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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1047話 もう一度切り捨てる覚悟

 オルバートもバルドと同じ状態である可能性が高い。

 そう目星を付けた伊織は赤黒い空間に銀色の髪を探し続けたが、一向にそれらしきものは見つからなかった。


 バルドは頭髪以外も伸びていたが、オルバートはまだ髭の生える年齢ではなかったため、そのぶん毛量が少ないのかもしれない。

 伊織はそんな予想を立ててみたが詮無い予想であることは否めず、日に日に焦りは降り積もっていく。


 それから数ヶ月の間に、何度か大きな世界の膿に出くわした。


 だが世界の膿たちはあの時のような助言をすることはなく、しかし微かな声ながら感謝の言葉をかけられることはあった。

 それはつまり、彼ら彼女らが伊織に感謝していても伝えられる情報を持っていないということである。


 苦しい気持ちを抱えながら伊織は様々な場所を飛び回った。

 そして定期的に拠点にしている場所へと戻り、バルドの様子を見る。


 バルドは相変わらず意思の疎通が出来ない状態であり、夢路魔法で頭の中からアピールしてみようと考えてみたこともあったが――特殊な状態と特殊な状況が揃っているタイミングで下手なことはしないほうがいい、と一旦先送りにした。

 試すならフジの中の世界へと帰ってからにするべきだろう。


 そうした頃、拠点に戻った伊織はある選択を迫られていた。


「――バルド、父さんがどこへ行ったか心当たりはないか?」


 寝かせたバルドの隣に座った伊織が口にしたのは、意図的に今まで問わなかった事柄だった。

 問い掛けたところで今のバルドには答えられない。

 それをわかっていて訊ねるのはバルドにも苦しい思いをさせることになるのではないかと考えたのだ。


 しかし、ついにそれを口にするほど伊織は分かれ道で迷っていた。


 案の定バルドからの返答はない。

 これでもここ最近は初めの頃より反応が見られるようになったほうだが、それでも昔のように楽しそうに笑うことも悩むことも怒りを見せることもなかった。


 伊織はバルドが生きていて嬉しい。

 しかしこれでは死んでいるのも同然なのではないか。

 そんな考えが湧いてしまったことに顔をしかめ、伊織は赤黒い空間を仰ぎ見る。


「ずっとここにいてもバルドは良くならない。……父さんはまだ見つからないけど、そろそろ前に話した方法でここから去らないといけないって……そう思うんだ」

「……」

「見捨てるみたいで嫌だ」

「……」

「フジさんの案内無しでここに来れるようになるまで、どれだけ時間がかかるかわからない」


 伊織は自分の揃えた膝に額を押し当てると震える声で弱音を吐いた。


 バルドの前では彼と自分を鼓舞するために明るく振る舞うよう努力してきたが、父の片方を切り捨てるような真似をするともなると気分が沈む。

 フジに再び案内を頼んでもいいが、療養中ともいえる彼に何度も迎えに来させるのは酷というものだ。下手をすれば今までの努力が水の泡になるだろう。

 このままオルバートを放置する気はさらさらないが、再びここまで来る頃に何十年経っているかわからなかった。


 その間、オルバートは地獄を味わい続けることになる。

 残酷なほどずれた時の流れの差を目の当たりにした後だ。

 その選択の恐ろしさを伊織はよくわかっていた。


「また父さんを切り捨てる覚悟をすることになるとは思わなかったよ、――いや、でも覚悟する時間はあったんだ。弱音を吐いてごめん」

「……」

「狭間で活動している間に僕も鍛えられたし、フジさんの案内無しでもすぐ来れるようになる可能性はある。――だから、……」


 伊織はぎゅっと唇を噛むと、すっくと立ち上がってバルドの手を握る。


「帰ろう、バルド」

「……」

「前に伝えた通り、僕が呼んだら応えてくれ」


 バルドの目が伊織の顔へと向く。

 前のように言葉はなかったが――それが肯定のように感じられ、伊織はバルドを抱き締めた。


 万一、バルドが応えられなければ彼をもここへ置いていくことになる。

 長い別れは恐ろしい。

 その恐怖を掻き消すため、力一杯自分の家族を抱き締めた伊織は温水の膜が壊れたことで腕を離した。

 そして目元を拭ってから声をかける。


「ここで待っててくれ、バルド」


 必ずみんなのところへ帰れるから、と再びあの時のように言葉を重ねて。


     ***


 古傷から内側へと戻った伊織は穴を抜けるなり立ち眩みに襲われて膝をついた。

 続けて現れたのが三半規管が駄目になってしまったような眩暈だ。

 空間ごとぐるぐると回転しているかのようだった。


 長く狭間にいすぎたせいだ。

 すぐにそう直感的な答えが出る。


「それだけ環境が違う、ってことか……」


 魂そのものに出ている影響である。

 伊織がどうにかできないものかと試行錯誤していると、突如天から白い光が降り注いで周囲の温度が少しだけ上がったように感じた。


 ――人間の形をした太陽が落ちてきた。


 そう感じるほど眩かったそれは、長い袖を振り上げる動作と共にフジの姿になる。


 フジは気が抜けるほど明るい笑みを浮かべると伊織の前まで歩いてきた。

 ああ、切除した跡も治って世界の膿も大分減ったから嬉しいのか。

 そう伊織が察すると同時に両腕が差し伸べられ、助け起こしてくれるのだと思った伊織はそれに応じようとし――フジが勢いに任せて体を一気に抱き上げたため今にも死にそうな声が出た。


「イオリ! 予想以上だよ、ここまで綺麗に取り去ってくれるとは思わなかった!」

「フフフフジさ、さん、あの、ぉえ……!」

「君の目標が達成できたかどうかはわからないが、私の体のことならわかる。じつに上々だ!」


 フジはそのまま伊織をぐるんぐるんと回し始める。

 凄まじい不意打ちの拷問だ。

 伊織は「今吐いたらどうなるんだ? そもそも魂が吐くものってなんだ!?」というぐちゃぐちゃな思考になりながら震えた。


 これはどうにかして止まってもらわなくては無事に現実に戻ることすらできない。

 伊織は口を押さえる指の隙間からありったけの声を出して言った。


「は、狭間であったことを報告します! なので一旦下ろし――」

「おっと、喜びのあまり人類のような感情表現をしてしまった。すまないね」


 ピタッと止まったフジはそう笑ったが――凄まじい勢いで回転していたところで急停止したのだ。その衝撃はこの空間でもしっかりと襲ってくる。

 結局、伊織は再び無事に戻れるかどうか不安に駆られながらその場に倒れ込んだのだった。

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