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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1071話 各地へ言葉を届けるために

 伊織による報告の中継に使用されるモニターとスピーカーは各地に設置されるだけでなく、多種多様な召喚獣やヘルベールのキメラが持ったまま移動するという手法も取られていた。


 召喚獣の中にはモスターシェたち騎士団が呼び出した個体もいる。

 それだけでなく、モスターシェ本人もあれから更にムキムキに鍛えられた肉体を駆使してモニターを担いで移動し、指定の場所で掲げたまま微動だにせず支柱代わりになるという力技を披露していた。

 これにより家から出られない者の目や耳に入る確率も上がっている。

 モスターシェは確実に静夏たちと出会って人生が変わった人間の筆頭だろう。


 ヘルベールのキメラは人道に反する方法で作られたものだが――彼も時を経て考えが変わり、新たに作り出したキメラは命を失いかけた生き物を救う形でのみ作られたものだという。


 例えば怪我をして死にかけている蛇を生き永らえさせるために死んで間もない別個体の体を与えたり、病気に侵されたヒヒの腕をやけに器用なカニのものにしたり、などだ。

 経過観察と共にストレスチェックも行ない、宜しくない反応が見られた時はその時々で対処しているらしい。


 もちろん、この方法も人間のエゴだとヘルベールは理解はしていた。

 自分の持つ技術を良い方向へ使う選択肢を模索している真っ最中のようである。


 今まさにレプターラのセラームルでも美しく可憐な蝶の翅を持つシジミたちが群れを成してモニターを運んでいる。

 ――シジミチョウではない。貝のシジミである。

 ヘルベールの生き物を掛け合わせるセンスは数年程度では不動だった。


 ベルクエルフの里ラタナアラートでも、過去にナレーフカが父のヘルベールに「この子を助けてほしいの」と頼んだネコがキメラとしてモニターを背に乗せて広場に鎮座している。


 このネコには名前も付けられ、黒い毛色からナハティと呼ばれていた。

 ナハティはニーヴェオのように大きくはないが筋肉量が凄まじく、見た目はスリムだというのに持つと大変重く固い。凝縮された質のいい筋肉というわけだ。

 だというのにネコらしく伸縮性に富み、よく伸びるため伊織が初めて抱っこした時は脳が混乱した。

 伸縮自在な鉄アレイを持ってるみたいだった、というのが後の伊織の感想だ。


 そしてナハティはキメラになるにあたり、リスの尻尾と犬のヒゲを得ていた。

 ――やはりセンスは微妙である。

 そんなナハティの背負ったモニターを見ながらベルクエルフの老人たちがぶつぶつと小言を言っていた。


「セルジェスが外に出てから変なものばかり里に入ってくる」

「居心地が悪くて敵わん」

「なんなの、この奇天烈な生き物とおかしな箱は」

「そんなこと言ってしっかり広場に集まってるじゃないか、しかも真ん前の特等席! ぶつくさ言っても説得力は皆無だねぇ」


 けらけらと笑いながら老人たちの後ろから現れたのはエトナリカである。

 エトナリカはがっしりと肩を抱いて老人たちの間に座った。臆する様子など欠片もない。

 これにより特等席はエトナリカのものになったが、彼女のツッコミのせいか老人たちは文句を口にできなかった。エトナリカは眼鏡越しにモニターを見る。


 映像はラキノヴァの広場の向かいにある建物から撮影されていた。

 ズームもお手の物の専用カメラはセトラスが作ったものだ。

 ただし、撮影は彼ではなくナレーフカが担当している。


 ナレーフカはヘルベールの娘とはいえ感覚は普通の人間と大差ないため、カメラの扱いも素人同然だったが「私もなにか手伝いたいの」という希望により使い方を一から勉強したのだ。

 日本のカメラのように素人でも使える仕様ではないため、扱いは難しい代物だったが映像は少しもブレていない。

 その話を知っているエトナリカは口元に笑みを浮かべながらモニターを指さした。


「ほら、そろそろ始まるよ」


 ステラリカはレプターラで見てるだろうし、旦那もどこかで見てそうだね。

 そう小さく呟き、エトナリカは眼鏡を指で押し上げた。


     ***


「――ベレリヤ王アイズザーラの第二子オリヴィアの息子、伊織です」


 壇上に立った伊織は乾いた風を頬に受けながら静かにそう言った。

 声は小型のマイクで拾われ、広場全体に行き渡っている。

 名乗った直後に伊織は「報告のために集まってくれたことに感謝します」と礼を述べた。


 王族であり。

 救世主であり。

 聖女マッシヴ様の息子であり。

 そして、新たなマッシヴ様であること。


 今まで人々の前で名乗る際、伊織はそれらを口にしなくてもいいと考えていた。

 自らの立場をひけらかしているように感じたのが理由だ。

 世界への謝罪によりすでに知っている者は多いとはいえ、わざわざ率先して言うことはないだろう、と。


 しかし報告に向かう前にニルヴァーレと交わした会話で考えが変わったのである。


「いいかい、イオリ。スケールの大きなことを大勢の人間と共に成し遂げたいのなら、神聖視されることが一番の近道だ」

「神聖視、ですか」

「救世主の立場も王族の立場も聖女の息子の立場も、そして新たなマッシヴ様の立場も、様々な人間に様々な角度から刺さる。そうすることで言葉が届きやすくなるだろう。こういう時こそ利用できるものは全て利用しなよ」


 ――レプターラで始まったファンクラブが今や大きな宗教のような規模になっているニルヴァーレの言葉だ。説得力は筆舌に尽くし難い。


 だからこそ今は自分の考えよりもそちらを優先しようと思えたのだ。

 自分の立場をはっきりとさせた後、伊織は広場に集まった人々の顔をゆっくりと見た。全員の考えていることはわからないが、広場の端から端まですし詰めになるほど集まった理由は伊織の言葉を聞くことに他ならない。

 そんな彼ら彼女らこそ、今まで伊織たちが守ってきた人々であり、これからの未来を共に守っていく人々だ。


 そして、伊織はそんな未来に関する報告をするべく口を開くと――微塵も震えていない、凛とした声音で話し始めた。

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