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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1069話 お父さんの少し変わった趣味

 未来が見えなくなったということは、世界が腐り死ぬ未来が不可避ではなくなったということである。

 転生者が関わっていても完全に未来を捻じ曲げることは困難だった。

 しかし長い期間をかけ、世界を救う計画を全人類で目指し、その計画に複数の転生者が深く関わることで――ついにびくともしなかった舵を切ることができたのだ。


 ペルシュシュカからそんな報告を受けた伊織はしばし思考停止した後、喜びのあまり自らチャイナメイド服という変わり種を出力して着替えた。


 その勢いのまま握手した手をブンブンと振り回し、何度も言葉を噛みながら「ヨ、ヨル、ヨルシャミたちにも伝えてきます!」と部屋を飛び出す。

 暴れた時ばりにぼさぼさの髪の毛になったペルシュシュカはあることに気がついて「あ」と声を漏らしたものの――すでに後の祭りだと思い直し、大仕事を終えた自分を労うべくその場に寝転がった。


 部屋を飛び出した伊織はシオリとオリエの世話をしているヨルシャミの名を呼び、彼が振り返るなり両腕で抱き締める。


「わぶっ! な、なんだ、どうした!? ペルシュシュカはどうなったのだ!?」

「ヨルシャミ! えっと、あのっ、その」

「!? いや待て、その前にお前、なんという格好を――」


 その時だ。

 隣室で本を読んでいたシュリがすべて読み終えたのか部屋に入ってきた。

 次の本が欲しいと言いたかったのだろう、口の形が「つ」のまま両親を見て固まっている。

 かと思えばハッと我に返るなり伊織を指さして大声を発した。


「お、お父さんが少し変わった趣味を隠さなくなった!!」


 伊織はシュリと同じ顔でハッとすると自分の首から下を見る。

 ペルシュシュカに感謝を伝えるべく咄嗟に着替えたチャイナメイド服。それを元の服に戻さずにヨルシャミのもとへ駆けつけてしまったのだ。

 気がつけど時すでに遅し、ばっちりと息子に女装姿を見られた伊織は一瞬言葉を失ったが、シュリの発言を反芻している間にあることに思い至る。


「隠さなくなったってなんだ……!?」

「前に部屋でお母さんがお父さんにひらひらした服着せてるのを見た」

「うわ――ッ!!」

「おぁ――ッ!!」


 流れ弾を食らったヨルシャミと共に叫んだ伊織はぶんぶんと両腕を振って元の服装に戻し、どう取り繕おうかと口を開閉させたが言葉らしい言葉にはならなかった。

 そこへひょっこりと顔を出したニルヴァーレがシュリを抱き上げながら言う。


「シュリ、趣味は人それぞれさ。それにイオリは普段からああいった服装をしているわけじゃないが、ヨルシャミに乞われれば着る。つまりそれだけお母さんを愛しているってことだ。素晴らしいだろう?」

「ニルヴァーレさん、それフォローになってません……!」

「あっ、ほんとだ! すばらしい! さすがニルヴァーレおじさん!」

「フォローになってる!?」


 伊織としては少々思うところがあるフォローだったが、それ以上の説明をできなかった人間が口を挟めば悪化するだけだという自覚はあった。

 ぐっと堪えつつシュリに頷いてみせると、シュリも納得したのか笑みを見せる。

 そこへニルヴァーレがにこやかに言った。


「ちなみに僕もイオリたちに乞われれば着るよ」

「いつも一言多いのだお前は!」


 ヨルシャミのツッコミも空しくシュリはニルヴァーレのその言葉にも納得したのか感心していた。

 咳払いをしたヨルシャミは強制的に話を変えるべく伊織に「そ、それで? 一体どうしたのだ?」と訊ねる。


 本来の目的を思い出した伊織はシュリ、オリエ、シオリの三人の顔を見た。

 子供たち、そしてその更に先へ続く子孫たちが生きていく未来。


 ――その未来を動かす大きな一歩を歩み出せた、伊織はそんな念願の一報を家族へと伝えた。


     ***


 このまま対策を続けていけば、いつかは腐り死ぬ未来から完全に脱したと言えるほど異なる結末へと辿り着けるだろう。

 そう確信できたのは伊織にとって大きな実りだった。


 ヨルシャミもニルヴァーレも心から喜び、その日はペルシュシュカも交えてちょっとした宴会を開いた。

 その際、なにやら考え込んでいるニルヴァーレが伊織の目に留まったが――その理由がわかったのは数日後のことである。


 しばらく家を留守にしたりと忙しそうだったニルヴァーレが突然伊織を呼び止め、ベランダに呼び出すとにこやかに言ったのだ。


「準備が整ったから主役にも知らせようかな」

「準備、ですか?」


 忙しそうだった理由はそれか、と納得しつつ伊織は聞き返す。

 するとニルヴァーレは力強く伊織の肩を抱いて言った。


「あの時のように、しかし今度は君の言葉で人々を鼓舞してくれないか、イオリ」


 ――ミッケルバードでの最終決戦でのことだ。

 伊織はテイムした魔力を仲間たちへ向かわせ、とんでもない規模の回復を行なうことで仲間を鼓舞した。

 このような回復を過去に経験した者は誰ひとりとしていなかったと伊織は後から聞いている。


 あの時は声を発せない状態だった。

 それだけ集中しなくては致命傷である傷を誤魔化せなかったのだ。


 そんな出来事を振り返りながらニルヴァーレは今度は言葉で鼓舞してほしいと言っている。

 つまり、今度は未来に関することを報告し「このままみんなで頑張り続けてください」と伝えてくれということだ。


 ――伊織もペルシュシュカから話を聞いてからいつかは正式に発表しようと考えていたが、自分の口からではなく各国の王に通達してからそれぞれの文化に合わせて国民に伝えてもらう形を想像していたため、ほんの一瞬答えに窮した。

 そこへニルヴァーレが言葉を滑り込ませる。


「このまま頑張り続ければなんとかなるかもしれないんだろう? しかし誰もが果てないゴールを目指して進めるものじゃない」

「……」

「そして自力では未来を確かめられない者が大半だ。だから君からみんなに知らせようじゃないか」

「それはわかります。けれど僕でなくても――」

「なに言ってるんだい、君に勇気づけられるのは身近な仲間だけじゃないんだぞ?」


 聖女マッシヴ様の息子というだけではない、今や世界の救世主として認識されている存在。

 伊織自身は過去に後ろ暗いところのある自分には務まらないと考えていたが、ニルヴァーレはこれ以上の適任者はいないと言い重ねた。


「イオリ、君は恐らくその辺の長命種より長く生きるだろう。シァシァのメンテナンス技術を受け継ぐ者がいれば更に。つまりそれだけ長い間人々を見守り、同じ期間だけ君も人々に見守られるというわけだ」

「……」

「そんな存在にこれからなっていく君に背中を押されることは、きっとみんなの糧になるよ。もちろん全員が全員好意的というわけじゃないだろうが、得られる効果は絶大だろうと僕は思う」

「……なんだか神様になれって言われてるみたいですね?」


 フジのように人々が知覚できない神ではなく、身近に存在してそっと支えてくれる、そんな神だ。

 しかし崇拝でもなんでも、これからのために人々の団結を強め、心折れることを防げるのなら――策としては悪くはないのかもしれないなと伊織は頷く。


 そこでニルヴァーレは眉を下げた。


「君の背負うものを増やしてしまうようで申し訳ないけどね」

「そんなの今更ですよ、ニルヴァーレさん。それに僕はひとりじゃないですし」


 支えてくれるんですよね?


 そう伊織が答えのわかりきった顔で問うと、ニルヴァーレは数度瞬いてから肩を抱く手に力を籠め、笑みを浮かべて頷いた。

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