第1070話 張り切りサプライズ
救世主から重要な発表がある。
そんな一報と共に「文化や各々の事情から国民に伏せてある国もあるため、希望する国にのみ発表の生中継を行ないたい」という申し出はあっという間に世界各国へと行き渡った。
個人間ならともかく、普通なら数多の国に対してこのような迅速な連絡と情報の伝達はなかなかできない。
なにせ『生中継』がなにを指しているのかさえ知らない人々が大半の世界なのだ。
転移魔石や召喚魔法を使える者を総動員しても一気に無数の国を相手にする難度の高さは言わずもがなである。
そして、連絡が行き渡ったところで希望するすべての国に生中継できる環境を整えることも至難の業だった。
そのふたつの問題を解決したのが、伊織が決断する何日も前から各地で動いていたナレッジメカニクスの面々だ。
彼らに「イオリが自分の言葉で報告をできる場を設けたいから協力してくれ」とひとりひとり声をかけて回ったのは他でもないニルヴァーレである。
ニルヴァーレに頼まれごとをされる、ということはナレッジメカニクスでの生活が長い者ほど嫌な顔をするが――今回はニルヴァーレが他者を、そして世界の人々をおもんぱかってのことだと全員に伝わった。
そんな面々、特にシァシァとセトラスが張り切って新規衛星を製作して打ち上げたことで衛星中継を可能にしたのだ。
それを初めて聞いた時伊織は改めてふたりの技術力の高さを思い知ったが、それでも全世界に対して生放送は限られた時間しかできないという。
ナレッジメカニクスでは衛星を特別な施設のみを対象にしたデータの共有に用いていたようで、常に無数の土地と繋ぐことは技術的にもコスト的にも難しいらしい。
(そういえば連絡手段もシンプルな無線機だったもんな……)
衛星も機械だけでなく魔法が各所に用いられている。
コストの問題は燃料だけでなく魔力の問題もあるのだろう。
それなら自分が助けられたのに、と伊織は思ったが、ニルヴァーレ曰く「今回だけのことだし、それに僕たちがイオリにしてあげたいと思ったことなのに君の力を借りちゃダメだろ?」とのことだ。
彼らにとってはサプライズプレゼントのようなものらしい。
なお、衛星でカバーできない地域も存在し、そんな地域から希望があった場合のサポートと各国への機材の貸し出しはオルバートが担当した。
シァシァやセトラスも含め、元々彼らは伊織が様々なことを試行錯誤している間も各地で活動を続けていた。
その中に『人々の役に立つ物の製造や量産』というものがある。
ナレッジメカニクスには便利な道具が多いが、それは組織内という限られた場所で使うことに特化していた。
つまり純度の高い魔石などの動力源を確保することが難しかったり、不具合を自力で直すことのできない庶民にはなかなか手を出せないものとなっている。
特に後者はすぐに直さないと死亡事故どころか村ひとつ吹っ飛びかねないものもあった。
そして不具合とは長く使えば使うほど出るもの。
故に便利道具というより時限式の兵器のほうが感覚的に近い。
そのため『誰でも簡単に扱えるように調整する』という考えがいつしか彼らの共通の目標になっていた。
その中で初めに量産が可能になったのがオルバートが受け持った受信機やモニターの類だ。
まだ各地へと手配できるような段階ではなかったが、ニルヴァーレの誘いを受けて現段階で出来ているものと急ピッチで作成したものを実用可能な状態にまで持っていったらしい。
オルバートとしては「シァシァのサポートロボットがいたし、材料も潤沢にあったからね」とのことだが、ここで再び伊織はシァシァたちだけでなくオルバートの技術力の高さも思い知った。
何度も思い知りすぎて自分ももっと頑張ろうと向上心に繋がったくらいである。
(ミカゲたちの世話を母さんやミュゲイラさんだけでなく、ベタ村の人たち全員で受け持ってくれたからこそ父さんたちも打ち込めたんだよな……感謝しないと)
オルバートは頭のもやが取れたことで最盛期以上の行動力を持っていたが、シェミリザによりもたらされていた熱中期は『寝ずに何百時間もぶっ続けで作業できる』という利点もあったため、結果的にはプラマイゼロといったところだ。
そんな状態でふたりの子持ちの父親が作業に打ち込めたのは周りの協力があってこそである。
伊織は母たちや村の人々に感謝しつつ廊下を進む。
廊下の先には演説台があった。
普段は王族が使用する場所だ。そこから見下ろせる大広場には国の住民たちが集まっている。
ざわめきは聞こえるがまだ人々の顔は見えない。
一旦足を止めた伊織は自分の姿を見下ろす。
各所に装飾の付いた正装だ。
今回の件はニルヴァーレが早々にアイズザーラたちに伝え、祖父母は孫のために方々へと連絡を回してスムーズな手配に一役買った。
そして孫の衣装にも全力を出したのだ。
装飾に使われている小粒な宝石ひとつで豪邸が買えることを知っている伊織はこれから挑むことへの緊張とはまた別のプレッシャーを感じつつ苦笑いする。
誰も彼も張り切りすぎだ、と。
それだけ愛してもらっている。
伊織はそう自覚しながら襟を正す。
終わりどころか始まりを告げるような報告だ。
しかし以前と異なり「だからこそ自分が口にしなくてはならない」と伊織は考えていた。
人々が喜んで受け入れる報告しかしたくない。
がっかりされたくない。
そんな気持ちで挑むべきではないと張り切る皆々を見て感じたのだ。
自分の罪について話した際は不評もすべて受け止めようと覚悟していた。
今回も同じ覚悟で赴くべきである。
そう心の中で呟き、まず誰よりも先に自分を鼓舞してから伊織は再び歩き始めた。
次は世界で共に頑張っている数多の人類たちを勇気づけるために。





