第1033話 伊織の『行きたいところ』
静夏たちに報告を終えた伊織は一晩泊まってから再び旅立つことにした。
――伊織の『自分を許してくれた各国の人々を自分の目で見て回る』という目的はヨルシャミから言わせればほぼ完了している。
しかし伊織からすればどれだけ見て回っても足りない気がしてならなかった。
これは今後どれだけ出向いても、どれだけ時が経っても変わらないのだろう。
ならどこかで第三者が線引きをしなくてはならない。
線引きの中には自分で決めるべきものもたしかにあるが、これはそういった類のものではないとヨルシャミは感じていた。
その役割りは自分が受け持とう。
そうヨルシャミが提案したのが「被害を多く受けた土地に絞って定期的に足を運び、真っ当で健康的な方法で金を落とし貢献しようではないか」というものだ。
要するに観光してお金を使って経済を回そう、というお誘いである。
その旅の第一歩でもあったが――その前に伊織は「行きたいところがあるんだ」と言っていた。
ベタ村を出た後はそちらへ向かうことになるだろう。
「寝室は五人で一部屋になるが大丈夫か?」
「宿屋のようなものだろう、問題ない。……しかしベッドの数は――」
足りないのではないか、とヨルシャミが部屋を見回しているとミュゲイラが窓の外から快活な声で名前を呼んだ。
見れば両肩に縦向きのベッドを担いでいる。
じつに素晴らしいバランス感覚だ。
「おーい、ヨルシャミ! 使ってないやつを持ってきたんだけどさ、お前イオリと同じベッドがいい? それともシングル?」
「……イオリ、私はあのような問いをこのようなシチュエーションでされたのは人生で初めてだ」
「押し入れから客布団を出してくるような気軽さでベッド持ってきたなぁ……」
なんでも村長の家にあった使われていない客人用のベッドだという。
なんなら今から適当な木を切って即席で作るけど、と言うミュゲイラに「シングルでいい」とヨルシャミは首を横に振りながら答えた。
同じベッドで寝ることは多いが静夏――義母の家、それも同室ともなると少しばかり恥ずかしさが勝った影響である。
すると肩越しに明るい声がした。
「おや、それなら僕がイオリと一緒に寝ようかな?」
「ニルヴァーレか。お前、やけに静かだと思っていたらここぞというタイミングで口を挟……」
「ははは、話に集中してたみたいだから途中で抜けたんだよ」
一体いつの間に!? と驚く伊織たちにニルヴァーレは「気配を殺して出て行った甲斐があるね!」と表情を輝かせる。
ヨルシャミは嫌な予感がする、という顔をしながらニルヴァーレを見た。
「外に出たのか? まさか村の者に悪影響を与えてはいないだろうな?」
「迷惑かけてないだろうな、じゃないんだね……まぁ安心してくれ、村長にちょっとばかりお願い事をしに行っただけだからさ」
「どこに安心要素がある!?」
ニルヴァーレのお願い事など碌なものではないと身を以て知っているヨルシャミは目を剥いたが、伊織はハッとして手を叩く。
「もしかして……自分の銅像も一緒に設置してほしいってお願いですか?」
「おお! さすがイオリだね、僕の思考をよくわかってる!」
「わかってはいけないものをわかってしまったな、イオリよ……」
「いやぁ、あはは……だって一家勢揃いって感じなのにニルヴァーレさんがいないのはなんか違和感ありましたし。もしかして金色です? あ、でも――」
そう、と伊織の言葉を継いだニルヴァーレは人差し指を振った。
「金色も美しいが、今は皆と同じが特に美しい。あと一家というからにはウサウミウシ、リーヴァ、サメ、あとバルドとオルバートの予約もしておいたよ。君が望むならサルサムたちやセトラスとシァシァ、ヘルベールにも声をかけるといい。費用は僕が持とう」
「……! ありがとうございます、ニルヴァーレさん!」
「バルドたちはともかくオルバートは村の皆が姿を知らないからね、連れ帰ってから作ってもらうと良い。ちなみに」
そのままニルヴァーレはウインクする。
「バルドとオルバートへのオススメポーズはアブドミナルアンドサイかな!」
***
夜、寝る前に伊織から聞いた『行きたいところ』とはヨルシャミにとってもニルヴァーレにとっても意外な場所だった。
ただし場所というよりも会いたい人である。
「バルタス? それは――たしかララコアで捕まっていた盗賊のひとりだったか」
不死鳥騒ぎの際に山間の集落から逃げ出し、そのままララコアの牢に閉じ込められていた男性だ。彼はロストーネッドで捕まったロスウサギ泥棒のホーキンたちと同郷である。
伊織は頷きながらララコア周辺の地図を広げる。
「うん。不死鳥を殺して仇を討つって約束したから、ちょっと違う形になったけれど報告しておきたいんだ。決着から五年経ってからだし呆れられるかもしれないけど」
「優先すべきことがあったのだから致し方あるまい。それに今どこにいるかわからんのだろう?」
ララコアには以前ナレーフカを連れて足を運んだが、その時に報告ができなかったということはバルタスはすでにララコアにはいなかったのだろう。
そんなヨルシャミの予想は当たっていたようで、伊織は困ったような笑みを見せながら頷いた。
「ララコアに行く少し前に別の村の労働力として連れて行かれたみたいなんだ。あの辺りの刑罰の一種だな。その村が、その、わりと厳しい環境みたいだったからその時は行かなかったんだけれど……」
いわば流刑地のような場所だ。
ナレーフカを連れて行くのはどうかと思い、その時は足を向けなかった。
伊織ひとりで赴くことも考えたが、犯罪者と会うとなればこちらの身元もしっかりとチェックされるだろう。
世界の救世主ではあるものの、微妙な立場にある伊織が個人的に会いに来たとなればバルタスの立場を悪くする可能性がある。
その可能性は手紙でも同じことで、だからといって流刑地に忍び込む気もなかったため、まずは世界行脚を優先したのである。
伊織は地図を指した。
「少し前に同じ場所で働いてた人を見つけてさ。その人は罪人じゃなかったんだけど、バルタスさんのことを知ってたんだ」
「ほう!」
「模範囚だったみたいだよ。……各地を見て回ってる時にロストーネッドのホーキンさんたちの様子も見に行ったろ? ホーキンさんだけでなく、ジェス君もリリアナちゃんもリバートさんも罪を償いながら真っ当に働いてた。みんな新しい人生を生きててホッとしたんだ」
それをバルタスさんにも感じた、と伊織は笑った。
伊織は元犯罪者である彼らが罪を償いながら生きている姿に勇気を貰っている。
許されても完全には消えない罪の意識を明るい方向へ持っていくお手本のように感じられたのだ。
バルタスやホーキンからすれば勇気や希望を与えてくれたのは聖女マッシヴ様一行のほうだが、それでも伊織はそう感じる心に枷は付けられなかった。
「……バルタスさんの盗賊として培った技術や知識は、出どころは良くないものでも人のために活かせるって判断されたみたいだ。だからそこからまた別の土地に移されたんだって」
「いい意味でたらい回しであるな……」
「そのせいで痕跡を探すのがちょっと大変だったけどな」
この世界でも罪人の記録は取られているが、確実に決まった年数の間厳重保管すると決まっているわけではない。
その経過を任されている人間の匙加減次第という面もある。
そのため途中から足取りを追うことが難しかったのだが――ようやくわかった、と伊織は地図の別の場所を指した。
「今バルタスさんが暮らしてるのはララコアから見ると南西寄りの土地だ。ほら、ここ、クジェッタって街だね」
「ふむ? 赴いたことはないが名前は耳にしたことがあるな……ベレリヤの観光地のひとつではなかったか」
つまり流刑地ではない。
バルタスは現在、ここで一般人のように生活しながら多めに税を納めることで罪を償っているのだという。
伊織はおずおずといった様子でふたりに視線を向けた。
「僕、大仕事に取り掛かる前に約束を守りたいんだ。個人的なことになるけど、行っても――」
「良いに決まっているだろう」
「良いに決まってるよね!」
綺麗に声が重なる。
そして、ヨルシャミとニルヴァーレはわざわざ確認する伊織に律儀だなと笑った。





