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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1050話 事後承諾の極み 【★】

「僕が眠ってから一年と半年!?」


 喉をホットミルクで潤わせた伊織はヨルシャミたちから聞かされた経過時間にぎょっとした。

 伊織が夢路魔法を使い、バルドたちを探しに行ったのが春の始まり頃。

 現在はそこから一年半の時が経ち、夏の終わりもしくは秋の始まりといった頃合いだった。


 伊織の肉体は以前ベタ村でベルが行なっていたように様々な魔法を駆使し、なるべく元の状態を維持していたそうだが完璧に保つのは難しかったそうだ。

 そのためリスク覚悟でニルヴァーレが時折憑依して日常生活を送り、各部位が衰えるのを最小限に抑えながら介護生活のような状況からも脱したらしい。


 なお「魂の本体は深いところにまで潜っていたから普通に憑依するよりは楽だったよ!」とニルヴァーレは親指を立てていた。

 とはいえ長く入りすぎていると今度は『伊織の魔力で作ったニルヴァーレの肉体』が魂無しの状態になってしまい劣化が早まるため、危ない橋を渡っているのは今も昔も同じだ。


 伊織の様子を見たヨルシャミは腕を組みながら頷く。


「うむ、驚くのも仕方のないことだ。ある程度は予想をしていたとはいえ、実際に時が経つと感じ方もまた違ったものに――」

「いや、その、もしかして十年くらいは経ってるかなって覚悟してたもんで……」

「そっちか!?」


 今度はヨルシャミのほうがぎょっとし、そしてすぐに伊織の言わんとしていることを悟って真剣な顔になった。


「……つまり、それだけの時間をあちらで過ごしたということか」

「正確な時間はわからないけどね。それにもう少し短いけど……あっちとこっちじゃ時間の流れが全然違ったから、そういう事態も想定せざるをえなかったというか」


 伊織は頬を掻きながら笑う。


 浦島太郎のようなものだ。

 狭間にいる間も死ななかったということは現実世界、もといフジの内側の世界で肉体が正常に保たれているということだったが、それは時が経っていないという証拠にはならない。


 ヨルシャミは長命種であり、ニルヴァーレも特殊な状態のためある程度は大丈夫だと伊織は自分に言い聞かせていたが、目覚めてみれば世話をしてくれていたのは遺志を継ぐ者でヨルシャミたちはとうの昔に亡くなっていた――と、そんな想像もした。


 それが一年半で済んだのだ。

 伊織の驚きは喜びと共にあった。

 咳払いをしたヨルシャミは「まあ悪い意味でショックを受けなかったのは僥倖であるな」と前向きに捉え直す。そこでニルヴァーレが快活に笑った。


「しかし十年もかからなくて良かったよ、ヨルシャミが随分と心配しててね。二ヵ月経った段階ですでに毎日ため息を――」

「ええい、余計な情報を出すな! そ、それよりイオリよ、結果はどうなった?」


 手の平でニルヴァーレの顔面を押さえつつヨルシャミが訊ねる。

 伊織は頷くとこれまであったこと、そして成果について掻い摘んで話した。


 ヨルシャミは相槌を打ちながらそれを聞き、世界の腐った部分の治癒や世界の膿を減らせたことには安堵の表情を浮かべ、そしてバルドは見つかったがオルバートは依然として発見に至っていないことには目を細めて考え込む。


「……なるほど、たしかにふたり一緒にいないパターンもありえたか」


 それを知った時の伊織の心情を思ったのか、ヨルシャミもニルヴァーレも難しい顔をしていた。

 伊織は極力明るく笑いながら手の平を見せる。


「でもバルドは見つけられた。父さんのことも絶対に見つけてみせるよ。ただ……バルドの状態が不安定だから、召喚で呼び寄せられるかすぐに試したいんだ」

「ふむ、しばらくはゆっくり休めと言いたいところだが――時の流れが異なるなら、このまま一晩明かすことすら不安であろう。わかった、この後にすぐに試してみようではないか」


 ただし、とヨルシャミはベッドの傍らに置いたイスから立ち上がるとキッチンへと向かった。

 伊織の膝の上でまったりとしていたウサウミウシがぴくりと反応したが、そんなウサウミウシには素早くパンを与えつつ、ヨルシャミは野菜たっぷりのホットドッグを伊織に差し出す。

 艶やかなソーセージの上にはケチャップとマスタードが波模様を描いていた。


 目をぱちくりさせる伊織にヨルシャミは笑みを向ける。


「夢路魔法の世界や狭間とは異なり、現実では腹が空く。集中力も落ちるというものだ。急く気持ちもわかるが、成功率を上げたいならば食べろ」

「ヨルシャミ……」

「それに肉体にニルヴァーレを入れて昼食を食べる前だ、ホットミルクでは足りなかったであろう?」


 それに応えるように伊織の腹がグゥッと鳴った。

 狭間でも食事の真似事はしたが、腹の虫はうんともすんとも言わなかったため久しぶりに耳にした音だ。それは空腹感も同じだった。


 伊織は腹を押さえつつ笑みを浮かべると「うん」と頷く。


「ふは、それに私の手作りだ。ありがたく食べるといい」

「ありがとう、ヨルシャミ。あと、その……」


 空腹感で『現実に帰ってきた』と強く意識した伊織は、経過した時間への驚きや急く気持ちから言いそびれていたことを口にした。


「……遅くなったけど、ずっと待っててくれてありがとう、ふたりとも」

「礼を言われることではない。が、お前が礼を言いたいならば――私も言おう。帰ってきてくれてありがとう、イオリ」

「さっきはヨルシャミのことだけ持ち出したけど、僕も心配してたんだよ。おかえり、イオリ」


 ふたりに左手を握られた伊織は心の底から嬉しそうに笑う。その時だ。


 ――ッぐゥゥゥ……ううぅ……ぐぅ~……。


 あまりにも唐突な腹の音は伊織のものではなく、そしてこの部屋で聞こえた腹の虫の声で一番の大物だった。


「……」

「……」

「……」


 沈黙した三人はそれぞれ視線を交わし合い、そして己の腹を押さえたヨルシャミが耳の先まで真っ赤にして俯く。

 それを見た伊織は先ほどとは異なる笑い声を零しながら「じゃあみんなで食べようか!」とヨルシャミの手を握り返した。


 そして、さっき行なった説明に含めていなかった事柄を思い出し、迷った末に「この後すぐに召喚に取り掛かるならドタバタする前に話しておくか……」と切り出す。


「ヨルシャミ、食べながら聞いてほしいんだけどさ」

「む? な、なんだ?」

「フジさんから恩返しとしてひとつ提案があって、その、ヨルシャミと相談する余裕がないまま頷いちゃったんだ。ごめん、事後承諾になるんだけど――」

「まあ会う機会が限られる相手ならば仕方あるまい、それにその様子だと保留も出来ぬことだったのであろう?」


 うん、と頷いてから伊織はなるべく深刻にならないよう明るい口調で言った。


「シェミリザ姉さんの魂、世界には還れないけど欠片をフジさんが保護してたんだ」

「む……」

「で、大部分が新たな魂になるけど、僕らの子供として転生させてあげれば、その生ではヒトとして世界に還れるらしくて」

「む!?」

「う……産んでくれる?」


 伊織は上目遣いに恐る恐る訊ねる。


 ヨルシャミは口を半開きにした後、何度も意図不明のジェスチャーを繰り返し――「事後承諾の極みを見たぞ! このような心情ではなにも喉を通らんな!!」と叫んだと同時に、もう一度腹の虫が大声でそれを掻き消したのだった。







挿絵(By みてみん)

ニルヴァーレ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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