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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1045話 銀の髪束

 赤黒い空間に漂っていたのは糸束のように伸びた銀色の髪だった。


 何日もかけて進んだ先でその『毛先』を見つけた伊織は冷や汗を流す。

 バルドやオルバートは不老不死でも髪は伸びるのだ。

 そのエネルギーがどこから作られているのか伊織には理解できないが、狭間でもずっと繰り返されていたのなら――この長さは、彼らがこの空間で過ごした年月をそのまま示している。


 掴んだ髪は視認できないほど先まで続いていた。


 五年や十年で伸びる量ではない。

 普通の人間なら長くて六年ほどで毛髪にも寿命が来るが、ふたりにはそのリミットも存在しないのだろう。

 それにより、やはりフジの内側の世界とは時間の流れが異なるのだと伊織は再度目に見える形で思い知らされた。


 こんな場所で途方もないほど長い時間を漂っていたバルドとオルバートは果たして精神を保てているのだろうか。

 そんな不安が過り、伊織は髪の続く先を調べることに僅かながら恐怖した。


(でも……ここまで来て怖いから確かめないなんて、そんなことできるもんか)


 伊織は自分の頬を勢いよく叩くと髪を頼りに飛び始める。

 そうして更に何日も何日も経った頃、髪の先に大きな塊が見えた。


 繭玉を想像した伊織はカザトユアの養蚕を思い出す。

 恐る恐る近寄ると、どうやらこの髪束の中に人が入っているようだった。

 髪や髭が伸びすぎて雁字搦めになってしまったのだろうか。そう考えた伊織は風の鎌を六対作り出し、目にも留まらない早業で髪束だけを切っていく。


「……」


 髪を整えるたび、それは人の形になった。


「……」


 目を閉じた男性だ。

 身長は今の伊織より少し高い。

 劣化は見られるものの服装は当時のままだと一目でわかった。


「……バルド」


 伊織は涙声で名前を呼ぶ。

 髪束の中から現れたバルドは目を閉じたまま微動だにしない。

 狭間では呼吸の有無を確認できなかったが、性質を考えれば死んでいるわけではないだろう。しかし心はどうなのか。髪を見つけた時に感じた不安が再び伊織を襲う。


 名を呼ぶ声に反応しない姿をじっと見つめた伊織はひとまずバルドをフジの近くまで運ぶことにした。

 時間の流れ以外に環境が変わるわけではないが、拠点に連れ帰ることは大切だ。

 でなければ満足にオルバートを探しに行くこともできない。


「父さん……」


 ――そう、バルドの傍らにオルバートの姿はなかった。


 それはそうだ、手を繋いで一緒に吸い込まれたとしても、気も遠くなるほど長い間こんな空間で離れ離れにならないでいられるわけがない。

 そうわかっていても残念な気持ちになった伊織は眉根を寄せ、後ろを向いていた視線を引き剥がすとバルドを出力したそりに乗せて走り出す。


 バルドは生身のため、魂の状態でここまで来ている伊織本人は触れられない。

 目を開ければ姿形を見ることはできるかもしれないが、触れようとしてもすり抜けてしまうだろう。

 ただし、先ほどの風の鎌のように魔法なら接触が可能だ。

 それは伊織の出力したものにも当てはまっていた。


 揺れないそりに乗せられたバルドはやはり寝返りひとつ打たず、それどころか関節も固まってしまっているようだった。

 そして伊織にとっては久しぶりの生身の人間であり、そりを引くだけでも随分と重く感じられる。


 生きた死体という摩訶不思議なものを引っ張っているような不思議な気分になりながら、伊織は来た道を引き返し続けた。


     ***


 ようやくフジの表層に辿り着いた時、伊織は縫合部がいくつも完治しているのを見て安堵した。

 フジは着実に良い状態になっている。

 不安な状況の中でも朗報があったことに胸を撫で下ろしつつ、伊織はバルドの乗ったそりを止めた。


「ここから生身のバルドを内側に戻す方法か……」


 もちろんなにも考えていなかったわけではない。

 思考する時間だけは山ほどあった。


 ただ、考えていた策を試すにはバルド本人の了解が必要になる。

 オルバートを探しに出る前にもしものことを考え、ここでバルドの了承を得ておきたい。伊織は己の魔力残量を確認すると「いちかばちかだな」と一気に何十種類もの魔法を同時に発動させた。


 凡そ二メートル四方の四角形。

 たったそれだけの空間だが、様々な魔法を組み合わせることで疑似的に内側と同じ環境を作り出す。


 凄まじい負荷を感じつつ伊織は手の平に温水を纏わせてバルドの頬を軽く叩いた。

 温水のバランスに気を使う必要があり、強い力はかけられない上に直接触れるよりも柔らかい感触になるだろうが、これで伊織でも触れることができる。


「バルド、聞こえるか? 風の魔法で空気を振動させてそれっぽくしてるんだけど」


 返事はない。

 伊織はそれでも声をかけ続けた。


「僕だよ、伊織だ。遅くなってごめん、バルドたちのことを迎えに来たんだ……だから目を開けてくれ、なあ」


 ここには空気も存在しているが、バルドは呼吸の仕方を忘れたように静かだった。

 伊織は「ごめん」と更に謝ってから風を操り、バルドの肺に直接空気を送り込む。

 そこで初めてバルドは小さく咳き込んだが、お世辞にも意識が浮上したようには見えなかった。伊織はそのまま言葉を続ける。


「あれから世界は平和な未来に向かって歩み出してるよ。みんなのところに帰ろう。――母さんもバルドのこと、待ってるからさ」


 伊織自身も寂しかった。

 仲間としてのバルドを、そして再会した父としてのバルドを再び失ったようで悲しかった。

 しかしそんな気持ちよりも、待ち続けている母のことをバルドへと伝える。

 それこそが一番大切なことだというように。


 すると、しばらくしてバルドの睫毛がぴくりと動いた。

 伊織が目を瞠る中、酷く緩慢な動きで瞼を上げたバルドは焦げ茶色の瞳を虚空に向ける。


「バルドっ、……」


 名を呼んで声をかけようとした伊織は思わず言葉を飲み込む。

 バルドは目を開いた。

 視線は彷徨っているが自分の意思で動かしているように見える。


 しかし――そこから、感情のようなものを感じ取ることはできなかった。

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