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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1042話 生身でこんなところに

 伊織は驚くほど狭い穴を這うように進み、終わりの見えない出口を目指した。

 フジ曰く狭間へ出るまでしばらくかかるらしく、それまではこの狭さを堪能するはめになりそうである。


 狭い穴は生物的な赤黒さをしていたが、触れてみると硬かった。


 そういえば世界の穴のふちも硬かったなと思い返しながら、伊織は時折手の平に触れる凹凸に指をかけて進んでいく。

 魔法で一気に抜けることも考えたが――ここがフジの古傷であり、まだ完治しきっていないことを考えると無茶はできなかった。


(イメージとしては産道っぽいけど、実際に這いずってる身としては狭い洞窟って感じかな……)


 ともすれば命の危険を感じるシチュエーションだが、この先に出口があるのはフジの言葉からも確実だ。

 その目標があれば恐れずに進むことができる。


 伊織は魂を保護する魔力たちに頑張るよう声をかけながら伸ばした腕の力で肩から下を引き寄せた。

 実際には現実の肉体は動かしていないが、ここでも伊織の魂は藤石伊織という『自分』のイメージで形作られている。

 そのため、現実で鍛えた肉体は相応の成果を見せていた。


(そこそこ筋肉が付いてて良かった。……転移魔石や召喚獣も駆使したけど、色んな国を行き来するのに体を酷使したからなぁ。それでも母さんやミュゲイラさんやニルヴァーレさんには遠く及ばないのが凄いや)


 あれだけ素晴らしい筋肉を身に着けるには、相応の努力と計算と才能が必要なのだと伊織はしみじみと思う。

 ヨルシャミは「ほどほどで良いのだ、ほどほどで」と言っていたので今以上に鍛えると触れた時に固いと言われてしまいそうだが。


 ――つらつらとそんな取り留めもない思考をしてしまうのは、この状況がかれこれ一時間以上続いているからだ。


 フジが時間の流れを弄ったため、伊織が意識していなくても現実での経過時間は微々たるものだろうが、それでも体感時間は長い。

 伊織は「あと少しだ」と思考の合間合間に自分を励ましながら前を目指す。


 切望した出口らしきものを見つけたのはそれから更に二時間経った頃で、伊織は目を瞬かせる。赤黒さしかなかった前方に異なる色を見つけたのだ。


 それもまた似た系統の色をしていたが、嫌というほど目にしてきた赤黒さよりも更にワントーン暗い。

 小さくともそれを見分けられるほど伊織の目は周囲の色に飽きていた。

 進行速度を上げた伊織はもう何個目になるかわからないでっぱりを掴み、そしてついに出口のふちに指をかける。


 ふちは他の場所と同じく硬い。

 しかし、指をかけた先に広い空間が広がっていることが感じ取れた。


 その瞬間、指先から逃げるようにして透明な膜がふわりと消える。

 フジが言っていた『保護』がこれなのだろう。

 伊織が穴から全身を出し、空中に浮くと透明な膜は自動的に元の位置へと戻った。


(多分、魔獣……膿たちを簡単には通さないようになってるんだろうな)


 そう考えながら伊織は視線を周囲に巡らせる。

 途方もなく広い空間だ。見える範囲はやはり先ほど観測したワントーン低い赤黒さで、障害物らしい障害物はない。


 まるで宇宙空間である。


「父さんたちは生身でこんなところに……?」


 伊織は思わずそう呟いた。

 自分は魂であり肉体を持たない上、魔力に保護されている。

 そのため呼吸等の心配も不要だが、生身で世界の穴に吸い込まれたバルドとオルバートは話が別だ。


 周囲に酸素があるようには見えない。

 あれはきっと世界の内側の限られた環境下にしか存在しないものだ。

 ふたりとも不老不死のため呼吸ができなくても死にはしないが――相応の苦しみは他の人間と同じように味わうはず。

 慣れることはあるだろうが、その過程を考えると伊織は自然と下唇を噛んでいた。


 ふたりの父は何年も狭間を彷徨っている。

 そして、この空間が現実世界と同じ時間の流れをしているとは限らない。

 フジが弄れるのも自分の『体』の周辺までだろう。


「……まずは拡声器で膿や父さんたちを探そう。探しながらフジさんの壊死した部分を特定して切除する」


 壊死しているか否かの判断がつくのか若干不安だったが、フジがなにも言わなかったということは今の伊織の目なら如実にわかるような状態なのかもしれない。

 切除に関しては通ってきた穴と同じくらい硬いものを切ることになるが――伊織は同じ硬さのものを縫い付けた男である。不可能ではない。


 伊織は片手に再び拡声器を作り出す。

 どちらもまずは試してみなくては始まらない。


 そうして声の衝撃波を赤黒い空間に発すると、それは瞬く間に広範囲に広がって伊織にいくつかの反応を伝えた。

 反応はそれぞれかなりの大きさがあるため、バルドたちではない。

 やはり見える範囲にいないだけで膿は存在しているようだ。


 その中から一番近くに居る膿に狙いを定め、伊織は風を起こしてその場から飛び出した。


 ――世界の外側である狭間の空間。

 そこはフジが転生者を転生させる前に説明を行なう場所でもある。

 あの場所からすでにフジは転生者の魂を傷つけないように保護し、それだけ期待を寄せていたと伊織は痛感した。

 膿に辿り着くまでの間も後ろへ流れていく景色は酷い色をしており、常に伊織の魂を削ろうとしている。


 早くここから父さんたちを――バルド父さんとオルバート父さんを助け出したい。


 そう一心に願いながら、伊織は視界に入った真っ黒な怨嗟の塊へと全速力で突っ込んだ。

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