるだろ。足を酷使してる。それで……伊織も言ってたが、静夏の靴がボロボロになってるのが気になってな」
「つまり――」
「これ、靴なんだ。丈夫で軽い皮を使ってもらった」
バルドは静夏に見える形で箱を開ける。
中に収まっていたのは茶系の靴で、踏ん張った際に窮屈にならないよう爪先の広いデザインになっていた。踵の脇にはセミオーダーした店の焼き印が入っている。
バルドは照れ隠しなのか少し早口で説明を続けた。
「サイズが正確じゃない可能性もあるけど、その、ある程度は伸びるから大丈夫だと思う。けど深刻な靴擦れとかするようなら完成後でも微調整できるかもしれないって店長が言ってた。だから遠慮なく教えてくれ」
「これをわざわざ……ありがとう、バルド」
「お、おう」
赤くなるバルドを見て静夏は微笑み、しげしげと靴を眺める。
静夏は前世で靴を貰ったことがない。
沢山出掛けて靴が傷むというようなことがなく、数足で十分に賄えていたからだ。
そもそも周囲の人間が気を遣って贈り物にチョイスしていなかった、そんな気がする。なにせ貰っても自由に出歩けないことのほうが多い体だったのだ。
静夏はそれをじっと見つめた後、バルドに言った。
「バルドよ。これを履かせてはくれまいか」
「へ!?」
「……昔テレビで見てな、少し憧れていたんだ」
病室で見たドラマの一場面で、主人公が靴を履かせてもらうシチュエーションが映っていた。それを見て「良いなぁ」と思ったことをふと思い出したのである。
つまり下心もなにもない。
バルドもそうわかってはいたが、無意識にジタバタと奇妙な動きをした後「し、静夏がいいなら! ぜひ!」と首が心配になるほど頷いた。
静夏は庭園に備え付けられたベンチへと腰を下ろす。
庭園によく静夏の母、ミリエルダが休憩に訪れるため作られたものだ。
突如聖女マッシヴ様の体重を支えることになったベンチはミシミシと軋んでいたが、さすが王宮のベンチ。なんとか持ち堪えている。
静夏がスッと……否、ズンッと足を差し出すと、バルドは深呼吸をしてから靴を履かせた。
――ぴったりだ。
片側だけでもわかる履き心地の良さに静夏は驚きの声を漏らした。
「今までの靴とは大違いだ。ここまで変わるとは……」
「戦闘や移動には差し支えなさそうか?」
「少し動き回って確かめてみよう」
もう片方の足にも靴を履かせてもらい、静夏はどこか満足げな表情で庭園を歩き回ると――突如「フンッ!」という掛け声と共にジャンプして夜空に消えた。
完全に消えた。
「……」
バルドはそれを見送り、数秒経ったところで星々をバックに落ちてきた静夏を出迎える。
ずずんと揺れた地面。
ある意味、その地面と静夏の足に挟まれた靴。
しかし靴は持ち堪えた。ベンチ並みのファイトである。
「ふむ、いい具合だ」
「良かった! へへ、大丈夫そうなら使ってくれ。俺からの贈り物だ」
「改めてありがとう。バルドよ、今度私からもお返しを――」
いや、とバルドは首を横に振った。
「俺が勝手に贈ったものだしさ、お返しとかはいいんだ」
「だが」
「それに、なんていうか……」
バルドは先ほどまで目にしていた新しい靴を履いて歩き、特大のジャンプまでしてみせた静夏の姿を思い返す。
それはいわば『元気』の塊、むしろ化身のようだった。
その姿をこの目で見れたことが嬉しいのだ。
「……俺の贈った靴を履いて、静夏が元気に歩き回ってる。それだけで十分すぎるほどのお返しをもらった気分なんだよ」
そう言ったバルドは普段の彼よりだいぶ大人しく、そして落ち着いて見えた。
まるで別人のようだが馴染むのは何故だろうか。
そう感じつつ静夏はゆっくりと口を開く。
「それは……なんとも無欲だ」
「だろ?」
でも「これからもその靴を履き続けてくれよ」っていう結構厚かましいこと言ってるんだぞ、と。
そうニッと笑って言ったバルドは、すでにいつもの彼に戻っていた。
静夏は己の足元を見下ろし、今は自由に世界を歩き回れる足を包む靴を見つめる。
――そしてバルドに笑みを返した。
「ああ、これからも履き続けよう」
目の前の仲間のように、長い旅を共にするものとして。





