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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1048話 世界の神の『恩返し』

「――そうか。父親の半分は見つけられたが、もう半分は未だに行方知れずか」


 息も絶え絶えだった伊織が落ち着いたタイミングで事のあらましを聞いたフジは視線をやや下げながら呟いた。


 広大な狭間で人ひとり見つけられただけでも僥倖だ。

 しかし伊織はそれで良かったと心から喜べる心境ではない。


「フジさんは狭間が見えますか? どんな些細なことでもいいんです、なにか気になるものがあれば教えてください」

「私に目という器官はないが、しかし逆に全身が目だとも言える。全身を使って視覚以外で感じ取っているからね。人類でいう映像のように『見ている』と同等の情報を得られる」

「なら……!」

「ただ、君たちに合わせて言うなら……相当な弱視で、それ故に細かなものを見つけるのには向いていない」


 遥か先で死んだ兄弟姉妹を観測はできる。

 しかしそれは相手もまた途方もないほど巨大だからこそ。

 砂粒の中にひとつ混じった骨粉を見つけてくれ、と願われてもフジはどうすることもできない。


「君たちを転生させる際に使った空間は私にほど近い狭間の一部を改造したものだ。けれど私が干渉できるのはそれくらいで、本来は手も足も動かせないから探してやれないんだ。すまないね」

「いえ……こちらこそ無理を言ってしまって……」

「まあ元から手も足も無いのだけれど!」

「まだテンション高いですね!?」


 フジは赤黒い空間でもきらきら輝くほど溌剌としており、動くたび光の粒がふわっと舞っていた。表情も明るくテンションもおかしい。

 伊織がなんとなくニルヴァーレを思い出しているとフジは「当たり前じゃないか」と笑った。


「例えば心のどこかで諦めるほど長く患っていた大病が治りそうなら、誰だってこうなるだろう?」

「あ、の。ど……どうですか? 例の未来は回避できそうですか?」

「それは君たちで確かめたほうがいい。――とはいえ、私でも『まだわからない』としか言えないけれど。なにせ転生者が大きく関わっていることだ、予知も予言も定められたものではなくなる」


 だが、とフジは伊織の肩をぽんと叩く。


「私の中の人類たちも、未来のために様々な策を講じてくれているんだろう?」

「はい」

「私が治癒した状態で彼らが手を組んで様々なことを試し、これからまた起こるかもしれない危機を回避し、残った魔獣たちを私の中から消してくれたなら――その先に待っているのはどんな未来か。それを良い方向に想像しても、夢見がちな子供だなとは言われないと思わないか」


 きっと大丈夫。

 そう無責任に言えるくらい今の私は調子がいいよ、とフジは自分の胸元を撫でた。


「――そうですか、良かった……」


 伊織は心からの言葉を零しながら緊張を解く。

 上手く叶わないこともあったが、しっかりと叶ったこと、そしてこれから叶いそうなことがある。オルバートの件で暗い気持ちになりがちだったが、喜ぶべきことは喜ぼうと伊織は思った。


 そこへフジが声をかける。


「イオリ、君はこれから一旦戻ってバルドを召喚するんだったかな?」

「はい。成功するかは賭けですが、試す価値はあります」

「それは私も同意見だ、規格外の君なら成せる荒業かもしれない。――そしてどんな結果になっても、またもう一度ここまで潜ってくるんだね」


 バルドを召喚する手法が使えなかった場合はふたりのために。

 召喚が成功した場合もオルバートを探すために、伊織はここへ戻ってこようと考えていた。

 どれだけ時間がかかろうとも。


「……折角治ったフジさんに負担を強いるつもりはありません。ここへ僕を迎えに来たのも特例みたいなものですよね?」

「ああ、そうだ。まあ用事があったからっていうのもあるけれど」

「用事? 出迎える以外のですか?」


 伊織がそう問うとフジは「さては忘れてるな?」と笑う。

 そして「しばらく相見えることが出来ないなら、なおさらその用事を早く済まさないとね」と伊織の肩を叩いた。


「前に君に話した『恩返し』についてだよ」

「……ああ! そういえば言ってましたね。でも、あの、無理はしない方向でお願いしたいんですが……」

「無理して本末転倒になるようなことはしないさ、それに私の得意分野を活かそうと考えてるんだよ。ただちょっとばかりズルをするから、他の人類には内緒だよ」


 そう茶目っ気たっぷりに言うと、フジは伊織に耳打ちする形で恩返しの内容について伝える。


 神妙な面持ちで聞いていた伊織は目を見開き、安堵し、笑顔になり、そして固まると口を半開きにしたかと思いきや一瞬で赤面するという百面相を披露した。

 フジの言葉の意味を咀嚼するために数秒費やし、そして聞き間違いや誤解はしていないと理解すると口をぱくぱくさせる。


「……ッえ!? え!? いやあの、その、それはヨルシャミに聞いてから決めるとかそういうのは――」

「それじゃあ遅いんだ、恩返しの意味が半分くらい失われてしまう」

「こ、ここで僕が決めないといけないってことですか。いやまぁ、いつかは、と思ってましたし、ヨルシャミも頷いてくれるとは思いますけど、僕の一存で決めていいのかな……」


 迷う伊織にフジは歯を覗かせてにっこりと笑った。


「なんと! 今なら私が直々に色んな特典を付けてあげられるぞ! 君たちの負担も減らしてあげよう! 死にそうでもそれくらいの力はあるからね!」

「そんな怪しい通信販売みたい、な……って、やっぱり治りきってないんです!?」


 伊織はぎょっとしながらフジを凝視する。


 やはり初めより大分元気そうに見えるが、フジ曰くまだ『死にかけ』なのだ。

 穴を塞ぎ、腐敗部を取り除き、世界の膿を減らしてもまだまだ完治には遠く及ばないのか、と伊織が考えているとフジは軽い様子で「ああ、いやいや」と手の平を横に振った。


「狭間での時間の経過は遅いが、私の内側から見れば未来のことなんだ。時間の流れがまったく違うから」

「へ?」

「夢の中で経過する時間って曖昧だろう? それに現実世界の経過時間とリンクもしてない。そんなところと繋がりやすい空間に属してるんだ、あとはわかるだろう?」

「え、あ……なるほど……」


 そんなチグハグな時の流れの空間が世界の穴により内側の世界と繋がったのだ。

 それはもう恐ろしい状態だったのだと伊織は再度認識し直す。


「君は未来に飛んで私を助けた、そんな感じだと思ってくれ。本当はもう少しややこしいことになってるけど……まあ、君がここで頭を悩ますべきことじゃない」

「ええと、だから今現在ここで話しているフジさんはまだ回復しきっていない、と」

「そういうことだ。私は狭間も認識している、というか本来はそちらを軸に認識してるから不思議な感じだけれどね。自分の中に入るとそこは過去になっている、って感じだ」


 それは不思議でしょうね、と伊織は思わず口にしていた。


 なんにせよ未来での回復が約束されているのなら心配はいらない。

 伊織はホッとしつつしばし考え込み、そして決して軽くはない唇を持ち上げるとフジに向かって頷いた。


「――ひとまず、フジさんからの恩返しの件はわかりました。ヨルシャミには事後承諾になりますが、僕からきちんと話しておきます」

「ああ、宜しく頼む。……私の愛しい子たち、君たちの行く末が幸福に溢れたものであることを祈っているよ」


 そう微笑み、フジは両手で伊織の頭をわしゃわしゃと撫でた。

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