第1061話 ふたりの答えとふたりとしての答え
会話の場で提供すべくミュゲイラが用意したのはハンバーグだった。
もちろん手作りハンバーグである。
茹でたブロッコリーと星型のニンジンも添えられており、目を楽しませる彩りがあったが――そんな野菜が凄まじく小さく見えるほど巨大なハンバーグだった。
「肉のケーキか、これ……?」
「ハンバーグだぞ?」
「よ、よく火が通りましたね」
伊織のもっともな疑問にミュゲイラは「リーヴァに手伝ってもらったからな!」とピースサインと共に答える。
リーヴァとサメもベルの援護を終えた後、瓦礫の撤去作業などを手伝っていた。
そして家へと戻った静夏たちとは一旦別れ、異常事態に泣いている村の子供をあやしたり魔獣が踏み荒らした街道を整えに出ていたのである。
――街道の整備は村長たちも数日かけて行なうつもりだったそうだが、やれるならやってしまいましょう、とリーヴァが何千馬力あるかわからない力でモリモリと整えていったそうだ。
そんなリーヴァたちが帰ってきたのが、ちょうどミュゲイラが料理の支度をし始める直前のタイミングだったわけだ。
リーヴァの炎のコントロール技術を知っている伊織は納得したものの、ハンバーグのこの大きさそのものに納得するには少し時間がかかりそうである。
「一応ヨルシャミには軽く食える豆と鶏肉のスープもあるんだけど、ハンバーグはどうする?」
「傷も癒えた故な、体力回復のためにも少し貰おう」
「よっしゃ、じゃあ半分な!」
「少し……」
半分でも普通のハンバーグの何倍もある。
未だにハンバーグの王様だ。
固まっているヨルシャミにミュゲイラは「もし多かったら遠慮なく残せよ、たぶんウサウミウシが食ってくれるからさ!」と歯を見せて笑いながら付け加える。
見ればすでにウサウミウシがヨルシャミの膝の上でスタンバイ状態だった。
小さな目が輝いているように見え、異様なほどの頼もしさがある。
思わず笑ったヨルシャミは「わかった」と頷いた。
そうして食事が始まり、ミュゲイラがまるで日常会話をするように話しだす。
「でさ、バルドとオルバートの件だけど……それぞれ意識は別々に存在するわけだが、これについてはあんまし難しく考えないほうがいいんじゃね?」
「ライトに言うなぁ……」
「だってこの面子の中でライトに言えんのあたしだけだろ」
ミュゲイラはそう言うと大きすぎる一口でハンバーグに齧りついた。
中までばっちりと火が通っており、旨味たっぷりの肉汁が溢れてくる。
ミュゲイラがリーヴァに親指を立てると、表情こそ変わらないがリーヴァも同じように返してみせた。
「イオリもバルドもマジで親子だよ、ブレーキ付けずに考え込むと際限ないし」
「う……」
「それはまぁ自覚してます……」
「しょげた顔もそっくり!」
ミュゲイラの言葉に小さく笑うふたりを見ながらヨルシャミが自身の顎を撫でながら思案した。
「ミュゲイラの言うことも一理ある。まあフジイシオリトというひとりの人間に戻ったようなものだ、ひとまず細かいところは置いておいてもいいかもしれんな」
「戻ったといっても人格がふたつある点はなかなかのものだと思うが」
「そういうとこだぞバルド」
「今のはオルバートだ……!」
扱い方に関しては軽くでいいけど、どっちが喋ってるかわかりにくいのは未だにややこしいな! とミュゲイラは肩を竦めながら笑う。
そして「まあ、ややこしいことになってるのを理解した上で言うけどさ」と話を繋げた。
「ずーっとお前と……今はお前らと相談したいと思ってたことがあるんだよ」
「僕と?」
「イオリたちも家族が増えて今後どうするか検討することになるだろ? 元々あたしたちと一緒に住むか悲願が叶ってから決めることになってたし」
そう、そのために五年ごとに進捗を伝えて話し合うことになっていたのだ。
そう伊織は頷く。
結果的に予想よりも早い段階で悲願が叶い、検討は一度だけで済んだが、話自体はまだ生きている。
息子も生まれ、しばらくは静夏たちの助けを借りることになるだろう。
育児の負担軽減だけでなく魔獣退治の都合もつけやすい。
しかし、その後のことは再び考える必要があった。
「だからイオリたちの検討材料? 前提条件? になるように先に決めときたくってさ。なっ、姉御!」
「ああ、この件についてミュゲイラと話し合って決めたんだ。もう何年も前になるが、決めた時から気持ちは揺らいでいない」
ミュゲイラと静夏の様子にバルドは首を傾げる。
まず湧いてきた予想は同居を持ち掛けられるのだろうか、というものだ。
これから育児に追われるであろう伊織たちもいるため人手はあったほうがいい。食い扶持も自分で稼ぐ自信がバルドにはある。
ただし、オルバートは贖罪をしたいとも考えていた。
可能ならば各地を巡って人々が必要としているものを調べ、的確な援助をしたい。
つまり旅人生活ということだ。これは話し合いが必要だろう。
次に湧いてきた予想はひとつ目の逆。
自分たちはもう人生のパートナーになったので『藤石織人』も自由に生きてくれ、というものだ。
この家から出て好きなように生きることを推奨されるのはバルドとしては寂しいが、受け入れて納得することはできる。
――気持ちが追いつくのは少しかかるかもしれないが。
そんなことを考えていると静夏とミュゲイラが同時に言った。
「織人さん、もし良ければ三人で家族にならないか」
「あたしとお前でシズカの姉御と結婚しよう!」
「……、……うん?」
あたしはお前らをふたり扱いしてるから四人か? と首を捻るミュゲイラを見ながらバルドは――バルドとオルバートはもう一度気の抜けたような声を発する。
そして慌てて両手をばたつかせた。
「そ、それは僕も考えたことがある。ベンジャミルタとリオニャとミドラがそうだったしね。あれは良い家族だった。けど今の僕はこんな状態で」
「いや、だからさっきめちゃくちゃ軽く扱ったろ、あたしは特に気にしてないぞ?」
「し、静夏は」
「予想していなかった事態故、戸惑いは未だに残っているが……いつかは消える。それになにより、織人さんたちが生きて戻ったことが私は嬉しい」
戸惑いなどこの嬉しさの前では霞んでしまう、と静夏は暖かな笑みを浮かべる。
そしてテーブル越しに腕を伸ばすとバルドの手を握った。
――それなりの幅があるテーブルだが、特に障害にはなっていない。
今、バルドたちが考えているマイナス要素も同じように障害にすらなっていないとでも言うように静夏は宣言した。
「織人さんにも抵抗感がないのなら、これから先は三人で生きてみないか」
「……いいのかい」
「あはは、あとはお前の了解待ちだっての」
何年も姉御を待たせるなよな。
そう言って笑ったミュゲイラの前でバルドは一瞬だけ逡巡した。
こんなにも輝かしいふたりの間に割り込んでいいのかという気持ちからだ。
この期に及んで「自分がいないほうが上手くいくんじゃないか」と考えてしまう。
しかし静夏もミュゲイラもそんな遠慮は望んでいないだろう。むしろ気後れすることを迷惑がるかもしれない。
本当にふたりのことを想うなら、やるべきことはただひとつだ。
バルドは「つまり」と視線を上げる。
「――僕らとミュゲイラが静夏と結婚、僕らとミュゲイラは友人ということか」
「そうそう。あ、もちろんオルバートも賛成するならの話だが……」
「今喋ってるのがオルバートだよ」
「やっぱややこしいぞお前ら!」
最初に名乗ってくれ! と両耳を下げるミュゲイラに笑いながら答える。
「僕らも君たちと家族になりたい。――これから宜しく頼むよ、静夏、ミュゲイラ」
その言葉はバルドのものであり、オルバートのものであり。
そして、藤石織人のものだった。





