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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1039話 白い空間の中から

 手の平が温かい。

 向こう側の温度が伝わるほど薄いのだ。


 ――事実はどうであれ、伊織がそう感じた瞬間に『薄い』地面は割れた。

 まるで薄氷の上から落ちるようにバランスを崩した伊織は頭から穴へと転落する。


 だが心の準備はしていた。

 驚愕したのは一瞬のことで、背中側に風を起した伊織は体の向きを変えて今しがた自分が落ちてきた穴を素早く縫い合わせる。

 薄いという認識はそのままなのか、縫い合わせた後もその向こう側から命綱であるウサウミウシの気配を感じ取ることができた。


 これでいい、と安堵した伊織は空中から周囲を見回す。


「空気は……あるって認識できてる。激流みたいな圧はない。他は――」


 それ以外はただひたすらに真っ白な空間だ。

 一体光源がどこにあるのかはわからないが、見ていると目が痛くなるほど眩しい。


 伊織は風を操りながら浮遊する。

 一見すると穏やかな空間だが、魂を守っている魔力たちが剥がれる速度は暗い空間よりも激しかった。


 初めてここへ来た時はフジが整えてくれた環境のおかげでむしろ魂を休ませることができたが、今は真逆だ。

 伊織は急いで魔力を召喚して魂の周りに追加する。


(魔法の類は通用する。出力魔法もだ。けど夢路魔法は……)


 夢路魔法は性質が似ているのだ。

 だからこそ空間を繋げることができたわけだが、この空間に入ったことで完全に伊織の管理下から外れた。

 ここからは自分の行動しやすい環境に調整することはできない。


 動ける時間には限りがある。

 伊織は風と炎を合わせたマントを作り出すとジェット噴射のようにその場から飛び立った。

 まずはフジを見つけることが先決だ。


「同じ場所にいるとは限らないけれど、……フジさん! どこですか!」


 あの時、フジは運良く近くにいて伊織の存在に気がついた。

 つまりある程度離れていても人間相手よりは気づいてもらえる確率が高いということである。

 伊織は真っ白な空間を突き進む。

 高度を保てず落ちているかもしれないが、目安になるものが見当たらないため判断がつかない。風の抵抗すら微々たるものだ。


 目に映るのは白色ばかりで、他の色が付いているものは自分しかなかった。

 フジが作った雲は陰影までよくわかったのに、と考えた伊織は一旦静止する。


「フジさんは待ってるって言ってたくらいだから、ヒントや目印がまったく無いってことはないはず、……よし」


 フジはあの時と同じように雲を作り出し、そこで待っているかもしれない。


 伊織は魔力に命じてあるものを形作らせる。それは拡声器だった。

 ネロはネコウモリの作り出した拡声器のようなメガホンをレーダー代わりに使用し、反響で周囲になにがあるか把握するすべを持っている。その真似だ。


「本当にただの真似だから、上手くできるかはわからないけど……ここは他に障害物もない。雲でなくってもなにかあれば反射した時にわかりやすいはず」


 伊織は拡声器に追加の魔力を込め、なにかに当たったら真っすぐこちらへ戻ってくるように指示をした。

 魔力は本来なら外気に触れるとしばらくして死んでしまうが、この空間は消費しない限りは現実よりも長く生き永らえられるようだ。


 そして、跳ね返る分には消費には当たらない。

 魔法という現象に姿を変えていないからである。


 伊織はイメージ力の補助のために肺いっぱいに大きく息を吸い込み、大声と共に遥か遠くまで魔力を飛ばすべく「ワッ!!」と一音発した。

 きっとナスカテスラの大声に慣れているエトナリカやステラリカでも両耳を押さえるほどだっただろう。


 それを四方に向かって繰り返す。


「……」


 声を発し終えた後はシンとしていた。その静けさの中、真っ直ぐ前へと視線を向けるだけだった伊織の視界の端に黒い髪の毛がふわりと入り込む。

 ヨルシャミに三つ編みにしてもらった部分だ。

 衝撃波を感じるほどの声を発したことで後ろへなびいていたものが反動で戻ってきたらしい。


 伊織はその髪をじっと見つめながら待機する。


 不安はあったが、髪を見ているとまるでヨルシャミが傍にいるようで少し落ち着いた。それにパパみたいで頼もしいや、と伊織は僅かに頬を緩める。

 こんな感想を言えばヨルシャミはこれ見よがしに嫌がるだろうが、きっと三つ編みを禁止することはないだろう。


(……こうして髪も伸びたし、背も大きくなった。早く父さんたちにも見せたいな)


 大きくなったと褒めてくれるだろうか。

 そんなことを考え、伊織は自分が親離れするのはもう少しだけ先になりそうだなと苦笑した。しかしこれまで一緒に過ごしてこれなかったのだから、少しくらいは許されるだろう。


 そうして数分経ったところで――微かな反応を感じ取った伊織はそちらを向いた。


 肉眼ではやはりなにも見えない。

 ただ、ほんの少しだけ魔力が跳ね返ってきたのだ。

 フジか、それ以外の存在なのかまではわからないが、そちらになにかあるということだけは確かだ。


 伊織は炎のマントをはためかせると再びその場から飛び出す。

 それは遠くから針の先を目指すような感覚だったが――そんな作業は、もう慣れっこである。


     ***


 後方へ過ぎ去るのは白、白、白ばかり。


 しかし時折拡声器を使い、そのたびに跳ね返ってくる反応は徐々に強く大きくなっていた。そして体感時間で一時間ほど飛び続けたところで、ついに視界に白色以外のものが現れる。


 初めは白いキャンバスに付いた小さな小さなシミのようだった。

 それは伊織が近づくにつれて存在感を増していく。

 黒というよりも薄いグレー程度だったが、白ばかりの空間に慣れた目には嫌というほどよく見えた。


 雲だ。

 雲の塊だ。


 広大な白色の空間に雲の塊がぽつんと浮かんでいる。

 伊織は飛ぶスピードを目一杯上げ、その雲へ突っ込むように接近したが――勢いに任せて突き抜けるのではなく、雲は優しく伊織を受け止めた。


 ふわふわの雲の上を何メートルも転がった伊織は頭を押さえながら立ち上がる。

 目が回ったが、それでも自分が雲なのに地面と呼ぶに相応しいものの上に立っていると感じ取ることができた。


 ふらふらと立ち上がった伊織は目の焦点を合わせ――そして、前をしっかりと見据えて笑う。


「どうも、……お久しぶりです、フジさん」

「ああ、久しぶり。思ってたより早かったね」


 視線の先には白いテーブルとイス。

 そしてイスに腰掛けて微笑みながら伊織を出迎えたのは、あの時と同じ姿をした世界の神フジだった。

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