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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第十三章

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第1036話 夜の加護

 日本の暦なら三月か四月ごろだろうか。

 流れた月日を感じながら、伊織は伸びた髪をヨルシャミに結ってもらっていた。


 現在伊織、ヨルシャミ、ニルヴァーレの三人が滞在しているのはベレリヤの山奥にある洞窟を改装した隠れ家のような住居である。

 この土地は約千年前にナレッジメカニクスから逃げ隠れしていた頃にヨルシャミが隠れ家として利用していた場所のひとつで、さすがに建物は残っていなかったが、ひと月ほど前に再度訪れて手を加えたのだ。


 高位どころではない魔導師三人が揃っていたため、住居としての体裁が整うのにそう時間はかからなかった。


 髪を結われながら手紙を封筒に入れた伊織はテーブルの上で今か今かと待ち構えている水の鳥――ナスカテスラ曰く、テクテクという名の召喚獣に差し出す。

 テクテクは自分の体内に封筒を取り込むと窓から外へと出ていった。

 空はもう暗く、水の粒が一度だけ家の灯りをきらりと反射したきり見えなくなる。


「……毎回思うんだけど、綺麗な飛びっぷりなのにテクテクって名前なの不思議な感じがするなぁ」

「歩く時はまさにそのような擬音が似合うからであろうな」


 こうして手紙の返事を出すのももう何度目かわからない。

 あれからセラアニスはセルジェス、ナスカテスラのベルクエルフ三人組で行動していた。

 ナスカテスラはヨルシャミとシャリエトが作っていた多重契約結界が完成したタイミングでレプターラから戻り、ベレリヤの宮廷魔導師として復帰していたが――今は「作りたい薬の材料集めをしたいんだ」との理由で自由を満喫しているという。


 これも今までお目つけ役として叔父の行動をセーブしていたステラリカがレプターラに残っている影響のひとつと言えるだろう。


 おかげでセラアニスの旅の安全性が増したのだから伊織としては言うことはないのだが。

 そんなことを考えているとヨルシャミが「できたぞ」と手鏡を見せた。


「おお、剛毛なのに三つ編みにできたんだ」

「ふふん、剛毛故にこのほうが纏められると思ってな。しかしなかなかの難度であったぞ、……リベンジするためにも無事に戻れ、イオリ」


 肩甲骨辺りまでの短い三つ編みを眺めていた伊織は手鏡から目を離すと「もちろん」とヨルシャミに笑みを向ける。

 この日、この時、この場所で行なうのは伊織の修行の成果を試すこと――フジのいる空間まで赴き、バルドとオルバートを連れ戻す第一歩を踏み出すことだった。

 世界のどこで試してもいいのなら、と選んだのがこの土地だ。

 それはヨルシャミの要望を聞いた結果だった。


 ふたりは夜気の漂う屋外へと出る。

 空には見渡す限り満点の星空が広がっていた。


「……そういえば、夢路魔法の世界で見る星空ってここがモチーフなのか?」

「そうだ、ようやく気づいたか。星の位置や星座が合致するだろう」


 かつてヨルシャミはこの星空を伊織と共に見ようと決意し、洗脳された彼を取り戻すべく死闘を繰り広げた。その末に辿り着いた未来なのだと思うと、何度叶っても感慨深いものがある。

 それを言葉にする代わりに笑みを浮かべ、ヨルシャミは伊織の襟を掴んで引き寄せると唇を重ねた。


「私の加護だ、もらっておけ」


 その言葉にじっと真面目な顔をした伊織はヨルシャミの両肩を掴む。


「めちゃくちゃ効果ありそうだからもう一回いい?」

「予想以上に食いついてきたな!? 帰ってからだ、帰ってから! 死に物狂いで帰ってこい!」

「それはもちろんだけど――」

「遅いと思ったらイチャついてたのか、加護なら僕もあげたいな!」


 にゅっと顔を覗かせたニルヴァーレが笑い、伊織の手の甲に軽くキスを落とした。


 随分と沢山の加護を貰ったと笑い返しながら伊織は家の脇に作られたベンチへと移動する。そこにはニルヴァーレが用意した毛布が敷かれ、簡易的なベッドのようになっていた。

 フジのもとへの第一歩を踏み出すためには、まず伊織が夢路魔法を発動させる必要がある。つまりその最中は眠る形になるのだ。


 それなら星空の見える屋外のほうがいい、とリクエストしたのは伊織だった。

 この近辺に魔獣や危険な獣はおらず、虫の声が静かに響いている。

 これなら眠っている間に襲われる心配はないが、ヨルシャミとニルヴァーレが傍についているため、伊織は元からそんな心配はしていないようだった。


「イオリ、途中まで送ってかなくて大丈夫かい?」

「はい、深く潜るなら僕ひとりのほうが安定しそうです」

「じゃあここでお見送りだね。ヨルシャミと一緒に待っているよ、……あのふたりを見つけたら首根っこ掴んですぐに戻っておいで」


 はい、と頷いた伊織の背をヨルシャミが軽く叩く。


「お前にも命綱魔法を施してあるが、恐らく世界の神がいる空間までは持ち込めん。ぎりぎりの境界に置き、戻る際の目印として活用しろ」

「うん、わかった」

「あとその命綱だがな、折角だからお前にとって見知ったものの形にしておいたぞ」

「見知ったものの形……?」


 懐中時計や指輪などだろうか。

 そう伊織が首を傾げているとヨルシャミはにやりと笑い――


「見てからのお楽しみだ」


 ――そう言って、伊織に毛布をかけた。

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