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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1064話 祖父母からの贈り物

 紙を広げると、そこには漢字で二文字の名前が記されていた。

 ヨルシャミとニルヴァーレは読めないのか首を傾げていたが、代わりに伊織が口に出して読むことで補足する。


「守里……シュリ?」

「そう、異種族はコミューンの規模に関わらず里って呼ぶことが多いだろ? そんなみんなの故郷を守れる子、そして守られる子になってほしいと思ったんだ」

「――私たちはひとつ目の故郷からは遠く離れてしまった。しかしこの子にはそんな目に遭ってほしくない、そんな想いも籠めてある」

「複雑な気持ちだけどシェミリザも死んだ後くらいは故郷に還れるといいなってあたしも思うし、世界の神だっけ? その故郷そのものみたいな神さんを守ろうとしてたのも忘れちゃならないと思ったんだ」


 そんな感じでこうなった! とミュゲイラがアバウトに締めくくった。


 伊織はニルヴァーレからだっこを引き継いだ息子を見下ろす。

 今ここで初めて耳にした名前だったが、この上なく似合っているように感じるのは三人分の気持ちが籠っているからだろうか。


 胸の中が仄かに温かくなるのを感じながら伊織はヨルシャミを見た。

 ヨルシャミもまんざらではない表情をしている。


「エルフノワール視点から見ても名前に拗音が入っているのは安心するな」

「そういやヨルシャミもシャリエトさんもそうだっけ……」

「まあ最近のエルフノワールはわからんが、名前の新旧も音以外にもこれだけ意味が籠められているなら気にすることはあるまい」


 そう言ってヨルシャミは手を伸ばすと我が子の頭を親指の腹で撫で、そして。


「シュリ。――シュリよ、祖父母たちから良い名を貰ったな」


 伊織とヨルシャミの息子、シュリはきょろきょろと辺りを見回すと笑みを浮かべたかと思いきや、そのまま特大のくしゃみをしたため「名を得て初めにしたことがくしゃみか!」とヨルシャミは肩を揺らして笑った。


 そんなシュリにニルヴァーレが布を持ってきて鼻水を拭いてやる。


「しかし良いな、イオリと音も似てるじゃないか」

「いいだろ、その辺も意識した」


 ニルヴァーレの言葉にバルドはにやりと笑った。

 そして目を細めて伊織とシュリを見つめる。


「……伊織の名前を付けた時も静夏と沢山話し合ったんだ。今回は僕がふたりになってるしミュゲイラもいるしで不思議な状況だったけど、おかげで良い名前になったと思う」

「ああ、織人さんたちは意見をふたり分も出してくれたし、ミュゲがいたおかげで異種族の名前の傾向についても改めて訊くことができた。ありがたいことだ」

「あとはシュリに名付け親として覚えといてもらえたら嬉しいんだけどな~」


 ミュゲイラがそう言って頬をつついたが、シュリは嫌がるでもなく無抵抗でつつかれるがままになっていた。

 今後彼がどう育っていくのかは、ここにいる誰にもわからない。

 ただひとつ、その未来をここにいる誰もが明るいものであるよう祈っていることだけは確かだった。


「よっし! じゃあこの名前を書いた紙もしばらく額装して飾っとくか!」


 バルドが頭の横まで紙を上げて得意げに言う。

 聞けば名前を書いたのはバルドで、元は癖字のためかなり練習して書き上げたらしい。伊織から見てもなかなかの達筆に見えるため相当努力したのだろう。


 その姿を見ながら伊織が懐かしげに言った。


「あはは、なんか年号が変わった時のことを思い出すなぁ」

「年号? えっ……それ前世の? 年号変わってたのか!?」

「うん、まあ僕も変わった年に死んだわけだけど……」


 驚いているバルドの隣で静夏も「そういえばそんな話が聞こえたような、いないような……」と顎をさすっている。

 静夏はすでに寝たきりの状態だった上、テレビなどを長時間見る体力もなかったため世間の話題に疎いのだ。


 伊織は目を瞬かせてふたりを見る。

 そして未だに漢字を物珍しそうに見ているヨルシャミとニルヴァーレ、そして先に見ていたであろうに同じく気になるらしいミュゲイラを順番に見た。


(またベタ村で暮らすようになってから色んな話をしてきたけれど――)


 まだまだ家族との話題には事欠かないようだ。

 そして今後はその輪に我が子も、シュリも加わる。


 そう再度自覚した伊織は口元に笑みを浮かべ、わかる範囲であの頃のことを教えるよと話し始めた。


     ***


 その翌年、各地を渡り歩いていたシァシァにより超巨大なコントラオールの鉱脈が発見され、その潤沢なコントラオールを使って大型且つ特殊な多重契約結界をいくつか作る計画が持ち上がった。


 この多重契約結界は通常のものとは異なり縦――厳密には広がっている側の空間に伸ばすことで物理的には届かない世界の果てへと達し、内側から支えることで微力ながら世界の防衛力を補助及び補強する力がある。

 今はまだここまでしか計画できないが、未来的には達した世界の果てから左右へ広げ、魔獣以外の侵略者が現れても入ってこれないようにしたいとヨルシャミは意気込んでいた。


 なお、多重契約結界であることに変わりはないため、維持には多数の契約参加者が必要となる。

 今後はそのメンバーの選定や、参加者の没後に受け継いでいくための新規システムも考えていくことになるだろう。


 もちろん大量のコントラオールをそんなことに使わず、各国を守る堅牢な多重契約結界にすればいいという少数の意見もあったが、大多数は賛同している。

 それだけ遥か未来への問題に対して真剣に取り組んでいるのだ。

 人間だけでなく長命種でさえ本人は寿命を迎えている未来だというのに、だ。


 そのことに感謝しながら伊織は今も見えないところにいるのであろうフジを想う。


 別れ際のフジはとても喜んでいた。

 まだ最悪の未来を回避できたという確証はないが、伊織以外にも全世界の人々が動いている。

 もう大丈夫ですよ。早くそう言ってあげたいなと伊織は思う。


「――これも五年区切りで確かめようか」


 丘の上で風の吹いてくる方角を見つめながら伊織は呟いた。


 未来は大きく揺らいだ。

 しかし不確定でも見える光景が腐りゆく世界ではないという確証が欲しい。

 転生者が関わることで未来は不確定になるが、それでも初めに見える光景は『そうなる確率が高い未来』だ。

 ヨルシャミがナレッジメカニクスから逃げ出した時然り、伊織が魂を撃ち抜かれて洗脳された時然り。


 なら自分の目標はそうなる確率が高い未来として、世界が腐らず死ねる未来を観測することだと伊織は思う。


 ただし伊織は予知もできなければ占術魔法も使えない。

 夢路魔法と異なり完全に適性がないのか、もしくは転生者である影響なのか上手くいった試しがなかった。

 つまり、これから定期的に未来を見る役目を担うのは第三者である。


「未来を見るのは嫌そうだったのに申し訳ないけど……」


 視線を向けた方角の遥か先には、ペルシュシュカが住んでいた。

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