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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1043話 伊織の切除術 【★】

 フジの言っていた通り狭間に存在する世界の膿に肉体はなく、剥き出しの魂のまま苦しみもがきながら漂っているようだった。

 たったひとりだけの膿から複数の魂が固まった膿まで様々だが、どれも伊織が直接触れるだけで一瞬で燃え上がり、一片も残さず消え去る。


 それはまごうことなき消滅だったが、優しい見方をするなら永劫に続く苦しみと渇望から解き放ち、その渇望に含まれる『故郷に帰りたい』を間接的に叶える行為でもあった。

 伊織の魂は魔導師としての修行を繰り返したことから更に洗練され、魔力で保護した状態であってなお十分な威力を持っている。

 ビニール袋で包んだお湯に外から触れても熱が伝わるようなものだ。


 もちろん世界の膿にとってはお湯などという生易しいものではなく、シンプルに例えるなら太陽が自ら近づいてくるようなものである。

 つまり、彼ら彼女らは苦しむ間もなく消えることができていた。


 何十回とそれを繰り返したところで伊織は『フジの腐った部位』を発見する。


 予想通り今の伊織なら「これはもう駄目な部分だ」と一目で察せるものだった。

 生身の目ならこうは見えなかったかもしれないが――そこは周囲の赤黒さとは異なり、青黒さと灰色の入り混じった色をしていた。

 うっかり冷蔵庫に入れ忘れて腐らせた肉を思い出した伊織は口角を下げる。


 しかし目を逸らすことはなく、そのまま腐った部分の切除に取り掛かった。

 それがつい今しがたのことだ。


「生きてる部分よりは硬度が下がってて風の鎌で切ることはできたけれど……」


 抉れた傷跡はお世辞にも綺麗とは言い難い。

 色の悪い部分もちらほらと残っており、ここからはもっと細やかな作業が必要になることは一目瞭然だった。


 人類の場合、腐った部分は綺麗に切除しきらなくては完治が遠のくどころか新たな病を呼ぶ可能性がある。

 ただし世界という概念そのものであるフジを内側の法則とは異なる空間で人類扱いするのはおかしな話だ。


「――でも、僕はフジさんを人として扱いたいな」


 今見せている性格や言動がこちらに合わせてくれている結果だとしても。

 時折、人ならざる感覚や倫理観を垣間見せたとしても。

 それでも伊織はフジを人として扱いたかった。


 ならば今も同じような扱い方をしよう。

 そう決め、伊織は小さな風の刃を両手に作り出すと色の変わった部分を地道に切り取り整え始める。それは広大な草原をたったひとりで整地するような作業だったが、伊織はやめるつもりは毛頭なかった。


 腐った部分を切り取り、意味がなくとも時に清潔な水で清め、必要があれば金の糸で縫い合わせていく。


 早く治るように願いを込めて。

 今生きている部分が侵されないように祈りを込めて。


 その作業の合間にも世界の膿が近づけば伊織はすぐに反応して救っていった。

 ただし膿の数は減っても一時的なもので、気がつけば遥か彼方から拡声器のサーチが届く範囲まで接近していたが、それでも逐一消していくことで世界の周囲に滞在する時間はとても短いものになっている。

 その間に少しでもフジが回復することも一緒に願いながら伊織は作業を続けた。


     ***


 ――どれほどの時間が経っただろうか。


 現実世界が今どうなっているかは伊織にはわからなかったが、ほんの少しの休憩を挟むたび残してきた家族や仲間たちのことを想った。

 きっと心配しているだろう。

 しかし信じて待っていてくれている。


 浦島太郎みたいな展開だけは嫌だな、と呟きながら体を起こした伊織は次の患部を探して走り出した。


 切除して清めて回復を促し、今さっき五十ヵ所目の処置を終えたところだ。

 さすがに手が慣れて効率的に処置することができるようになり、魔力の防護膜も必要最低限の消費量というものが掴めてきた。要するに省エネである。


 順調だ。

 敵になるような存在もなく、難しい作業にも慣れた。

 省エネのおかげで消費量よりも一度に召喚とテイムを行なって回復する量のほうが少しばかり上回り、それは召喚に使用する魔力をもカバーしている。


 しかし――バルドとオルバートはまだ見つからない。


(痕跡すら見つからないんだよな、……父さんに関わるもの以外も)


 吸い込まれたのはバルドたちだけではなかった。

 ミッケルバードにあった草花、住んでいた動物、地形を形作っていた土や岩など様々なものが世界の穴に吸い込まれたはずだ。

 しかし伊織はここに来て木の一本も見つけていない。


 宇宙空間に例えた通りこの空間には空気がなく、一度勢いが付くと魔法や機械の力を借りなくては方向転換もままならない場所だ。

 伊織も風の魔法を駆使し、今はシァシァの重力制御装置の効果も再現して使用していた。

 恐らくこれはヨルシャミに見せれば伊織の創った新種の魔法扱いされるだろう。


 そんな補助があるはずもないものたちは吸い込まれた勢いのまま放出され、そのまま遥か彼方まで飛んで行ってしまったのかもしれない。


 伊織は当時のふたりの装備を思い返す。

 ナレッジメカニクスの発明品の恩恵は受けられそうにもなかった。

 そしてふたりは不老不死でも魔法は使えない。


(……でも、遠く離れた場所もここと同じ法則で存在してるとは限らない)


 だからここで絶望するな、と伊織は自分を宥める。

 遠くがどうなっているのか確かめるのも、そこへふたりを探しに足を伸ばすのも、まずはフジの処置を終えてからだ。

 でなければ折角ふたりを見つけてもフジの容態が悪化し、その頃には第二の故郷も死んでいましたという結果を招きかねない。


 伊織はそうして世界の表層を駆け抜け、患部を探し、そして何十日も経ってから足を止めた。

 思わず呆然とした顔をしてぐるりと辺りを見回す。

 今この場から地平線の彼方や裏側は見えない。しかし確認はしてきた。


「――え、あれで終わった? ……全部切り離し終わった?」


 自分に確かめるように伊織は口に出す。

 灰色や青黒いものは見当たらない。

 つい錯覚を起こして自分の腕が嫌な色に見えたが、それも一瞬だった。そして。


「お……終わった……!」


 途方もない作業に思っていたよりも精神がすり減っていた。

 それを自覚しながら、伊織は気の抜けた声と共に尻もちをついた。






挿絵(By みてみん)

ハロウィンに海賊仮装をしたバルド(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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