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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1059話 ヨルシャミ、ありがとう 【★】

※少しぼかしていますが、今回の話には少し具体的な出産描写が含まれます。また、夫以外も同席しているため苦手な方はご注意ください(あとがきに簡易的な飛ばした方向けの『今回の話のまとめ』を置いてあります)



 程なくしてステラリカが到着し、ヨルシャミは事前にある程度の準備を整えておいた個室へと移された。


 伊織たちもそれでお役御免とはならない。

 湯や清潔な布の用意に追われながらステラリカにここへ至るまでの経過報告を行ない、適時必要な場面で魔法を使ってサポートをする。


 人工呼吸器などの便利な道具や薬のない土地だ。

 なら魔法を目一杯活用してやる、と伊織はステラリカの指示に従って綺麗な水を大量に作り出し、ライト代わりの光の玉を作る。

 ライトそのものを作っても良かったが、小回りが利くので光の玉のほうが使い勝手がいい。そうやってステラリカのリクエストを聞きながら充実させていった。


 ヨルシャミは苦しそうだ。

 なら自分が最後まで頼もしい様子を見せて支えるぞ、と伊織は決意する。

 そうすればヨルシャミも安心できるかもしれない。


 が。


「風や水の刃のほうが切れ味が良いし滅菌の必要もないですよね……すみません、この魔法ってイオリさんの手を離れても残りますか?」

「出力魔法で出せば可能ですけど、それならナレッジメカニクス製のメスを出しましょうか? たぶんそっちのほうが扱いやすいと思います」

「はい、宜しくお願いします!」


 どこを切るのだろうか。

 そう思いながら作り出したメスをステラリカに渡した伊織は思いもよらぬ位置に口を半開きにし、そして「はぇ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


 その口をバルドが手で塞ぐ。


「気持ちはわかるが落ち着け、ステラリカが判断したなら会陰切開は必要なことだ」

「いや、でも、あの、あんなところ切ったら痛いどころじゃないんじゃ」

「本人はそれどころじゃないからな」


 まあ切開のほうが痛かったって人もいるが、とバルドは続けた。

 ヨルシャミは戦闘中でも出したことのないような声で唸りながらシーツを握り締めている。顎を伝った冷や汗はひとつやふたつではない。

 しかしそれは切開の痛みに耐えているというよりも、いよいよ最高潮を迎えた陣痛に耐えているようである。


 伊織は眉をハの字にしながらそれを見守った。

 だが――すぐに音を上げたようにバルドを見る。


「……か、回復魔法かけちゃダメかな」

「さっきステラリカが説明してただろ、後産が起こらなくなったら困るからかけるならその後だって」


 回復魔法で剥がれた胎盤ごと治ってしまっては障りがある、ということだ。


 それが落ち着いた後なら伊織の高出力の回復魔法をかけて会陰切開の跡を治してもいいが、衛生的な懸念もあるため、適切な手順で一度は縫合を行なう予定である。

 後産が完了するまで傷を開きっぱなしというわけにはいかないのだ。


 回復魔法はウイルスや菌による病そのものは直せないため致し方ない。

 解毒魔法なら多少は効果があるが、これも効果は不安定である。

 そして強い薬はそもそも妊婦や授乳中には使えない。


 伊織は下唇を噛みながら言った。


「――何年かかるかわからないけど、僕、質の良い殺菌と殺ウイルス魔法を作るよ。すぐに回復魔法をかけられないのは変わらないけど、リスクは下げられるだろ」

「そ、それは世の中のためになりそうだが……」

「イオリ、その手の魔法は調整が難しくて挫折した魔導師は両手の指じゃ足りないほどいるんだよ。だから」


 ニルヴァーレがにこやかな笑顔で伊織の肩に手を置く。


「挑み甲斐があるね! 僕も手伝おう!」

「……! はい!」

「お……お前ら、そういう面白そうな話には、私も混ぜっ……」

「ヨルシャミさん! ちゃんといきんでください!」


 高難度の魔法を創作するという面白そうな話に思わず反応したヨルシャミだったが、ステラリカにぴしゃりと怒られてこくこくと頷いた。

 眉を吊り上げていたステラリカはその表情を僅かに緩める。


「でも、そういう体力が残っているのはいいことです」


 ここに至るまではスピーディーだったが、それは胎児の成長速度によるものがほとんどだ。

 つまり出産の過程自体は通常と変わりないため、ヨルシャミのお産はハーフドラゴニュートのリオニャのように超短期決着は望めない。


 加えて耳の長いエルフ種はいざ生まれるとなった段階で難産になりがちだ。

 今回はハーフという形になるため、ハーフベルクエルフなら長い耳、逆に人間寄りなら丸い耳となる。ベルクエルフは元々他の二種よりも耳は短めだが、それでも人間と比べると長い。

 事前にどちらか判断ができなかったため、ステラリカはより悪いほうの事態を想定して動いていた。


 順調にいきんでいたヨルシャミが苦悶の声を漏らし、伊織たちが固唾をのんで見守ること数十分――ようやく見えてきた頭にステラリカが目を瞠り、その様子に伊織が心配げな声を漏らした。


「ステラリカさん、どうしました? 大丈夫ですか?」

「あ、ええ、はい、大丈夫です。もう生まれますよ!」


 その言葉にニルヴァーレが伊織の手を握り、バルドが複雑げな表情でふたりの手元を見る。

 お産に集中していたためバルドが意識を取り戻した説明は伊織にもヨルシャミにも行なえていない。つまり、バルドも現在に至るまでの伊織たちについてなにも聞いていないのだ。

 前より更に距離が近いな、という感想もまた致し方のないことである。


 そうしている間に大きな産声が上がり、全員の視線がそちらへ向く。


 生まれた赤ん坊は黒い髪に褐色の肌をしたエルフノワール――ハーフエルフノワールだった。


 瞬時に先ほどステラリカが驚いた理由を察した伊織は思わずヨルシャミを見る。

 肩で息をしているヨルシャミもまた伊織と同じ表情でぽかんとしていたが、理由に思い至ったのかハッとした。


「せ、世界の神め、まさかシェミリザの要素まで受け継がせたのか!?」

「いや、けどヨルシャミ、これはどっちかといえば元の姿の君に似てるよ」


 ニルヴァーレの言葉にヨルシャミは目を細めて我が子を見る。

 てきぱきと産湯に浸けられている赤ん坊はしわしわで顔つきはよくわからない。

 疑いの目でニルヴァーレを見ると「僕が長年見てきた顔なんだからわかるよ!」と言いきられてしまった。


「ならばあれか、世界の神が変な気の利かせ方をしたか」

「その線が濃厚だろうね。もしくはエルフノワールに近い肉体のほうが魂に合うから寄せた、とか」


 世界の神フジは父親無しに処女懐胎を可能にしたくらいだ。

 そして転生者の遺伝子は世界の神により弄られている。

 ならばそういうこともあるか、とヨルシャミが頷いたところでバルドがステラリカに声をかけた。


「縫合は僕がしようか。ヨルシャミと伊織が許可してくれるならだが」


 助手がいないためステラリカが新生児の処置をしている間はどうしてもヨルシャミへの処置が止まる。

 村医者は村人の怪我人の確認のためにステラリカと交代で出て行ってしまった。

 そう長い時間ではないが、早く縫合することに越したことはない。


 ステラリカはおふたりが大丈夫でしたら是非、とふたりを見る。


「私に抵抗はないが……」

「僕もバルドなら大丈夫だよ、でも」


 そういう技術まで持ってたんだなと伊織は感心した。


 長く生きてきたバルドは人並みながら様々な技術を持っていたが、本人が不老不死であるため医療知識に関してはおざなりに見えていたのだ。

 それが伊織たちに許可を貰うなり手慣れた手つきで縫合している。


「回復魔法を使う時は抜糸するから、その時はもう一度だけ耐えてくれ」

「お前相手にもう羞恥心もなにもない。つまり耐えることもない。むしろ頼む」


 ヨルシャミはすでに医者にすべてを任せた患者の顔である。

 バルドが処置し終えたところでステラリカが体を清めて布で巻いた赤ん坊を連れてきた。顔の脇に寝かされたところで再び大泣きし始めた赤ん坊にヨルシャミは耳を下げる。


「生まれてすぐ元気が有り余っているな、将来有望ではないか。だが私の鼓膜が破れそうだぞ」

「ふふ、すぐに疲れて寝ちゃうと思いますよ。あっ、その前に……イオリさんもほら、傍に来てください」


 私はヨルシャミさんの処置の続きをするので、と微笑んでステラリカは伊織を呼び寄せた。いつの間にか棒立ちになっていた伊織はハッとしてベッドへと近寄る。

 その歩き方があまりにも緊張してギクシャクしていたため、ヨルシャミが緩く肩を揺らして笑った。


「予想外の見た目をしているが、お前の子だ。触れてみろ」

「き、傷つけそうで怖いな……」


 伊織はどきどきする胸を押さえた後、その手を解いて優しく赤ん坊の手に触れる。

 小さな手だ。だというのに爪が生えている。半透明で薄い。

 褐色の肌はたしかにヨルシャミの元の姿に似ており、耳も長かった。

 それはシェミリザにも似ているということだがエルフノワールの種族特徴である上、ふたりは親族なのだから問題はないだろう。


 魂はほとんどまっさらだ。

 よく見ればオーラにムラがあり、その要因がシェミリザの魂の欠片なのだろう。


 それにしても、とヨルシャミが呟く。


「……生まれてすぐでも……こんなにも髪の毛が生えているものなのだな?」

「かなり個人差があるらしいよ。この髪の感触とか僕そっ……くり……」


 髪に触れた伊織は数度瞬き、そしてようやく自分の子供が生まれたという実感が湧いて声を詰まらせた。

 不測の事態の連続でなかなかそういう気持ちになれなかったのだ。


 しかし手に触れた髪の感触はたしかに自分そっくりで、それがトリガーになった。

 しばらく無言になった後、赤ん坊に涙を落とさないよう顔を背けた伊織はごしごしと目元を拭ってからヨルシャミの手を握る。


「――ヨルシャミ、ありがとう」

「ふは、今だけと言わず今後も褒めるといい。すべてありがたく受け止めよう」


 家族としてこれからも宜しく頼む。

 そうお互いに伝え合い、伊織とヨルシャミは一緒に微笑んだ。


 その十数分後。

 凄まじいパワーで瓦礫の除去作業を終えた静夏とミュゲイラたちも合流し、意識を取り戻したバルドと初孫と対面してまさに家族団欒と相成った。

 暖かく頼もしい筋肉に抱かれて一瞬で寝た赤ん坊の名前が決まるのは、これから少し先のことである。







挿絵(By みてみん)

伊織、ヨルシャミ、サルサム、リータ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

飛ばした方向けの『今回の話のまとめ』

・ステラリカが到着。個室でお産開始

・同席したのは伊織、ニルヴァーレ、バルド。村医者は村人の様子を見に離脱

・許可を得てバルドが縫合を担当

・生まれた赤ん坊にはエルフノワールの特徴が濃く出ていた


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