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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1038話 暗い夢の底

 夢路魔法の世界は伊織の管理下にあり、様々な事柄が彼の思う通りに再現される。


 しかし『呼吸ができる場所』として存在させているにも関わらず徐々に息苦しくなり、光を灯そうにも暗いままであり、ついには強く意識していないと階段を下りることすらままならなくなった。

 伊織は自然と流れ落ちた汗を拭い、全身に圧を感じながら足を下ろす。


 するとそこにあったのは次の階段ではなく広い空間だった。


「川の流れに逆らってるみたいだな……」


 浸水した土地を身ひとつで進んでいるかのようだ。

 それはあの時――魂だけの状態で逆らい難い流れに呑まれた時に似ている。


 つまり、この場所がそれだけあの時と近い位置に存在するということだ。

 伊織は胸元に片手を置き、自分はここにいると念じるように呟いてから小さなウサウミウシを階段の最後の段に置いた。

 ちょこんと置かれたウサウミウシは丸くなりながら伊織を見上げている。

 なにも言わなくてもここで待機すればいいとわかっている様子だった。


「ウサウミウシ、お前を目印に帰ってくるから待っててくれ」

「ぴぃ!」


 ヨルシャミの魔力が尽きない限り、この小さなウサウミウシも消えはしない。

 恐らくこの空間の圧を感じていても苦しいとは思っていないだろう。

 魔法の端末のようなものとはいえ少し心苦しいな、と思っていた伊織は元気なウサウミウシの返事を聞いて表情を崩した。


 きっと本物のウサウミウシでもこの程度なら気にしていないだろう。

 そう元気な――元気すぎる鳴き声で思い至ったのである。


 伊織は最後にもう一度ウサウミウシの頭を撫でると背中を向けた。

 ここから命綱は灯台のような目印となる。

 その存在を背中に感じながら一歩ずつ前へと進んでいった。


 酸素の薄い高所にいるかのような息苦しさが色濃くなり、ここはじつは水中なのではないかという考えが湧く。その考えを伊織は瞬時に捻じ伏せた。

 考えれば本当になるかもしれない。

 なら考えるのは後ろ向きなことではなく、前向きなことのほうがいいだろう。


「フジさんと過ごした空間はきっとこの先にある」


 それはつまり、どう足掻いても逆らえなかった激流が待ち構えているということでもあったが――今なら流されるままにはならないという気持ちが伊織にはあった。

 真っ暗な空間だが、あの時のように目が見えないわけではない。

 自分という個をしっかりと認識できている。

 流されそうになっても決して足を取られて転ぶことはない。


 そんな体は以前よりも成長し、その命は様々な人の手で繋がれ守られたものだ。

 ヨルシャミとニルヴァーレの加護のようにそれらは伊織の心に刻まれている。

 それがなにより強い盾になっていた。


 あの激流を恐れるよりも今は早く近づきたい。

 伊織は足を早め、そして集中すると一気に走り始めた。


 空間を繋げるのは一瞬にしておかなくてはならないだろう。夢路魔法の世界とはいえ、開いたまま放置しては第三の世界の穴になりかねない。

 だからこのまま突っ切って潜り込む。

 そう決意した伊織は的確に「ここだ」という場所を見つけようと前を見据えながら走り続けた。


(限界までスピードを上げろ、早く……そう、バイクやパトレアお姉ちゃんみたいに早く!)


 類稀なスピード狂の走りを間近で見てきたのだ。イメージはすぐにできる。

 伊織は心の中で思い描いた通りに風を切ってスピードを上げ、真っ暗な空間をひとりで突き進んでいく。

 もしそれを真上から見たなら、きっと流れ星のようだっただろう。


 しばらくそうして先へ先へと足を伸ばしていると、ふとした瞬間に全身を悪寒が襲った。走っていた足元の真横が断崖絶壁だったと気づいた瞬間のような、本能的な危険信号である。


「……!」


 思わずよろめきながらも一歩踏み込むと、それだけで濁流の中に身を投じたような衝撃が伊織を襲った。――ここがあの時の流れだ、と全身で感じ取る。


(もうここは夢路魔法の世界と呼べないような場所ってことか……)


 本来なら死んで抜け出た魂が至る通過点の一部だ。

 だからこそ伊織のイメージが完全には反映されないのだろう。

 伊織は踏ん張るように地面に足をつけ、両腕を伸ばして前へと進む。

 ここからが本番だ。この濁流のどこかにフジのいた空間へ繋げられるポイントがあるはずである。


 伊織は歯を食いしばって前進し続けた。


 そうしている間に時たま意識が遠のき、いつの間にかまったく意図していない思考をしているとハッと気づく。

 まるでうつらうつらと微睡み、その中で一瞬覚醒した時のようだ。


 夢の中で眠るのとはまた違う感覚に伊織は頭を振る。

 ここはあまりにも柔らかく、危険な空間だった。


「ッぐ、……!?」


 刹那、見えない流れに足が掬われて転倒する。

 ごろごろと転がった伊織はそのまま圧倒的な圧に流され、天地がどちらにあるかすらわからなくなった。

 ここで天と地を認識できているのも伊織がそう観測しているからこそ。

 まずい、と思った瞬間には天がどちらかどころか、天も地もなくなっていた。


 パニックにだけはなってはいけない。

 じわじわと襲い掛かる息苦しさに耐えながら伊織は目を開く。

 そして半透明になった自分の腕を見て下唇を噛んだ。


 その時だ。

 どこか遠くから高い鳴き声がした。

 ――あの小さなウサウミウシの声である。


 背を向けて去った後も、命綱としての役割りを少しでも果たそうとしているのだ。


 そう悟った伊織は落ち着けと自分に言い聞かせ、片腕を思いきり振り下ろす。

 そして「ここが地面だ」と空間に命じるように叩きつけた。

 固い感触が手の平に激突し、じんじんとした痛みが広がる。


 その痛みを足掛かりに伊織は地面を認識し直し、体勢を整えるべく両手をつく。


「落ち着けば、持ち直せる……っ、恐れることなんて……これっぽちもない……!」


 呼吸はできる。心臓も動いている。地面はそこにある。天もある。

 そう確信したところで、伊織は思いきり寄った眉間のしわを解くと目を見開いた。


 手をついた地面の先にうっすらと明るい場所がある。

 それは周囲が真っ暗でなければわからないほど仄かなものだった。

 ここに蝋燭の灯りでもあったならそれに掻き消され、周りはすべて闇だと錯覚していただろう。


「あれは、……」


 なんだろう、という言葉を飲み込む。伊織はその言葉を発する前に理解していた。

 あの向こうこそがフジのいた空間なのだ。

 伊織は流れに逆らいながらゆっくりと前へと進み、仄かな光を凝視する。


 真っ白な空間だと確信すれば、そう形作られるだろうか。

 しかし、もし伊織のイメージが反映されなければ、今いる暗い空間よりも過酷な場所かもしれない。

 なぜならあの時はフジが伊織のために環境を整えてくれたのだから。


 そんな不安が一気に押し寄せたが、伊織は口元に笑みを浮かべた。

 考案、検証、証明だ。


「不安なら――確かめればいい!」


 そうして伊織は仄かな光に向かって己の腕を伸ばすと、手の平を押し当てるように力強く触れた。

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