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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1073話 伊織を見る目、言葉を聞く耳

「――僕は、この世界が死ぬ時は安らかな顔で死んでほしいと思っています」


 伊織は手すりを強く掴んで言う。

 ずっと目指してきた目標は世界の死の回避ではない。

 世界がより安らかな死に方をできる道を見つけることだ。


 そう改めて言い重ねながら伊織は人々の顔を順に見ていく。


「救世主なら死の回避を目指せと言われるかもしれません。けれど我々には想像もつかないほど先とはいえ、この世界にも終わりはあります。それが世界にとって安らかなものであってほしいんです」


 あまりにも先のことであるため、世界の危機を公表した際は伊織たちに同調しない国も多かった。

 自分の目で確かめられることではないのだから当たり前だと伊織も思う。

 しかしあれから経過した歳月の中、伊織は世界行脚やその後の日々で『藤石伊織』という個人として各地で人を救い、信頼を得てきた。


 そうして徐々に「本当のことはわからないが、伊織という個人のことなら信じられる」という者が増えたのだ。


 中には権力者もおり、その働きかけもあって少しずつ全世界の意見が纏まった。

 魔獣が減ったことで各国に余裕が出てきたのも大きいだろう。

 もちろん、未だに非協力的であったり無言を貫いている国も存在するが、その数は数年前より明らかに少ない。

 伊織は非協力的な国でも自分たちの邪魔をしない限り、共に歩めなくても同じ未来に辿り着くことを是としている仲間だと感じていた。


 そんな仲間たち全員に届くように言う。


「今後どれだけの年月を要するか予想すらできませんが、――足掻き続ければ結果は出るとわかりました。世界に酷い死なせ方をさせずに済むんです。どうか、これからも共に頑張って頂けませんか」


 そうして深く深く下げられた頭にカメラが向く。

 その姿に広場に集まっていた人々はしばしの間ざわめいた。


 困惑の声ではない。

 具体的に現状を理解した上で情報交換や疑問などによる意見を交わしているのだ。

 ベレリヤ、特にラキノヴァの住民は常に新しい情報に触れており、伊織の言葉を理解する土壌ができていた。

 そんな人々を見て伊織は口を開く。


「僕からのお願いは以上です。なにか質問はありますか」


 救世主に直接問える機会だ。

 突然舞い込んできたチャンスに人々は先ほどまでとは異なるざわめきに包まれる。


 質問については事前に伊織がヨルシャミやアイズザーラたちと相談して決めたことだった。伏せている情報も多く、人々が気になっている事柄が多数あるだろうと予想してのことだ。

 そして、どんな疑問を抱いているか伊織たちはすでに予想していた。


 我先にと口を開きかけた人々の中から、特に大きな声で先陣を切ったのはどこにでもいそうな普通の男性だった。


「せ――世界をまるで生き物のように語っているのがいつも不思議でした。まさか世界に意思があるのですか?」

「あります。世界の意思は、つまりは世界の神の意思です」

「世界の神……存在する、んですか……」


 伊織は世界の未来については公表したが、世界の神の存在については明言してこなかった。

 ミッケルバードの大戦に参加した主要な国の指導者には知らされているが、それも時が来るまでは伏せていてほしいとアイズザーラたちから頼まれている。

 個人が『世界の神はいる』と言うだけならさほど影響はないが、国が同じことを言うと影響が個人の時とは比較にならないからこそだ。


 今こそ時が来た。

 そして伊織には話したいことがある。


 この場から一歩も動いていないというのに、前進したかのような感覚を感じながら伊織は言葉を紡ぐ。


「世界の神は生き永らえたかった。腐って死ぬような終わり方をしたくなかった。だから僕ら救世主と呼ばれる人間の魂を別の世界から招き入れて、世界の穴を閉じさせようと考えたんです」

「救世主は別世界の魂なんですか? それは召喚魔法とは……」

「召喚魔法とは異なりますね。実際にこちらで肉体を与えて、しかも高い能力をひとつ付与できるので」


 ノーリスクではないが、これこそが世界の神が『神』である証左とも言える。


 広場には魔導師もいるのか専門的な会話が飛び交っていた。

 放っておけばその会話が静まるのは何時間も先になるだろう。

 伊織はそんな会話にしおりを差し込むように言う。


「そして、僕らの前の故郷はこの世界の兄弟姉妹です。――それが先に死んで腐ってしまったせいで、膿が広がりこの世界を侵していました」

「……!」


 魔獣の正体ははっきりとは言わない。

 今まで通り敵意を向けられるならいいが、万が一魔獣を憐れんで攻撃の手が止まる者がいれば惨事が起こるかもしれないからだ。

 そして被害者も魔獣を恨みづらくなり、気持ちの置き場に迷ってしまう。


 伊織は知りたいと希望していない者に、そんなものを背負わせたくはなかった。


 そう心を砕くなら世界の危機の元凶についても触れないほうが良かったのだろう。

 しかし伊織はこの後に伝えたいことがあった。

 そのために必要な前置きである。


 己が転生者だと明言することもその一部だった。

 そのほうがこれから伝えることを受け入れられやすい土壌を作れると考え、静夏と話し合った結果だ。


 ニルヴァーレの言った通り、神聖視されることで動きやすくなる。

 それを最大限まで活かすなら、デメリットがあっても『本当に存在した世界の神が手づから作り出した肉体に別世界から呼び寄せた魂を入れた者』という肩書きは明かしたほうがいい。

 自分を神格化することで先導力を勢いづけることができる。

 そう伊織は判断したのである。


 世界のこと、世界の兄弟姉妹のこと、兄弟姉妹が侵略の原因となったこと、そうなった経緯を話し終えた伊織は自分に向けられた数多の目と耳に怖気づくことなく言い放った。


「じつは、この報告の場を設けることになってから実際に会いに行きました」

「せ、世界の神に?」

「イオリ様は自力で会いに行けるのですか?」


 飛び交う疑問に伊織は頷くことで答える。


 前にフジに話した理由とは異なるが、彼に会いに行くために再び夢路魔法の世界から潜って赤黒い空間へと戻った。

 今の伊織にはそれだけの実力が付いており、あの時に帰り道で感じていた不安は影も形もなかった。

 そこで再び相まみえたフジに未来について先に報告したのである。


 フジは大層喜び、そして「まあ未来については自分ではハッキリとは見えなくっても、不明瞭になったな~くらいはわかるけどね!」と言って伊織をズッコケさせた。

 とはいえオルバートやシュリの件を自分の口から報告することもできたため、マイナスにはなっていない。

 加えてフジは伊織のことを見抜いているように言ったのだ。


「私に直接会いにきた理由は、それだけじゃないんだろう?」


 問いに答えた時のことを思い返し、伊織は報告者から神託者の顔に切り替える。

 そして――フジに頼み込んだ願いと、その結果を世界の人々にも伝えるべく口を開いた。

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