第1068話 いくつかの変化
ペルシュシュカによる未来の確認作業は数年ごとに繰り返された。
伊織はもっと間隔を空けてもいいと考えていたが、ペルシュシュカ本人から「こういうのは何度確かめたっていいのよ!」と申し出があったのである。
結構豪気な人だなというのが最近の伊織による感想だ。
そうして時間が流れていく中で、いくつかの変化があった。
まず伊織とヨルシャミのふたりは折を見て二度目の結婚式を挙げ、身内のみの式だったが――その『身内』が王族や義理の家族を含むため豪奢なものになった。
伊織の念願だったバルドとオルバートを呼ぶことも叶い、途中で泣いた彼らが「いやこれはオルバートのだ」「なにを言うんだ、君の涙腺だろ」と押し付け合ったりという一幕があって笑ったのも良い思い出である。
伊織とヨルシャミの間にシュリの弟たち、オリエとシオリという双子が生まれたのもこの頃だった。
漢字で書いた名は織江と紫織。
今度の名付け親はニルヴァーレだ。
ふたりは黒髪に金の目と緑の目のハーフベルクエルフで、フジが『ズル』をしたのはシュリだけだというのがよくわかる。
よって妊娠期間もシュリの時ほど短くはなく、つわりも酷かったヨルシャミは少しばかり地獄を見た。
次に静夏、ミュゲイラ、バルドも式を挙げ、それからしばらくして静夏とバルドたちの間に長男ミカゲが誕生した。
伊織から見ると異父兄弟に当たるが、詳しく言うと少々異なる。
しかも前世的には通常の兄弟と言っても差し支えないという複雑さだったが――そんなことを気にしていたのも初めの数年だけだった。
このミカゲの名はバルドの一言で決まったものである。
「ミュゲイラの『ミュゲ』って僕らの前世じゃスズランって意味なんだ。そしてスズランの別名は君影草。ここから音を取りたいんだけれど……許可してもらえるか?」
「お前さぁ……それあたしが断ると思ってない顔だろ? うん、断らない!」
ミュゲイラはミカゲにとってはもうひとりの母だ。
性別の都合上、どうしても静夏とミュゲイラの間に子供は作れないが、ミュゲイラからすれば血が繋がらなくても静夏とバルドたちの子供は自分の子供も同然という考えだった。
そこへ自分にあやかった名前を付けたいと言われたのだ。断るはずがない。
こうしてミカゲ、もとい藤石御影が家族に加わったのだった。
なお、ミカゲは銀髪に橙色の目をしたバルド似の子供だが――雰囲気と気質はオルバートに似ており、バルドは複雑げな顔をしていた。
次に誕生したミュゲリアが幼くして筋力トレーニングに興味をビシバシに示し、更に複雑げな顔をしつつも応援することになる数年前のことである。
リータとサルサムの一家は長男リーフの後にも次々と子宝に恵まれ、サルサムはある時に所用で訪れたセトラスに「そういうところだけは私よりスナイパーですね」という言葉を発された。なんともストレートなセクハラである。
しかし妊娠率の低い長命種相手に男女三人ずつ儲けた身としては反論の余地がなかったらしく、サルサムから否定の言葉はなかったという。
一方リータはヨルシャミの初産の時も女の双子を生んだ少し後というタイミングだったため、駆けつけられなかったことを酷く悔やんでいた。
この頃リータはリータで子育てと新たに持った自分の店――服飾の店を回すのに多忙であり、ヨルシャミたちが立て込んでいたこともあって直接会う機会は減っていたが、仲間として育んできた絆が消えたわけではない。
大変な時は支えたいというのがリータの考えである。
この想いはヨルシャミが双子を生む際に存分に発揮され、彼にとって大変頼もしい存在になったのは言うまでもない。
サルサムを弄ったセトラスはシァシァやヘルベールと共に各地へ『スカウト役』として足を運んでいた。
世界を支える巨大な多重契約結界の参加者を選ぶためのスカウト行脚である。
通常の多重契約結界と同じく参加者には一定の信頼が必要になるため、誰でも歓迎というわけにはいかない。
そこに魔導師としての実力も加味することになる。
つまり選ぶ側にもそれなりのノウハウと相手の素質を見抜く力が必須なのだ。
その点、ナレッジメカニクスの幹部は多かれ少なかれ組織のために誰かをスカウトするという経験があり、世界を跨ぐ長距離移動にも慣れている。
それ故に任された役割りだった。
もちろんセトラスたちだけでなく順を追って他にもスカウト役を増やしていく手筈になっている。
***
しばらく様々な地域を見て回った伊織たち一家は、この数年の間にベレリヤの南に位置するハイドランジャという街に一軒家を構え、そこを拠点として活動するようになった。
救世の旅をしている間に所縁のなかった土地だが、だからこそ新たな人生をスタートさせるのに良いのではないかとヨルシャミやニルヴァーレたちと話し合って決めたのだ。
また、ハイドランジャは豊かな土地で暮らしやすく王都ラキノヴァへの道も整備されている。
伊織たちは転移魔石やその他様々な魔法を使えるため移動手段に困ることは少ないが、各地から人が訪れやすい場所というのはとても良い条件だった。
――そんなハイドランジャの家に赴いたのはペルシュシュカである。
彼はしばらくの間は自分の家で未来予知を行なっていたが、伊織たちに子供が増えたのを機に自分から伊織たちのもとへ赴いて行なうようになっていた。
ただしご褒美の女装に関しては自宅に呼んでからである。
クローゼットに一杯の衣装は持ち歩けないから、という単純な理由だ。
ノックバック対策をしっかりとしていれば場所はどこでもいい。
伊織の家では主に屋根裏部屋を貸し切りにしており、酷い結果を見るたび暴れる件も伊織の拘束技術が目覚ましい成長を遂げたことで早期段階で抑え込めるようになっていた。
「なんか成長しちゃダメなところが成長した気がする」
――という新たな伊織の悩みの種が発生したが、世界の命運と見比べれば些細なものである。
この日も未来の確認作業に入ったペルシュシュカの前で伊織は待機していた。
確認はもう何度目かわからないほど行なっている。
それは何度やっても望んだ未来を見ることができていないということだったが、悪いことばかりではない。
確認するごとに世界の腐り落ちる未来は不鮮明、且つ先延ばしになっていた。
昨年は巨大な多重契約結界の第一号が完成し、伊織たちも参加して一本目の世界の支柱が作られた。
今年は新たに三本の支柱がそれぞれ別の国から建てられる予定である。
ある国では伊織の発案により、八百万の神に特別愛されている種族を中心にその神へ助力を願って活性化させる試みがされていた。
オルガインのように受肉できる神は一柱のみだが、そのオルガインは伊織の奪還作戦で命を落とした。復活できるのはまだ相当先のことである。
世界の神であるフジの力も消耗するため、このレベルの助力は望めない。
ただ、以前からオルガイン以外の神は彼ほど精力的に世界の神を救うための活動しようという気はない様子だった。きっとそれぞれ異なる理由があるのだろう。
そんな神々を活性化させることが世界の免疫力のアップに繋がるのではないか、という試みである。
闇の神に愛されているエルフノワールのように他にも様々な種族が存在する。
もちろんたった数人が願ったところで変化はないが、世界に散らばる同種族の大半から乞われたらどうなるか。
その結果もしばらくすれば出るだろう。
(……今回はもっと良くなってるはず。きっと大丈夫、大丈夫だ)
伊織は座ったままのペルシュシュカを見つめながら心の中で自分を鼓舞する。
そうして彼が暴れ始めるのに備えたが――何分、何時間経ってもその気配はなかった。思わず近づいて生きているかどうか確認したくらいだ。
占術魔法で手は動いていても彼自身が生きている証拠にはならない。
そうして一晩が経ち、ペルシュシュカがまるで普通に目覚めたかのように目を開けたのは明け方のことだった。
瞼を上げるなり凝視している伊織と目が合ったペルシュシュカは「ビッ……クリしたなもう!」と素で驚いて後ずさる。
「大丈夫ですか? 右手以外微動だにしないから、その、暴れる間もなくショックで死んじゃったのかと……」
「ぶ、物騒な心配だけどアリガト。……っそう、そうそう! 驚いて一瞬真っ白になっちゃったけど――喜びなさい、伊織!」
がしりと伊織の両肩を掴んだペルシュシュカは女装を眺めている時ばりの笑みを浮かべて言った。
「未来が完全に見えなくなったわ!」





