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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1060話 オルバートとバルド

「さあ、助けられた私もなにがなんだかわからぬ状況だったが……バルドよ、説明を頼んでもいいか?」

「それは私も気になっていた。しかしヨルシャミよ、お前も疲弊しているだろう。今すぐに話し込んでも大丈夫なのか」


 第一子の出産後、後産を終えたヨルシャミは不慣れながら初乳を与えてからベッドで横になっていた。

 伊織とヨルシャミの子供は男の子で、今は以前から静夏とミュゲイラが作っていたベビーベッドですやすやと眠っている。いささか大きいが寝心地は良いようだ。


 そこで今こそ、とヨルシャミは話を切り出したのだが、静夏だけでなくバルド自身も彼の体を心配している様子だった。

 当のヨルシャミは肩を揺らして笑う。


「イオリの回復魔法も過剰と思えるほどかけてもらった。疲れてはいるがミッケルバードでの戦いほどではない」

「あれと比べたら大抵のことは下になるぞ」

「ふはは、それに気になったままではゆっくりと休むこともままならん。そうは思わないか?」


 余裕満々の声音でそう言われたバルドは頬を掻いて「それじゃあ手短に話す」と世界の穴に吸い込まれ、狭間に辿り着いてからのことを話し始めた。


 まず、やはりバルドとオルバートは狭間の景色が伊織のような見え方をしていなかったこと。そして手探り状態で彷徨っている間に前世の故郷――青黒く腐敗した世界を認識したことを話す。


 それは長い長い時間をかけた末のことだった。

 凄まじい絶望感を味わったが――おかげで方角がわかり、バルドとオルバートは伊織たちのいる世界に向かって再び手探りで進み始めたのだ。

 もし辿り着けたとしてもふたりとも世界の中への帰り方がわからず、もう一度世界の穴を開けることもご法度だったが、なにもしないわけにはいかなかったという。


「もしかしたら帰る手段があるかもしれない。それならなるべく近くにいたほうが良いに決まってるからな」

「バルドたちは一体どれくらい彷徨ってたんだ……?」

「正確に数えすぎると気が滅入るから覚えてない。とりあえず髪と髭は途中までは自分で切ってたんだ、進む時の邪魔になるからな」


 しかし、伊織が発見した時のバルドは酷い状態だった。


 そして邪魔になるほどということは彷徨っている間も相当の長さだったはず。

 つまりそれだけ毛が伸びるほどの時間は経っている。

 内側とは時間の流れが異なる空間のため、伊織たちが想像しているよりもずっと長くバルドはオルバートとふたりっきりで過ごしていたのかもしれない。


 そう考えたところで伊織がハッとした。


「バルドを見つけた時、周辺をぐるりと探してみたけれど父さんはいなかったんだ。途中まで一緒にいたってことは、なにかトラブルがあってはぐれたのか?」


 もし満足に周囲が見えない空間で一瞬でも手が離れたのなら、再び再会するのは困難だろう。

 伊織の問いにバルドは話しづらそうに自分の手元を見た。


「たしかにトラブルはあった。でも極端な話、そのトラブルは狭間に出た時にはすでに起こってたんだ」

「すでに……?」

「当たり前だが狭間に空気はない。呼吸もできなかった。なのに俺はずっとあいつと会話してたんだ」


 その言葉の意味を咀嚼し、そして『元はひとりだった人間が直接触れ合えばどうなるかわからない』という話を思い出した伊織は目を見開く。

 ふたりでしばらく彷徨っていたのなら、結局のところなにも起こらずに済んだのではないか。伊織はそう思っていたが、今のバルドの様子を見るに違うということだ。


「じゃあ父さんは……」

「俺と同化した、というかひとりに戻ったって言うべきか……狭間に移動した段階で繋いだ手からすでに繋がりつつあったみたいだ。見えなくて良かったよ」

「……!」

「ただ、想像するに異様な空間で死ぬのを繰り返していたせいで同化そのものはゆっくりとした進行だった。手の同化もほぼ内側にいた段階で進んでた分だ。でも止まりはしない」


 バルドとオルバートを隔てていたシェミリザの魔法とチップはすでに無く、一度触れれば加速的に元に戻ろうとするだろう。

 その最後の段階が元の世界のある方角に戻る間に訪れた、とバルドは言った。


「その瞬間以降のことは記憶にないんだけどな。ひとりに戻ったが、すでにふたり分の細胞やらなんやらが揃ってる状態だ。でも俺の不老不死性は健康な『元の状態』を目指すわけだろ」

「バルドは成人した形を元の状態とし、オルバートは子供の姿を元の状態に定めていた。それを考えると……」

「エグいぞ、体内大戦争だ。脳にとっても大打撃だよ、そのせいで右も左もわからない状態になっていた」


 ヨルシャミの言葉に頷いたバルドは即頭部をコンコンと叩く。

 つまり、その状態が伊織が発見して内側へと連れ戻すまで続いていたのだ。


「でも在るものは無くならない。どれも本物だから体外に出すこともできない。その結果、辻褄合わせとして元の姿にすべてを押し込めるように圧縮したみたいだ」


 バルドは複雑げな表情を覗かせる。


「……俺の姿を優先したのは圧縮にも限界があるから、より大きいほうを選んだのかもしれない。俺の世話をする時って結構重かったんじゃないか?」

「多少はそう感じたけど魔法で補助してたからわかりにくかったかも……」

「あたしと姉御はまあ、なぁ?」

「重いと感じるのは巨岩くらいからだろうか」

「私は身重だった故、お前を運ぶことはなかった」

「あ、これ愚問か」


 伊織はバルドの中にふたり分の内臓が詰まっているのを想像する。


 否、恐らく圧縮の段階でしっかりとひとり分の形に整えられてはいるのだろう。

 しかし密度を高めて押し込めたとしても重さは変わらないため、介護中に少し重たく感じたわけだ。


 伊織自身も鍛えられており、魔法の補助もあったため強い違和感を感じることはなかったが納得はできた。

 きっとニルヴァーレも同じだろう。

 静夏やミュゲイラは元からオルバート分の体重が増えようが誤差の範囲内であり、ヨルシャミは妊婦のため介護の際に力仕事は担当していなかったので知る機会がなかった。


 咳払いしつつバルドは話を続ける。


「それで、すべての辻褄合わせが完了した後もなかなか自我を取り戻せないでいたんだ。ただ環境も元に戻ったし、あと一押しってとこだった。それがついさっきだな」

「その、バルドと父さんが同化して、今バルドでいるってことは――」


 オルバートは消えてしまったのだろうか。


 そんな不安が伊織の胸を走り抜ける。

 死んだわけではない。しかしなにかとても大きなものを失ったような気がした。

 きっと、もう一度狭間に行って捜索してもオルバートは見つからないのだろう。その事実が妙に大きな不安をもたらすのだ。


 するとバルドが明るい声を出した。


「最後の一押しとして俺の背中を押して、脳を再起動させたのはあいつだぞ」

「……へ? で、でも今ここにいるのはバルドで」

「魂までは問題を出さずに同化させることができなかったらしい。つまり俺の中にはふたり分の魂が入ってる。同居のほうが安全ってことだな」


 同居?

 そう目をぱちくりさせた伊織にバルドは目元を緩めて笑った。


「本質的には異なるけれど、わかりやすく言うなら二重人格のような状態だ。我が身ながら不思議な生き物になったものだよ、骨密度とかと合わせてどうなってるのか調べたいな……」

「バ、……え、と、父さん?」

「僕の望んだ形ではないけれど――そうだよ、遅くなったけどただいま」


 口をあんぐりと開けた伊織は「だからか!」と勢いよく立ち上がる。


「召喚の時にバルドの名前を呼んでも成功しなかった。けど正式名称でなくても『父さん』なら成功したんだ。それはふたりを同時に示すものだったからか……あの時は全然わからなかったけどこれでハッキリした。後でノートに書いておかないと……」

「――ヨルシャミ、少し見ない間に伊織が君に似た気がするんだが」

「それよりさっき縫合を担当したのはお前だな? 私にとってはそっちのほうが由々しき事態なのだが」


 嫌というより複雑だ、と繰り返すヨルシャミにミュゲイラが「多方向からややこしいことになってんな~」と頭を掻くと部屋のドアに向かって歩き出した。

 どこへ行くのかと振り返った伊織にミュゲイラはグッと親指を立てる。


「それぞれ戦った後で疲れてるし、なんか話もややこしくなってきた。あたしも話したいことがあるし、だから――まずは美味いモン食って仕切り直そう!」


 これから腕によりをかけて作ってやるよ、とミュゲイラは満面の笑みを浮かべた。

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