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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1049話 暗闇の高速道路

 帰り道も相当な難所ばかりだった。


 フジと降りた際は障害物に接触することなく一直線に落下できた。

 しかしひとりで登るとなると目に見えない謎の気流や固い壁、ヒトが本能的に嫌がる臭いで作られたフェンスのようなもの、鼓膜を破壊されかねない轟音の鳴り響く場所、三百色を越える色が一秒ごとに入れ代わり立ち代わり視界に入る場所など、予想もしていなかったものが伊織に襲い掛かったのだ。


 特に最後の色のポイントは瞼を閉じても見えるため難儀した。

 だがこれらを自力でいなせなくては次にひとりで来ることなどできない、と伊織は自身に言い聞かせて乗り越えていく。


 雲の空間まで送ってあげようか、というフジの申し出を断ったのは伊織だ。


 伊織としてはいち早く現実に戻ってバルドの召喚を試みたかったが、ひとりでこの道を通る場合にどんな障害が待ち構えているのか情報が欲しかったのだ。

 加えてフジに無理をさせず安静にしていてもらうことも理由のひとつである。


 そして狭間で成長した自分の力が通用するのか。

 それも確かめたかった。


 結果は『大分ぼろぼろになったが雲の空間までひとりで抜け出ることは可能』というものであり、上々ではあったが――もし次もこのような状態になった場合、狭間で活動する前に長い休息時間が必要であろうことは明白だ。


「狭間もキツかったけど、こっちは世界の内側特有の圧力が常にかかってて魔力の剥がれ方がかなり違うな……いや、これは狭間で長く過ごしすぎたのもあるか」


 狭間での活動に最適化されてしまったのだ。

 狭間専用の省エネモードを内側でもそのまま使おうとしているようなものである。


 これも対策や対応を考えないと。

 そう思考しつつ、伊織は冷や汗を拭いながら来た道を振り返る。

 赤黒いものは見当たらず一面真っ白だったが、今ならその向こうに古傷までの道が伸びていることが感じ取れた。


 次にここへ訪れる時にはもっと楽に降りられるようになっていよう。

 そう考えながら伊織は炎のマントに風を孕ませて急上昇した。


 ――しばらく飛び続けている間に徐々に懐かしい気配が近づいてくる。


 伊織の夢路魔法の世界の淵で待たせた『命綱』であるウサウミウシの気配だ。

 夢路魔法の世界も伊織が遠く離れれば消えてしまうが、ヨルシャミの夢路魔法の世界と同じくニルヴァーレが維持を受け持ってくれていた。

 今も支障なく続けているらしい。

 そう安堵しながら伊織はこちらへ降りたのと同じポイントを探り当てた。


 すでに縫合跡はなく、綺麗に直った場所を壊すのは気が引けたものの、卵の殻を割るように白い空間を破って上層へと滑り込む。

 途端に水圧じみた圧迫感が全身を襲ったが、伊織は落ち着いて亀裂を縫合すると金の糸をぱちんと切ってから立ち上がった。


(足元を掬われたら転びそうだけど、前と全然違うな……)


 もちろん流れが弱まっているわけではない。

 伊織は足元をじっと見た後、顔を上げて迷いなく一点を見つめると走り出した。

 自身の夢路魔法の世界が近づくたび自由にできることが増えていく。

 来た時は真っ暗だった場所にもいくつかの灯りを作り出し、伊織が瞬きをひとつすると――そこは高速道路に姿を変えていた。


 夢路魔法も強化されている。

 伊織はそれを確かめるようにジャンプすると着地点にバイクを作り出し、乗り込むと同時にハンドルを握って発進させた。

 このバイクに相棒の魂は入ってはいないが、座り心地もハンドルの感触も本物と遜色ない。


 次は、現実でバルドやオルバートたちと一緒にバイクに乗ろう。

 乗り方を知っているのだからもう一台バイクを作り出してツーリングしてもいい。


 伊織はそうふたりの父のことを想いながら高速道路を進み続けた。

 ――憧れのバイクを購入した際、頭を掠めたのは「父さんが生きていたら一緒に乗れたのかな」という叶いもしない願望だった。

 それが今は手を伸ばせば掴めるかもしれない位置にある。

 様々な人の手を借り、そして自身を鍛えて掴み取れるところまで来たのだ。


 最後まで諦めない。


 そう伊織が目を細めたところで高速道路が突如途切れ、まるでジャンプ台のように暗い空間へと跳び出す。

 同時に眼下から甲高い鳴き声が響き渡り、口元に笑みを浮かべた伊織はバイクを激しくバウンドさせながら着地した。

 急停車した目の前には黒い階段が伸びている。

 その最後の一段に小さなウサウミウシがちょこんとのっていた。


 別れた時とまったく変わっていない。

 伊織はバイクをふわりと消すとウサウミウシに近寄り、ウサウミウシは待ち構えていた様子で跳ねると伊織の腕にくっついた。


「あはは、よしよし、ちゃんと留守番できてて偉――ぃうぉわわ!! そのまま登るな登るな!」


 ミニウサウミウシの再現度は高い。

 這う感触も現実のウサウミウシそのままである。

 いくら小さいとはいえ、ひんやりしたものが腕を這い上がって袖の中に入っていくのを見て伊織はその場でひっくり返りそうになりながら奇声を上げた。


 ――おかげで現実世界を見失わない気付け薬代わりにもなったが、怪我の功名と言うべきかは迷うところである。


     ***


 鍋の煮立つ音がする。

 そう理解できたのは、その音を数分聞いた後だった。


 伊織は額にかかる前髪を払いながら目を開ける。

 温かい光が射し込む室内はヨルシャミの隠れ家のもので、少し離れたキッチンで誰かが鍋を見ていた。

 緑の髪を高い位置で縛り、エプロンを付けたヨルシャミである。

 その隣にはマグカップを吟味するニルヴァーレがいた。


「今日はこのステンドグラスタイプにしようかな、ただのホットミルクも極上の宝石のようになるから好きなんだ」

「まったく、味は変わらんだろうに……ほら、決まったなら寄越せ」


 鍋の中身はホットミルクらしい。

 ヨルシャミはおたまでそれを掬うとニルヴァーレのマグカップへと注ぎ入れる。


 その光景をぼうっと眺めていた伊織はこれが夢ではなく現実だと理解し、そして声を発そうとしたところで喉が張り付いてむせ込んだ。

 途端に目を丸くしたヨルシャミがマグカップを落とし、ニルヴァーレが素で驚いた顔をしてキャッチする。


 熱いんじゃ? と伊織は心配したものの、ニルヴァーレは器用にも持ち手を掴む形でキャッチしていた。


 それを見てホッとしながら伊織は笑みを浮かべて片手を振る。

 そして、すぐには出ない声の代わりに唇の動きで「ただいま」と伝えるなり――たった二歩で近寄ったヨルシャミに抱きすくめられ、ベッドへと逆戻りしたのだった。

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