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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1072話 心配した後は……

 伊織の声が朗々と響く。

 それは本人のいない場所にも届き、今現在わかっている未来についての情報がひとつひとつ語られていった。


「――高精度の予知魔法で確認した未来はいつも酷いものでした。ご存知の人も多いと思いますが、有機物も無機物も関係ない世界のありとあらゆるものが腐って死んでいく未来です」


 シェミリザが何度も何度も目にし、初めて心から愛してくれた存在が苦しみながらじわじわと死んでいく様子を見せつけられた未来だ。


 どんな物質でもお構いなしに腐り落ち、人類だけでなく生き物はすべて命を失う。

 そして死んだ後も魂がそのまま放置され、汚れ、最後には消滅してしまうだろう。

 なぜなら腐るほど病んだ世界の輪廻の輪はすでに正常に機能していないからだ。悪化する速度は伊織たちの故郷より早いため、惨状はあちらよりも更に酷い。

 静かな自然死と苛烈な病死という大きな差だった。


 しかしすぐには死ねないフジは長い時間、意識を保ったまま内臓が駄目になっていくような目に遭う。

 健やかな死とは正反対の結末である。


 だからこそシェミリザは回避不可能なら早いうちに殺してあげようと考えた。

 それしか選択肢がなかった。


 伊織はそんなシェミリザの気持ちが昔よりよくわかる。

 もしヨルシャミが死ぬに死ねない状態で延々と苦しみながら何百年と生きることになったなら――悩んで悩んで悩み抜いて、最後は自分で手を下すだろう。

 しかし伊織には回避の手立てがあった。

 シェミリザの代わりに世界の神を救おうという意思もあった。


 その想いが実を結びかけているのだ。


「しかし世界中の皆さんの協力で、そんな悍ましい未来がついに漠然としたものになりました。……わかりやすく言うと、良いほうにも悪いほうにも転ぶ真っ白な状態になったということです」


 完全に悪いほうにしか転ばなかった状態から脱したんです、と伊織は一瞬だけ声音を和らげて言う。


 どう足掻いても不可避だったものから逃れ、より良い未来――人類の思う良い未来というだけでなく、世界自身であるフジも良い未来だと思えるものへと向かう可能性ができたのだ。


 ——その言葉を様々な人が色々な場所で聞いている。


 ロストーネッドではロスウサギたちを驚かせないよう、ウサギ舎から離れた位置にある居住区の広場にモニターとスピーカーが持ち込まれていた。

 かつて悪事に手を染め、そして更生して大人になった双子のジェスとリリアナが画面に大きく映る伊織を見上げる。


「なんか衣装に目が行きがちだけど……前に訪ねてきた時と全然変わってないな」

「ミッケルバードってところで特殊な手術が必要で、その影響ですごく長生きになったって言ってたでしょ」

「わかってるけど実際に目にするとさ……」


 そこで双子の隣に立っていたリバートが小さな声で言った。


「長生きなのは良いことばかりじゃない。それでもああなることを望んだのは、それだけあいつとその周りの人間が世界を救いたいと思ったからだ」

「……うん」

「今は姿形を気にするよりも、あいつの言葉を聞いてやれ」

「わかった、……から、ホーキンさんもそんな所にいないでもっとこっち来なよ!」


 ジェス、リリアナ、リバートから離れること数メートル後方。

 魔石灯のポールにもたれかかったホーキンは名前を呼ぶなと言わんばかりの勢いで鋭い眼光を飛ばしたが、慣れっこな双子は特に気にする様子なく近寄ると各自右腕と左腕を担当して引っ張った。

 ホーキンも相応に老けたため、まだまだ若い双子に引っ張られては抵抗できない。

 面倒くさそうな顔でモニター前までやってきたホーキンはため息をつく。


「服に着られてるな」

「ホーキンさんも姿形のほうを見てる……」

「お前に合わせただけだ」

「あの距離で聞こえてたんだ!? ほら、イオリさんの話を聞こうよ。後ろのほうに聖女マッシヴ様も見えるよ」


 さっきから嫌ってほど見えてる、と言いながらホーキンは解放された手で腕組みをした。


 静夏は初めて会った時は二メートルと少しといった身長だったが、現在はモニター越しでも更に伸びているようにしか見えない。恐らく実際に伸びているのだろう。

 どんな成長期だよ、と呟きながらホーキンは静夏を凝視する。

 普通の人間と同じ生き方をできるように導き、ホーキンの『今』を作った人間だ。


 出会った日のことを思い返しながらホーキンはしばし遠くを見るように目を細め、そして言った。


「……今ならベンチは耐えきれないな」


 なんの話!? と言う双子の言葉の向こうで、伊織の話はゆっくりと続いている。


     ***


「お兄さま、イオリさんですよイオリさん!」

「セ、セラアニス、よく見えてるから全力で揺するのはやめてくれ」


 セラアニスとセルジェスの兄妹は現在、ベレリヤのカザトユアを訪れていた。

 ——その昔、セラアニスがまだ自分の状態を理解していなかった頃に垣間見たヨルシャミの記憶。

 その中にあった大きな噴水を見てみたいという理由から足を運んだのである。


 現在もセラアニスは自由になった身で世界の様々な場所に足を運んでおり、セルジェスも『里の外を見る』という目標を満たしながら妹を心配して一緒に行動することが多かった。


 もちろん別々に行動することもあるが、その間セルジェスの頭の中は「セラアニスは転んでないだろうか」「必須ではないとはいえ、ちゃんと食べれてるだろうか」「変な輩に狙われてないだろうか」という考えでいっぱいである。

 シスコンと言われればそれまでだが、心配するに値するほどセラアニスは未だに世間知らずなため致し方ない。


 そして、セルジェスは伊織の顔を見上げながら義弟の心配もしていた。


(少し目元が疲れてるように見えるけれど……準備が大変だったんだろうな)


 事前に告知があったとはいえ、希望があった土地には速やかにモニターとスピーカーが送られていた。

 そしてあれだけの人数を相手に壇上に上がり、世界の命運について報告をするというのは想像以上の準備が必要だったろう。

 そんな感情が顔に出ていたのか、セラアニスが柔らかい口調で問い掛ける。


「お兄さま、イオリさんのことが心配ですか?」

「……ああ、心配だよ」

「私もです。でもきっと大丈夫ですよ、この報告も、そしてこれからの未来も」


 そして、幼い頃のように兄の手を握りながらセラアニスは微笑んだ。


「またイオリさんとヨルシャミさんたちのお家に遊びに行きましょうね!」

「そうだな――うん、そうしよう」


 心配したよと労いながら沢山のお土産を渡すのだ。

 そんな光景を想像し、セルジェスはセラアニスの手を握り返して頷く。


 その表情からは、先ほどまで燻っていた翳りは綺麗に消え去っていた。

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